アスパラが絆ぐ幽霊

兎鼡槻《うそつき》

幽霊はアスパラを食べるのか。

 春の陽気が悩みを解決してくれるなら俺は、三月までに沢山の悩みを作っておくだろう。……今四月だけど。


 そもそも陽気ってなんだよ。温度か? なら、この温室並に暑い空気が目の前のブラジャー丸出しの女子が睨みつけてくるというこの状況をどうにかしてくれるのかもしれない。


 信じていいか?


「……閉めてよ。」


 文字にしたら簡潔な四文字だ。でも、俺だってこんな漫画みたいな経験をするなんて思っていなかった。つまりは……混乱していたんだ。


『ガタッ!』


 俺は可能な限りのスピードでドアを閉める。ここは開放された屋上の端にある謎の一室。場所は屋上の入り口の裏だ。そこは年中鍵が閉まっていて、何に使われているのかも知らなかった。


「はぁ!? 普通この状況で閉めてって言ってんのに中に入ってくる!?」

「えっ、い、いや。」


 確かにそうだ。女子が着替えているのを目撃したのに中へ入るというのは、最早これから犯行をしますと宣言する様な物である。


 だが、待って欲しい。


 これは俺ばかりが責められる問題なのだろうか。


「しんっじらんない!」

「信じらんないのはこっちだよ変態女ァ!」

「は、はぁ?」


 こっちの急なキレ具合に怯む半裸女子。


「ここは開いてないはずの部屋だろ? そこに好奇心で開けたら半裸ってお前ここで何してたんだよ!」


 一学期が始まったばかりの昼休憩。今ここに、負けられない戦いがある。


 まずは”変態”というワードを俺が先取する事で相手に使わせないという作戦だ。逆ギレという牽制も効果が出ている。


「うるさいなぁ! あんたみたいな着替えてる女子に近づいてくる奴に言う必要ないでしょ! っていうかそっちの方が変態じゃん!」


 先取とか気にしない人だ! ってか部屋に入った事を問い詰められると勝てる気がしない。俺だってなんで入ったのかわかんねえんだから。


「あんた何年生? 私二年だけど、下だよね?」

「俺も二年だよ!」

「えっ? じゃあタメ? 見たことないんだけど、もしかして不登校だった?」

「お前が不登校だったから知らねえんじゃねえの?」

「は……ッ! はぁ!? 違うし! こんなイケイケの女子に何言ってる訳? はぁ??」

「……。」


 図星かよ。なんかちょっと悪い事したかな。別に本気で傷つけたかったんじゃないんだけど……。


「とりあえず服、着ろよ。」


 彼女は白いレースがあしらわれた輪郭だけ派手なブラジャーを両手で隠していただけだったが、俺の最もな指摘を受けるとウチの学校の指定のスカートに当てはめるが如くブラウスを着始める。ブラウスは上の二、三個だけを外してTシャツスタイルで脱いでいた様だ。鞄の上に置いてあったそれを頭から被る様に着る女子。


「あんふぁ名前は?」

「内緒だ。」

「何それ? じゃあ私も教えない。」

「好きにしろよ。」


 今更だけど気不味くなってもう服を着終わっている女子の身体から目を逸らす。


「で?」

「ん?」

「ん、じゃなくて。本当になんの理由もなく入ってきたの?」

「……友達から追われてんだよ。」


 嘘だ。理由なんて聞かれても困る。


「なんで。」

「なんでもなんもねえよ。ただの遊び。」

「高二になって追いかけっ子とか馬鹿じゃないの?」

「ばっ!? 友達いない奴にはわかんねえかもなっ!」

「ッ! と、とと、友達くらいいるんだから! 馬鹿にしないでよ!」

「お前が先に馬鹿って言ったんじゃねえか!」


 唸り声をあげそうなくらいの表情でこっちを睨みつけてくる女子。俺達はそのまま尖った視線で見つめ合うが、女子が濡れた頬を拭って俺の心がざわついた。流石に推定不登校女子の友達いないネタを弄ったのは不味かっただろうか。


