『秀優女学院』
『秀優女学園』
とある地方都市の片隅に存在するこの全寮制の女子高等学校を一言で表すなら、「まるで絵にかいたような女学校」となるだろう。
あるいは漫画みたい、とも。
もっというならありきたりで、テンプレート的とすら言える。「裕福な家庭のお嬢様が通う何ともなしに華やかで浮世離れした品のよさそうな学園」であり、実際、地元の評判もそんなものだ。とはいえ全国的に有名かというとそうでもなく、進学率も決して高くはない。多くが付属小学校、中学校からのエスカレーター進学で、そうしたルートをたどった生粋のお嬢様たちはどことなくふわふわぽわぽわと日々を過ごしているし、実際進学にこだわらなくとも将来に不安を抱くこともないのであるから、やんぬるかな。
そしてこれまた、まるで学園漫画の定石とばかりに、学校全体の偏差値を上げるために外部から頭脳明晰な生徒を編入させる特待生制度が存在する。
「で、それに受かってやってきたのが私なわけですね」
「なるほど、なるほど」
差し出された紅茶をすすりながら、上原あかりはとうとうと身の上を語っていた。とはいえ、このくらいのことは目の前の少女も察しているだろう、とも思う。曲がりなりにも特待生制度で入学した彼女の襟には銀百合――特待学級の生徒を示す、銀色に輝く百合の花のバッヂ――が揺れている。
「大変努力されたのですね」
「えへへ……。まぁ、こう、コツコツ愚直だけが取り柄で……」
「とても得難い才能だと思いますよ」
「真面目に明るく頑張る子! 上原あっかりでーす!」
突然の特撮ヒーローばりのキレッキレのポージングだった。
「……」
「…………上原、あかりです」
「
「あっ、どうも……」
スン、と静まる空気。
今のところ、誉め言葉と自己紹介しか受けていないのにあかりは泣きたくなってきた。今すぐ表に駆け出してこの魔女の家を取り囲むうっそうとした森に消えてしまいたい。辛い。
辛いついでに、思い出したくない記憶がよみがえってきてなおのこと、辛い。
「……こんな、感じで、自己紹介、したんです。うう……。入学式の後の、クラスのホームルームで……」
ほんの数日前の、忌むべき記憶がよみがえる。
入学式まで、あかりの胸には期待と喜びだけが満ちていた。まさか受かると思っていなかったお嬢様学校への入学。春休み中なんども入寮のための荷物をひっくり返しては詰め直し、毎夜眠れずにパンフレットを繰り返し繰り返し眺め、中学校の同級生にはワイワイキャッキャとうらやましがられ「ズッ友だょ」「ショーガイシンユー!」などと落書きしたプリクラをバンバン撮りまくり、涙ながらに送り出す両親に満面の笑みで手を振ってやってきたのだ。
が。
式を終え、クラスにやってきた時点で、違和感を感じた。
「かたいんです。空気が」
「かたい」
「クラス替えって、こう、もっとキャッキャしてて、あちこちでグループが出来て、そういうイメージだったんですけど」
式のあった大講堂(体育館ではない、式典専用のホール!)から教室に帰る道すがら、ちょいとお手洗いによって遅れて戻ったあかりは、愕然とした。
座っている。
生徒が全員。席に座ってじっとパンフレットを眺めている。
ホームルームまでまだ十五分もの休み時間だというのに!
「それで、私おもったんです」
「……」
「こわぁ……。って」
「ふんわりしてますね」
「まぁ正直まだまだそこまでおびえるほどのことでもなかったですし」
「そうですね」
「そうなんです。その時は「うわぁ、真面目系ばっかじゃんこっわぁ……」って思っただけだったんです。「緊張した人間が40人も教室に並んでるとこわわわぁ……」って」
そして、なんとなく雰囲気に流されて自分も(暗記するほど読み込んだ)パンフレットを机に座って眺めること十五分。
当たり障りなく始まったホームルームで、あかりは、満を持して、春休み中温めていた渾身のキャッチフレーズを繰り出したのだ。
そして。
「私の秀優女学院生活は終わりを告げました」
「……スベッたんですね」
「スベりました。ボブスレーかなってくらいスベりました。隣の子の呼吸音すら聞こえないくらい静まり返って私時間を操る力に目覚めたのかと思いました。目覚めていたとしたら全力で巻き戻すことに躊躇ないくらいのだだスベりでした」
担任教師が「アッハイ。次」と発言するまでの間、あかりは地獄を見た。
「そして今、入学から半月たった現時点で私のクラス内での発言は「アッゴメンナサイ」と「アッアッスイマセン」だけです。うっかり道をふさいでいた時が前者で道を塞がれてしまっていた時が後者です」
「……その、それは」
「もう……、取り返しが……、つかない……」
両手で顔を覆う。
「私、失敗したんです。デビューに失敗したんです。かといって、それを帳消しにしようとは思いません……」
憧れの学園の理想の学生生活は遠くに過ぎ去った。もたもたしているうちにクラス内のグループも完成してしまっていた。入学以来お昼ご飯はすべてボッチ飯である。学院名物のちょっとおしゃれでおいしい学食も味気ない。
「だから」
顔をあげて、あかりは店員の少女を、見た。
「頭が良くなりたいんです。いまよりもっと。そしたら」
そうしたなら。
「クラスで一番になれたら、ひょっとしたら、ひょっとしたら……」
友達が、できるかもしれない。
文城堂書店の読書日和 絹谷田貫 @arurukan_home
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