chapter2-2「迫り来る雷雨2」



 いつまでも屋敷を覗き見するだけでは意味がないと、五名は次のフェイズ、戦闘準備へと移行する。


 作戦開始の合図は未だ無い……。


 望遠スコープをしまったリーダーと副長、そしてベテランであるシュバルツの三名。

 その両手にはとある・・・銃が握られていた。


 それは、銃身バレルの長い漆黒の銃だ。


 見た目はひどく悪い。


 まるで粗悪な金属の棒に無理やりグリップを焼き付けたかのような、飾り気の一切無い無骨な拳銃だ。


 だが、それこそが一切の無駄をはぶいた完成された姿であると誰が知ろう。


 スタームルガーマークIIAWCアンフィビアンS。


 ポリマーフレーム製のグリップに、軽量のアルミニウム製アッパーレシーバー、何より、その小さな口径と比較しても太くて長いスチール製のバレルが魅力的・・・な自動式拳銃だ。


 そもそも、拳銃なんて、撃てて、弾が出て、人が殺せればいいのだから、使う者に言わせれば、飾りなんて無意味なだけ。

 飾り気が欲しいならパパにでもおねだりして化粧品でもネックレスでも買ってもらえばいい、と言うのが筋だろう。


 まぁ、本来納入された品が白銀色だったため、これらはわざわざ夜間迷彩用に黒く塗装されていたりするのだが、その程度のお洒落・・・くらいは許して欲しい。


 サプレッサー内臓型で、22口径ロングライフル弾の亜音速弾を使用する。


 つまりは、消音銃である。


 消音銃って言ったって、サイレンサーなんてどんだけ付けても大きな音が鳴るから意味なんて無いんでしょ? 詳しいって人が言ってたよ? なんて事を言う奴もいるかもしれないが、それはあくまで『音速を超える弾丸』を使用した場合の話である。


 付け口からの音の漏れも無い内臓式サプレッサーで、かつ亜音速弾を使用するのであれば、それなりの消音効果を期待できるのである。


 どのくらいの音の差であるかと言えば、比較的一般的な銃と弾丸の組み合わせであればあの音速を超えた際に鳴る大きな破裂音が鳴り響くところを、これを使えば、まるでガスガンのような、ガキンと、音の大きめなエアガンを撃った時のような、ボルトの作動音、金属同士の激突音しかしないレベルにまで低下するのだ。