「お、おい。泣いてんのか?」

「うるっさいなぁ。」

「わ、悪かったよ。ちょっと言い過ぎたって。」

「違う! 暑いの!」


 そう。ここは謎の部屋。陽気ってのは溜まると熱気になる。俺がさっき閉めたドアも、最後にいつ開けられたかもわからない窓もこのサウナを作るアットホームな仲間達なんだ。


「せっかく私だけの楽園を見つけられたと思って自由にしてたのにこんな変態に見つかるなんて!」

「楽園って……。」


 さっと日常会話で出てくる単語じゃねえだろ。


 ……ん? この謎の部屋は埃と少しの錆の臭いで満たされている。埃はともかく錆の臭いの原因はこの大量に積まれた机が原因だろう。廃品か余剰分かは知らないけど、こんな劣悪な環境に保管してて大丈夫なんだろうか。ともかく、その内の幾つかは見るからに綺麗にされている。女子の物と思われる鞄もその上に置かれてるな。考えるまでもなく彼女が手入れをしたんだろう。


「お前いつもここにいんの?」

「そ、だからズカズカと変態に入られたら困るの。」


 ”変態”に反論しても手痛いしっぺ返しを食らうし話も進まなくなるからスルーしよう。


「って事はいつも独りで弁当食ってんだ。ここで。」

「だ、だから? 文句ある訳?」


 友達いるのに? なんて意地悪な事は言わないでおこう。もう大体察しはついてる。


「じゃあ、明日から俺と飯食おうぜ。」

「…………は?」


 今までとは全く色の違う一文字。


「な、なんっ? いや、その……!」


 急にしどろもどろし始めるがそうなる気はしていた。


「……あんた!」


 大声を出して自分に活を入れたんだろう。それでいい。別にやましい事はない。


ういうつもり!?」


 …………。


 おもっくそ噛んでんじゃねえよ……。


 本人にも自覚はあるのだろう。顔は陰っていても真っ赤な耳くらいよく見える。でもここで馬鹿にする程自分は捻くれちゃいない。


「タダのナンパだよ。」


 胡散臭さ百二十120パーセントの笑顔で答えた。それが彼女の目にはどう映ったんだろう。


「……ッ!」


 彼女は乱暴に自分の鞄を掴むと顔を俯かせて俺の横を抜けて部屋を出ていってしまった。やっぱりからかっていると思われただろうか。距離感がわからない。


 何を隠そう俺にも友達はいないんだ。


 照れ隠しか慰めか、旋毛つむじ辺りを爪で掻く。


「でも、良い場所は見つけられたかな。」


 これが慰めだな。つまりはさっき手癖は照れ隠しだろう。


 だが、翌日。


「なっ!? えっ!? 普通また来る!?」


 彼女は昼休みにまた初対面時と同じ格好で同じ場所に居た。まさかまた居るとは。


「このナンパ変態男! 早く閉めてよっ!」


 称号はグレードアップしていた。


「へぁっ!? また入ってくるの!?」


 ここの窓から見える桜の木はガムテープの貼ってあったと思われる汚い糊越しでも綺麗に見える。



*****



「ヘンタ、今日もアスパラ入ってるから食べてよ。」

「アスパラくらい良い加減食えるようになれよ。」

「筋っぽいとこが嫌。」

「先っぽまで俺に食わせるじゃねえか!」

「嫌な筋の延長線なんだから嫌の範疇でしょ。」

「屁理くむ……!」


 乱暴に口の中へ突っ込まれるアスパラのベーコン巻き。入れられたなら仕方ない。しっかり味わうさ。


「んん……相変わらず美味いな。アスパラをただベーコンで巻くだけじゃなくなんか塗ってあんだよ。マスタード?」

「細かいところがきーもいぞ。」

「タッ!?」


 眉間を細い人差し指で突かれる。爪がめり込む鋭い痛み。


「そんな強く突いてないしー。」


 シワシワと鳴く蝉の声が薄っすら聞こえる部屋にはカビっぽさと仄かな塩素の臭いが漂っている。あれから然々しかじかとあって今じゃ俺達二人は奇妙な関係に落ち着いていた。言ってしまえば謎の部屋内限定友達だろうか。俺は変態とナンパのどちらで罵倒しようか迷った彼女の口からでたヘンタというあだ名で呼ばれるようになった。そして、彼女は……。


