chapter2-4「迫り来る雷雨4」


「もう時間ですよね」

「とっくに、な」


 クリスの言葉にシュヴァルツが返す。


「……まだ、来ませんね」

「ま、わかってたことだがな」


 クリスの疑惑に、さも当然とベテランらしく答えるシュヴァルツ。



 先ほどリヴィアが口にした言葉にはもう一つ訳があった。

 彼女がわざわざこのような森の中にまで出撃してきた真の理由だ。



――嫌な予感がしたのだ。



 わかりやすい場所で一人になる事こそが、もっとも危険なのではないか、と。


 事実、その直感は当たっていた。


 敵の内部侵略による抗争。

 そんな状態で署内にいるなど、巨大な敵の胎の中で安全を確信するようなものだ。


 もし、リヴィアがここにいなければ、きっと作戦撤回のための人質にされていた事だろう。


 秘匿作戦の前線作戦室。誰にも知られていないはずの場所。

 森の中。背後にある重武装された作戦車両の中こそが、今、非戦闘員であるリヴィアにとっては最も安全な場所と言えるのだった。


「――また、か」


 リーダーであるリラが冷めた目で宙を睨む。


 仮にとはいえ、一応は公安として警察内部に所属している彼らではあるが、そもそもは国の意思に則りその任務をこなしている以上、なんらかの形で最低限の協力、所轄の応援というものがあってしかるべき……はずだったのだ。


 所轄の応援。例えるなら、適当な理由をつけての警察交通課による交通規制。

 これにより、万が一失敗した際の、犯人の国外逃亡を妨害する事が可能となる。


 他には武装支援。

 最低限は敵征圧に必要な制圧力、殲滅力の高い武器、それらが支給されてもおかしくない場面なのだ。


 だが、今回の武器などが全て個人の物である事からもわかるように、国からの支援も組織からの支援も無い。


 当然の事ながら、交通規制。そういった動きもまったく見当たらない。


 たとえ特殊戦闘部隊であったとしても、警察でも軍でも無い組織であったとしても、その協力は秘密裏にではあるが、国に約束されていたはずなのだ。



 だが、何も無い。



 これこそが、今回の特異すぎる異常性といえた。



 もちろん、そんな支援こそが悪手である、という意見もあっただろう。



 なるほど、内容が伏せられていても、なんらかの所轄や組織からの応援、支援行為があれば、動きが筒抜けである以上は逆に怪しまれてしまうかもしれない。逃げられないためにも目に見えるような動きは慎むべきだ。


 そんな意見もある意味では正しい。


 敵も内情を知っているかもしれない。

 だから動きを最小限にすることで初動を悟られないようにする。


 そう考えれば、この支援ゼロの状況も納得はいくかもしれない。


 だがしかし――。



 作戦決行の遅延。これに関してはありえないと言わざるをえない。



 儀式的な意味あいゆえに、常に満月の夜に行われる凶行。

 なにより、影で取引された今回の被害者らしき存在の動き。



――今日で間違いが無いのだ。



 やっと居場所を特定できた。

 海外も含め逃亡先は無数。今を逃す理由が無い!


 であれば、この長考時間は無意味だ。


 即座に動く他無いのだ。



 それなのに――!



 露骨な時間稼ぎ。決行時間の遅延……。


 本作戦は、一部の上層部のみが知る特務作戦だ。

 だからこそ、そう・・としか考えられなかった。



 その、一部の上層部・・・・・・にこそ裏切り者がいるという事なのだろう。



 アイツ・・・がいなくなると困る人間が警察内部、あるいは関係する政府機関に存在するのだろう。

 それも考慮すべきだった。いや、考慮した上での行動だったはず。なのに……どこで間違えた。


 リヴィアは一人、苦悩する。



 今回のような事は、多くは無いが少なくも無かった。


 ターゲットの特異性ゆえ、消されては都合が悪いと考える者も、内部に存在する事は充分にありえたのだ。


 いつだったかは、緊急の作戦で個人武装も持ち込めない状況で、サバイバルナイフ一本しか支給されなかった例もある。


 それは、死ねと言われているに等しかった。


 だからそれ以降、個人の所有武装をできるだけ持参できるよう、自衛のためにもある程度は自前の物を持ち続けるよう推奨し続けたのだ。


 今回に限っては、その経験が功を奏したとも言えるが……。


「今回も……みたいですね」


 リヴィアの呟きに、クリスが独りごちる。


「このままじゃまた・・アイツ・・・に……」


 その言葉に、隊長が静かに応える。


そうさせるつもり・・・・・・・・なのかもしれんな」

「そんな……っ!」

「我々の存在が邪魔な連中というのも、いるのだろうよ」


 不満げにもらしたクリスの言葉に対し、雑談ではなく、指揮官としての口調でリラが冷たく言い放つ。


「だが、我々とて、黙って見ている訳にはいかん」

「となれば……」


 リラの言葉に、冷たい笑みを浮かべながらヴァイスが屋敷の方向へと目を向ける。


「ま、いつも通り・・・・・、だよな」


 にやりと、シュヴァルツも悪戯めいた顔で応えるのだった。



「……そんな、危険ですよ……」


 不安げなリヴィアの声に、ベテラン勢は澄ました顔を崩さない。


 たった5人だけの編成。しかも、一人はサポート要員。実働部隊は4人に過ぎない。精鋭とはいえ、圧倒的に足りない戦力。

 なんのサポートも無しに、こんな少数で攻め込ませるなどというのは、腐敗した一部上層部からの嫌がらせ、いや、死刑通告以外の何物でもない。


 だが――。


「結果を出せばいいんだ。そうすれば誰にも文句は言わせないさ」

「マジかよ。想像以上にいかつい警備だぜ?」

「それだけやりがいがある、という事でしょう」


 隊長、シュヴァルツ、ヴァイスと、各々が余裕の表情で言ってのける。


 望遠スコープで覗く先には、森の中に転々と、そして屋敷入り口、周囲に配備された無数の黒服達の姿が見てとれた。


 こんな人気の無い隠れ家でさえ、一切の隙を見せる事無く護衛を充分に配備する。

 そして敵の内部には、毒牙をかけてじわじわと腐敗をはびこらせ、確実に身を護る老練にして狡猾なターゲット。


「やるしかないですよね」


 クリスの言葉に――。


「ああ、ここらでいっちょ締めとかねえとな」


 シュヴァルツが応え。


「そうしないと、こんなことが……ずっと続くんですよね……」


 リヴィアが頷く。


 国さえもその絶大な権力を恐れてなにもできない。もしくはその巨大な腕に取り込まれ、毒牙にかかり、腐敗する。

 森の悪魔などという眉唾な存在よりも、真に恐ろしきは――人間ということ。


「そろそろ時間のようですね」


 決まっていた時間など無いに等しかったが、作戦執行における成功率を考慮した限界時間をヴァイスが告げる。


「各員、散開し持ち場にて待機!」


 隊長であるリラが作戦の決行を口にすると。


「了解!」


 各自、持ち場へと離散する。


 統率の取れた軍は一つの生命に等しいと言うが、この五名はまさしくそれだった。



――精鋭。



 巨悪の潜む館へと、今、正義の剣が誅を下さんと、包囲網を敷いたのだ。




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