 もっとも、それでも大きい音がする、という点は事実。最小限の音の低下しかもたらさない訳ではあるが……。


 静寂な森の中。

 余りにも大きな音を立てればすぐに気付かれる。


 されど広い森の中。

 最小限の音にする事で、少しでも敵に気付かれずに間引きができれば上々。

 今回の任務は見敵必殺の皆殺しではない。本命を確保するのが目的のスニーキングミッションなのだから。


 反響の少ない屋外ならば、遠くからであればそれなりに静かに聞こえる。ゆえに、運がよければ気付かれない。


 なによりサイレンサーの本来の目的とは『撃っても気付かれないようにする』のではなく『撃っても場所を悟られないようにする』という点にあるからだ。


 だが、それにしても22口径というのは余りにも心もとない。

 なぜなら、当たり所がよほど悪くない限り即死はありえない、というくらいの威力なのだから。


 もちろん。拳銃である時点で人の身には脅威だ。

 かするだけでも大怪我はする。簡単に人を殺せる凶器だ。

 即死でなくとも、ショック状態でやがて死に至るケースも充分に多い。

 だが、即死しなければ・・・・・・・敵は襲ってくるかもしれないのだ。

 連絡を取られ、侵入に気付かれる可能性だってある。


 巨悪の潜む館、その周囲。

 多くの警護が待つであろう場所に、たった五人の戦力だ。


 装弾数はたったの10。フルオートも無いのだから連射性は乏しい。もしも多勢に無勢な状況。敵の集団・・に囲まれでもしたら……。


 消音作用による隠密製よりも、よほど制圧力の高い武器こそが求められる場面ではないか、そう思う者も少なくは無いだろう。


 だがしかし、これでいいのだ。


 なぜならば、少数精鋭として選ばれた部隊のトップ三名である。


 その彼らが自ら選んだ獲物なのだから。



 ちなみに、これらは個人の品である。


 隊の武装ではない。


 ……なぜそうなったかは、後に知る事となるだろう。



「しっかし、ロリはともかく死姦に殺姦たぁ、HENTAIで有名な島国、ジャパンでもありえねぇ糞クレイジーさだよなぁ」


 周囲の墜ちた気分を暖めようと、空気を変えるべくシュヴァルツが苦笑を浮かべながら雑談に興じる。

 これもベテランの努めである。リーダーも副長も慣れた様子で獲物の調子を確かめつつ雑談に耳を傾ける。


 リヴィアも、不快さはあったものの、焦ってもGOサインが出るわけでも無い。社会と人間による面倒な問題、つまり目の前に鎮座している重大なタンコブの対処法、もといそこからくるストレスの回避法を熟知していたため、話に乗ってリラックスを試みるのだった。


「ジャパンは確かにHENTAI発生の国ですけど、そんないかれた国じゃありませんよ」

「けどアレだろ? ウタマロに触手でオクトパスで、アヘ顔でダブルピースなんだろ? エロ時代からの伝統だって聞いたぜぇ?」

「うぇぇ、触手? オクトパス? アヘ顔にダブルピースってぇ……」


 露骨にエロスな会話を振られた事でしどろもどろになるリヴィアの姿がそこにあった。

 経験も少なくまだ若い、一言ですませるならば、未だ乙女であるリヴィアにとって、そっち方面の会話は苦手なはず。

 それでも空気を変えるべく、無理をして話に乗り続けようと試みるのだから健気なものである。


「しょ、しょれに、エロ時代じゃなくて江戸時代ですよっ。それに、あ……アレはもはやジョークみたいなもので、その、多分……うぅ~……」


 想像してしまったのか、顔をわずかに赤く染めながら声を小さくしていくリヴィア。

 そんなウブな反応を見つつ、シュヴァルツは親父気分で小さなセクハラ紛いの会話を楽しむのだった。


 彼曰く、これもまたベテランの特権なのだとか。


「……二次元ならともかく、リアルでロリを通り越したガチ幼児愛好とか……そもそも、わざわざ殺してまで死体を犯す、しかも食べるなんて、そんなの……許せませんよ」


 ジャパニメーションかぶれで日本好き。そんなリヴィアにとって大好きなリスペクトすべき国である日本をけなされるのは本来であれば不快極まりない事ではあるのだが、冗談でもネタにして笑いを取りに来ている事は理解しているために、リヴィアはシュヴァルツの話題に乗りはする。だが、それでもあんな理解しがたくも許しがたい悪行と一緒にされることだけはどうしても許せないのだった。