 変わらず上はブラだけである。


 最初は恥ずかしがっていた彼女も今となってはこの部屋に着いた途端上を脱ぎだす。先生に見つかったら間違いなく不純異性交遊の現行犯だ。しかし、仕方ないと思える程にこの部屋は……暑い。


「本当に七月って暑さだよな。」

「んー。」


 プールの水で湿った彼女の長い髪は湿気で膨らみつつ今度は汗を含み始める。肌をつたう汗を目で追って良いものか。


 これだけ汗を掻いても俺達はここに集まる。俺は水筒、彼女はスポーツドリンクを持って。


「あ、そう言えばそろそろ期末だね。中間どうだった? ヘンタって成績悪そう。」


 白い歯を見せて悪戯っぽく笑う彼女に俺は胸を張って言い返す。


「どうだろうなぁ? 頭の悪さならお前の方がよっぽど俺より上手うわてそうだけど。」

「そんな訳ないでしょ!」

「じゃあ何位だよ?」

「私は……ってその手には引っかかんないからね! 言ったらそれで名前探す気でしょ!」

「とか言っちゃってまぁ。そういう事にしといてやるよ。」

「何それ! ずるい! 私絶対ヘンタより上位だから!」

「ハイハイ。」


 この数ヶ月でわかった事。彼女は負けず嫌いだ。そして、結構子供っぽい。


「でも、頭良いなら追試は心配なさそうだな。」

「赤点とかとっちゃうのって人外でしょ。」

「お前それ……。」

「べ、別に人前で言ったりしないし!」

「だったら良いけど。」


 彼女に友達がいないのは口が滑り易いからだと思う。多分。


「ヘンタこそ追試大丈夫なの?」

「余裕よ。」

「本当にぃ? もしあれなら私が勉強教えてあげるけど。」

「んー……マジでヤバそうだったらお願いしようかな。」

「え!? そんなに? 本当に勉強出来ないの?」

「そんな事はないけど、お……。」

「お?」

「女の子と勉強とかちょっと憧れるじゃん……。」

「はぁ?」


 少し上擦った声だ。決して嫌がっているだけじゃない。


「ま、まぁ、私くらいしかヘンタにそういう事してあげられる人なんていないと思うし……どうしてもって言うなら、べ、別にいいけど……。」

「お、おう……。」


 蝉の声が大きくなった気がした。だが、彼女がソレを貫いて声を挙げる。


「そ、そうだ! ヘンタ知ってる!? 例の噂!」

「噂?」

「そう! 幽霊が出るんだって!」

「ゆ、幽霊……?」

「何その顔。ちょっと浪漫ろまんあるじゃん! 興味ないの?」

「この科学の時代に幽霊ねぇ。」

「幽霊が科学じゃないなんて誰も証明出来ないでしょ!」

「じゃあ科学って証明出来んの?」

「出来ない! つまり未知数って事ね。」

「暴論だろ。」


 人に勉強を教える事を提案するだけあって本当に成績は良いんだろうけど、オカルト好きとはね。それはあんまり関係ないか。


「暴論でもなんでも夏にそういう噂が出るってこの学校も中々粋じゃない?」

「最近の噂なのか?」

「……最近知ったけど前からあったって。」

「なんでそんな嫌そうな顔すんだよ。」

「男の癖にすぐそうやって浪漫を潰すような事を言う。」

「お、俺が悪いのか?」

「悪い。デートの日に相手の子の下着の色を聞くくらい無粋。」

「はぁー?」


 おっと、最近こいつの口癖が伝染ってるんだよな。


「ねぇ、夏休みに肝試ししない?」

「肝試し?」

「い、いや、デートとかじゃないよ? ただの遊びの誘いっていうか……。」

「そういうのはいいわ。」

「……え?」

「ほら、俺達ってここでしか友達じゃないだろ? 実際名前も知らないし。だから――。」

「何それ。」


 低い、声だった。これだけキツい目で睨まれたのは初対面の時以来……いや、初めてかもしれない。


「えっ、と……。」

「ここでしか友達じゃないなんて……そんな事考えてたの?」

「いや……。」

「誰がそんな事決めたの?」

「決めた訳じゃないけど……。」

