chapter2-3「迫り来る雷雨3」




――静寂が続いていた。


 温まった空気に冷気が差し込むように、談話の空気が切れた刹那、目前の現実が意識へと滑り込む。


 今、まさに繰り広げられているであろう惨劇。


 データの文面上だけで知っていた悪魔の所業。それが今、行われているのだ。


 そのおぞましい情景を、被害者の末路を、まざまざと想像してしまったのだろう。


「……うぷっ」


 青ざめた表情でリヴィアが嘔気に苦しむ。


「大丈夫?」


 クリスは背後のバックパックから水筒を取り出すと、リヴィアに手渡した。


「あ、うん……。ごめん……」


 手渡された水筒の暖かさに身を暖めつつ、リヴィアは一口だけ水で体を潤した。


 一様の行動に、彼女は自身の無様さを恥じた。


 戦闘部隊という特殊性ゆえ、凄惨な光景には耐性がある……はずだった。

 それは、あって当たり前の事。


 だが、主に情報収集と作戦立案、戦略指揮をメインとする、部隊唯一の非戦闘員、つまりは後方支援であるリヴィアにとって、そのような耐性がないのも無理からぬこと。


「だから言ったろうが。お前は来ねぇほうがいいって」


 ゆえに、今回の作戦。

 本来ならばリヴィアは隠れ家である署内のオペーレーションルームで待機しているべき。そのはずだったのだ。


「うぅ……すみません……うぷっ」


 そもそもリヴィアの担当は、事前の情報収集とそこから得た情報からの作戦立案だ。

 有事の際の戦略指揮とオペレーターも行うが、あくまでそれはサブ。メインの指揮官は隊長であるリラに委ねられる。

 ならば結論として、こんな前線付近までくる必要性は無いのだ。――本来は。


「そうよ、なにもここまで一緒に来なくてもよかったのに……」


 今からでも遅くない、と。隊長も気を使い、帰還を指示しようとする。


 だがしかし――。


「私の場合、なるべく近くにいた方が柔軟に対応できるんです……作戦とか、オペレーターとか。それに……」


 自分だけが安全な場所でただ指示する、というのも申しわけが立たない。という理由もあった。


 例えそれが味方に危険をもたらすかもしれないエゴだとしても。


「頼りにしてますよ」


 微笑みながらフォローを入れるヴァイス。


「そうね、あなたのバックアップがなければ、今頃何人か・・・、いなくなっててもおかしくないものね……」

「特に、クリスがな」


 リーダーの言葉に、シュヴァルツが悪戯めいた笑みを浮かべる。


「ちょっ……。ひどいですよ、シュヴァルツさん」

「そうですよ。毎回毎回勝手に突っ走って、危ない目にあってるのはシュヴァルツさんじゃないですか~っ」

「……そだっけ?」


 恥ずかしがるクリスをフォローするリヴィア。すっとぼけるシュヴァルツ。


 いつもの光景だった。いつもの公安課資料室第三係の風景だ。


「そうです! この前だって~……ぶつぶつ」

「そうね、この中で一番先に倒れそうなのは……」

「案外、シュヴァルツかもしれませんね」

「あ、てめ、ヴァイスこんちくしょっ」


 シュヴァルツが茶化して。


 クリスが不平を言い。


 シュヴァルツが茶々を入れて。


 リヴィアがツッコミ。


 リーダーがそれにのり。


 副長も悪乗りする。


 そして、みんなで笑いあう。



――そんな、日常。



 牧歌的な光景。



 普段どおりの姿。



――異なるのは、今は署内でも街中でもなく、森の中。そして、狩りの時間だということ。




 最大限リラックスした後に、彼らの目は徐々に、狩人のソレへと変わっていく。




 満月は煌々と赤く輝き、流れてきた雲がその光を僅かに隠し始める。




――雷雨が迫っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る