「……やっぱり理解不能ですよ。どうしてこんな事……」



 彼女の能力上、データとしては知っていた。

 だが、知っていることと理解していることは異なる。


 リヴィアの性格上、いや常人の性格傾向からしても、奇人たる館主やかたあるじの趣味思考、それに至った狂った人生観は理解しがたいものなのだろう。


 金で買えぬものは無し。それゆえ狂った愉悦に身をゆだねる。

 金で買えるあらゆる愉悦に飽きた者の成れの果て。


 ……本人の心・・・・を知らない者にはそう見える。


 心でも覗かない限り真相はわからない。

 だが、人の身には限界がある。


 人間は、他者の心を読めないのだから。


 それゆえに、自らの老いて死する運命を忌避するためのおまじない。

 それも、森の悪魔と同化できれば死を回避できるかもしれない、などというくだらない妄想。

 その程度の無意味な行為のために、他者を、しかも未来ある若い少女の命を奪うなど、誰にも理解できる道理も無かった。


 一言で言えば、狂った金持ちの道楽にすぎないのだ。


 そう、傍から見れば、他者の悩みなど、ちっぽけで理解の範囲の外にあるくだらない問題に過ぎないのだから。


「……ひどい……っ」


 情報を集めてきたのは彼女だった。


 彼女こそが情報の収入源だった。


 それゆえに知らないはずがなかった。

 一体どれだけの人間が、どのような人間が、どのような陵辱の果てに、どのような結末に至ったのかを。


 最初は一部の裏切り者からの密告による情報だった。

 それこそが入り口。他には一切の情報が無かった。


 証拠も確証も無い。そんなガセネタレベルの情報こそが真実だったのだ。


 次に隠蔽方法、隠蔽された先からのDNA判定などが行われ、事実であるか否かの検証が行われた。


 彼女がそんな、広大な砂漠の中に投げ捨てられた一つの砂金を探し出すに等しい、わずかな情報を相手に手がけた功績は大きい。


 ほとんどが海にミンチにされて撒かれるか、骨の欠片さえもミキサーにかけ、野犬やら鳥類やらの餌にされるなど、証拠の欠片さえ見つからなかった。


 かろうじて証拠たりえたものは、闇オークションで一部の秘された者同志のコミュニティにて売りに出された歪な剥製、バラバラに小売された標本。そして食用の肉等の類だけだった。


 そうやって、ようやく事件が事実であろうことをつきとめた。

 そこからようやく、犯人とその事件性の確実性を調べ上げる事ができたのだ。


 証拠はほとんど残されない。

 ゆえに、現場を押さえない限り、現行犯でないと捕まえる事ができないのだ。


 立場上、他人に罪を押し着せるくらいは平気で行える力を有するような輩だ。


 調査の結果、資料室の駆逐対象リストには上がった。

 上がってはいたが、確実に仕留められる日にちが中々訪れなかった。


 当日、いきなりやると聞いて緊急の出動が行われたのだ。


 犠牲者なしに終わらせたかったが、現行犯でなければならないという都合上、どうしても他に方法がなかった。


 次の犠牲を出さないためにも今日おさえなければならない。


 政府高官や警察上層部にさえ強いパイプがあり、現行犯でなければ必ず他人に罪を被せて逃げおおせる。

 マスメディアにも繋がりがあり、様々な事業でも顔を売っている大富豪。

 表向きは薬も人身売買もやってないクリーンな事業を行っている。

 真実は当然の如く、薬も人身売買も、裏の手下にやらせている完全な黒。

 だがその実像や悪名は、裏の世界以外では決して聞くことができない。そんなマフィアの秘された王。真の大ボスだ。


 例え館から死体だけ発見したところで、いくらでも逃げおおせるだけの力がある存在なのだ。


 件の内部からのたれ込みだって、すぐにバレて密告者は死亡している。

 とにかく感が鋭く、すぐに危険を察知する。そして権力などの力を駆使していくらでも身を護る事が可能な相手。



「……これが、今回のターゲット。ヴェルゼロート・フォン・クラインベルク……っ!」



 その手に握られた、写真の中にあるやせ細った老人の姿を見つめつつ、リヴィアが歯軋りする。



 恐らく、今回の作戦実行もすんでの所で妨害されたのだ。

 今、開始の合図がでないのも、内部にいる裏切り者との見えない戦争が組織内で行われているからに違いない。


 だが、逆に考えれば、圧力をかけたからこそ今日は踏み込まれるはずが無い、と考えているはずだ。


 だからこそ。意地でも今、実行に移す必要がある。


 その罪は死さえも生温い。

 だが人であるからこそ、人の法で裁き。人の法で罰する必要がある。


 死刑こそが生温いのだ。

 生きて捕縛され、その罪を暴露され、あらゆる権威を失墜され、築いた全てを失った上で、余生を暗い牢獄の中で過ごし続ける。

 その屈辱こそが、唯一の贖罪といえる。


 なぜならその罪の重さは、彼の残る生涯時間全てをもってしても償いきれない程の重さなのだから。


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