「そうだよね? 決めてないよね? なのに、そんな風に考えてたんだ。」

「……じゃあ、お前は部屋の外で俺を探そうとしたのかよ。」


 言ってすぐに後悔した。汚い。


「それは……ッ!」


 震えて裏返りそうな声で反論を引っ込める様に黙る彼女。


「……ごめん。」


 そう絞り出して俺は部屋を出ていく。俺は頭を冷やした方がいい。


 だが、その過ちは大きかった。彼女はそれ以来この部屋に来なくなってしまったのだ。


 人生たった一度きりの今年の夏休みは酷く色褪せた期間に感じた。



*****



「秋になるとここの暖かさは丁度良く感じるな。」


 その言葉に答えてくれる相手はいない。それに秋と言える程秋でもない。夏休みは言うまでもなく、文化祭も終わった。ここの窓から見える景色には桜もプールの青も木枯らしに塗りつぶされている。でも、カラフルな住宅街の壁の色から垣間見える散り掛けの銀杏が季節らしさと言えるだろうか。


 泣けるほどの感傷はないが、寂しいと思えるくらいには名残惜しかった。だから俺は毎日ここに来ているんだろう。


 でもさ――。


『ガチャッ。』


 自分への酔い覚ましは薄手のマフラーの上から覗かせる彼女の弱々しい眼差し、それで充分だった。


「……はは、なんて言えばいいんだろうな。」


 情けない言葉だ。茶化しきれてもいないし、彼女を迎えているかもわからない空っぽの言葉。


 そのせいか彼女もドアを開けたまま部屋に足を踏み入れようとしない。そんな彼女に俺は……。


「閉めろよ。」


 彼女の言葉で返したのだった。だが、彼女は俺じゃない。俺の言葉に視線を落としドアを閉めようとする。


 俺達の関係はここで明確に――――終わり。



「違う!」



 叫んでいた。否定した。拒絶した。そして、恥ずかしかった。


「わかってるだろ! そこは中に入ってくる所なんだよ!」


 閉まろうとしていたドアは止まる。それこそ明確に。


「悪かった! ごめん!」


 頭を深々と下げる。止めたままじゃ駄目だ。ドアを開いてこっちへ。


「なんだってする! 許してくれ!」


 苦し紛れの月並の言葉。我ながら拙いやり方だと思う。それでも、ドアは再び閉じたりはしなかった。


「……アスパラ。」

「……え?」

「……アスパラ、食べて。」

「食べる食べる! なんでも食う!」


 彼女も仲直りしたかったと捉えるのは自惚れだろうか。でも、俺達のすれ違いがアスパラ数本で埋まると言うのなら喜んで食べる。


「……。」


 ドアは再び開かれ閉じる。彼女を抱き込んで。


「……ちょっと寒い。」

「そ、そうか?」

「なんで上着来てないの。馬鹿なの。」

「馬鹿だから風邪引かないんだよ。」

「自分で言わないでよ。」

「馬鹿だから……ずっと待ってた。」

「……そう。」


 暇過ぎた所為……いや、寂しさを紛らわす為に俺はこの部屋を少し綺麗にしていた。彼女は何も言わず部屋を軽く見回すと机の上に積まれた漫画雑誌を手に取る。


「私の……まだ残してたんだ。」

「勝手に捨てるのは、なんか違うだろ。」

「……馬鹿。」


 それから彼女は辿々しい手付きで鞄から弁当を取り出す。弁当の中には何故か大量のアスパラのベーコン巻が詰められていた。


「えっ……ぅむっ……。」


 俺の言葉はアスパラで勢い良く喉の奥に押し戻される。俺達の溝は今迄通りのアスパラの本数じゃ埋まらないって事か。そう解釈するしかなかった。


 カリッとしたベーコンが歯に当たると、燻製の香ばしさとほんのりと甘いバターの香りがとろけ合い鼻の裏にこれでもかと広がっていく。そして、ベーコンを突き破ればプリッと歯ごたえのあるアスパラの茎の部分とふわっとした穂先が舌に潰され濃厚な香りを中和する様に水分を弾けさせた。すると滲み出てくるマスタードのツンとした香りと爽やかな酸味。


