chapter3「闇に潜むもの」



 白き稲光が刹那の時間、世界を覆う。

 灰色の空は戯れに月を覆い隠しながら、徐々に森へとその歩みを進めていた。


 森の上空。夜空を煌々と照らすは赤き月。


 一瞬の静寂。


 鳴り響く雷鳴。


 まるで泳ぐように夜空を雲が駆け抜けていく。

 風の強い夜だった。


 稲光が世界を覆うたび、森は刹那の時間、白き光に照らされる。

 逆に、月が雲を覆うたび、闇は森を黒く染めあげた。


――そんな暗き森の中を、駆け抜ける小さき影があった。


 それ・・は、まるで一陣の風が如き速さで、森の樹上を駆け抜けていく。


 樹の頂上に立ち、それを蹴り、次の樹上へと飛び移る。

 それは人の業にあらず。

 されど影は人の形を成していた。


 再度、刹那の白に世界が塗り替えられた時、その対比的なコントラストで浮き彫りにされたその姿は紛れもなく――人であった。


 まるで闇を直接身に纏ったかのような漆黒のマント。

 それをローブのように羽織った姿。

 少年か、それとも少女なのか。まだ年端も行かぬ子供であろう華奢で小さな体躯。

 その深々と被ったフードの影に顔は隠され、男なのか女なのか、若者なのか、それとも老人であるのか、その素顔はさだかではない。


 だが、その体に染み付いた血の匂い……いや、纏わり付いた死の匂いが、それを人であると認めない。


――怪物。


 それはまさに、人の姿をした怪物であった。


 漆黒の闇の中を駆け抜ける煌々と輝く赤き双子月――否、それは眼だ。

 夜空の赤き月よりもさらに一際、血の一雫ひとしずくを零したが如き紅に輝く双眸そうぼうが、それを如実に物語っていた。


 夜の森を風の如き速さでそれ・・は過ぎ去っていく。


 誰の目に映ることも無く、静かに、素早く、されど気配を殺して迫り来る影。


 それはまさに異常。人ならざる異業。

 異常なる速さ。異常なる静けさ。そして――樹上に立ち、移り渡るという異常。


 まさに狂気的。まるで立体化した悪夢そのものだ。


 その足取りは軽く、音さえも無い。

 そして――それ・・には呼吸さえもなく、命の気配さえ無かった。


 まるで住み慣れたかつて・・・見知った庭であるかのように、闇夜の森を駆る人型の悪魔。


 赤き瞳の屠殺者は、満月の怪しい赤き光の下、クラインベルク国内の森の中へと、悪魔の森の中へと――森の中に隠された秘密の屋敷へと目指し、迫っていた。


 雷光が世界を白に照らし、月を覆う雲が森を闇に染める。



――雷雨は、確実に悪魔の森へと近づいていた。



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