 美味しい。……久しぶりに食べたせいか、前より美味しくなった気がする。だが、気になるのは味ばかりではない。


「……ごくっ。なんでそんなアスパラばっ――。」


 やっぱり聞きたかった。そんなに沢山のベーコンのアスパラ巻きが弁当箱に鮨詰めされているのは何故なのか。アスパラなのに。しかし、彼女は目を鋭くさせて空かさず次弾を俺の口に装填する。


「うぐっ。」


 でも、やはり美味い。


「……どうなの。」

「……ん?」

「美味しいのって聞いてんの。」

「ん、んん。」


 肯定した。まだ咀嚼中だったので頭の上下運動しか行えなかったが、思いは伝わっただろう。それから俺が飲み込む度に彼女は一つずつそれを俺に食べさせたのだった。弁当箱がそこまで大きくないとは言え、全部で十本前後はあったと思う。


「今日のは……流石に多過ぎだ。」

「……そう。」


 相変わらずぎこちない返事だ。でも。これが彼女なりの歩み寄り方なのかもしれない。


「いつもより美味くなきゃこの量は食いきれなかった。」

「……。」

「なぁ、俺の事許して――。」


『パンッ!!』


「わっ!?」


 突然の行動に驚いて、咄嗟に目を瞑り腕を前にして頭を守った。しかし何も起きない。恐る恐る自分の腕を退けて目を開けると彼女がお祈りでもするが如く合掌し、こちらをニヤリとした顔つきで見ている。


「ふふふっ、今ので許してあげる。」


 どうやら猫騙しをされたみたいだ。


「な、何だよっ!」


 思わず抗議するが、そこからぎこちなさは幻の様に消えていた。一言一言交わす度にまるで初夏の続きの様な気温が部屋を満たしていく。それでも。


「私、幽霊一人で探したよ。」


 そんな言葉で室温は下がる。


「え、そ、そうなのか?」

「ヘンタに科学的じゃないとか言われたし、誘っても断られたしでむしゃくしゃして意地でも見つけてやろうと思ったから。」

「……。」


 明確な当てつけ、或いは嫌味だ。やはりまだ怒っているんだろう。じわりと身体が冷え、口が重くなるなんて返せば……。


「でも見つかんなかった! 悔しい!」

「……え?」

「見返してやろうと思ったのに!」


 あれ? 怒って……ない?


「なんか幽霊って二年の教室の辺りに出るって言うから全部の二年の教室張り込んだんだよねー。」

「よ、夜に?」

「夜に。」

「警備員は?」

「廊下側の壁に付いてればなんとか!」

「一人で?」

「もち……! ち、違う! 友達と!」

「でもさっき一人でって……。」

「アレは言葉の綾! ヘンタ抜きでって話!」


 向きになって言い訳の捏ね繰り回す彼女に一切の怒りは見て取れない。……早とちりだったようだ。


「でもね。その時、なんとなく思ったんだ。ヘンタって何組なの?」

「……! い、言う訳ないだろ! 俺達名前だって知らないんだぞ!」

「もういいじゃん。今回ので私達、お互いと、友達になったんじゃん? だから、名前くらい。」

「駄目だ!」

「……なんで?」


 キョトンとした顔に少しの悲しみが含まれた顔。それを許しちゃいけない。


「名前を知り合ったら普通の友達だろ! 俺達は……もっと、なんか、特別な友達だから、あだ名同士で居たいって言うか……。」


 苦し紛れの言い訳に聞こえるだろうか。


「……あだ名! 特別! いいね!」


 彼女の表情は輝いていた。俺の言葉を信じてくれたんだ。


「でも、ヘンタは私の名前知らないでしょ? だから私の事はマキって呼んで!」

「(それって殆ど本名じゃん。)」

「ん?」


 思わず漏れた俺の呟きは聞こえなかったようだ。


「ほら!」

「い、今!?」

「当たり前でしょ!」

「…………マキ。」

「はい! これで私達、と、とと、特別な関係なんだからね。」

「あ、あぁ。」


 なんだかさっきまでとは違う感じでぎこちない。


「今日は! ……帰る。」

「お、おう。」

「じゃ!」


 逃げる様にドアを勢いよく開けて去っていく……マキ。


 仲直り出来て良かった……うん。



*****



「マキ、あけましておめでとう。」

「おめでとー。今年もよろしく。」

「よろしく。」


 年明け。冬休みを挟んだ久々の再会。なんとなく寂しさと嬉しさを押さえ付け何時も通りのテンションで挨拶をする。


「ヘンタ、お年玉幾ら貰ったー?」

「貰ってない。」

「えっ、可哀想。せっかく自慢しようとしてたのに同情しちゃう。」

「るせーなぁ。金なんてなくても俺は充実してるんだよ。」

「またまたぁー。」

「……実家でも帰ったのか?」

「まぁね。お爺ちゃん達は好きなんだけど、田舎ってやる事ないのがなぁ。電波届かなくてネットも使えないし。」

「お爺さんと遊べばいいだろ。」

「もう腰とか悪くて無理だよ。将棋なら偶に付き合うんだけど流石に飽きるよね。」

「生きてる内に色々やっとかないと後悔するぞ?」

「……うん。それはわかるんだけどねぇ。」


 他愛の無い会話。


「……お爺ちゃんも死んだら幽霊になるのかな?」

「おいおい。」

「死んでもメッセで話せればいいのに。あ、でもお爺ちゃんスマホ苦手だった。そうだ。ヘンタ。メッセID交換しようよ。」

「……メッセ? ぁーいやー……あぁ!」

「きゃっ!? 何!?」

「次の授業の教科書忘れた!」

「それなら私が――。」

「そんな事したら名前がわかっちゃうだろ!」

「そ、そうだけど……。」

「ごめん! 友達に借りてくるわ!」

「あっ……。」


 再会して早々に俺は逃げた。ごめんな。メッセの交換は出来ないんだ。放課後会った時の言い訳を考えなきゃ……。


 でも、不思議とその後メッセのIDについて問い詰められる事はなかった。次の日も、次の日も、次の日も。



*****



 私は、流石に変だと思った。ヘンタははぐらかすけど、名前をここまで頑なに明かさないのはおかしい。仲直りしても遊びに誘って来なかったり、メッセIDの交換をあんな露骨に避けるなんて……。でも、一番不思議なのはヘンタをあの部屋の外で一度も見かけなかった事。ヘンタは違う組とは言え同級生なんだから、一年近く学校に通ってて一度も出くわさないなんてありえない。


 ……でも、下手に秘密を探る事も出来なかった。折角出来た友達……疑うのだって、苦しい。バレて嫌われたらなんて思うとゾッとする。尾行は多分難しい。私……運動得意じゃないから多分、簡単に見つかる。そう言えばヘンタっていつも私より後に帰るんだよね。断られるのわかってたから一緒に帰ろうって言った事なかったな……。


 嫌われるのだけは、距離を置かれるのは絶対に嫌。だけど、同じくらい秘密があるのも嫌。だから私は、一つの冒険に出る。


 それは、盗撮だ。私は毎日他の教室の前を通る際に教室内の写真を撮った。無音カメラのアプリをスマホに入れてふと背伸びをする様に、落とした物を拾いながら、おかしくなったスマホを訝しむ様に、時には堂々と。二年生全員の顔が確認出来るくらいの写真を撮りに撮った。その数五百枚超。そうしてでも私は友達の名前が知りたかった。


 でも……。


「嘘……? ……いない?」


 ヘンタは何処にもいなかった。先生に不登校の生徒についても聞いたけど保健室登校すらしてないって言うし……。そうなると、もう……。


 私は恐ろしい想像をする。それはある意味で友達……いや、特別な関係が無くなるかもしれない未来。


「そんな……。」


 それこそ嘘であって欲しい。でも、それから私はその予想が真実に思えて仕方なかった。


 だから私は噂の幽霊を調べる事にした。


 ――それは四年前の事件だった。勉強や運動が特別出来た訳じゃないけど、軽音部に入ってて後輩からも慕われてたとか。でも、ある日、彼は交通事故で亡くなる。事件ではあったけど、ありふれた交通事故だった。私もその場所は知ってる。だって、通学路に花が置いてあるから。その事件は街の名前で検索したらちっちゃい記事だけどすぐに出てきた。亡くなった生徒の名前は――。


相浦あいうら和樹かずき……。」


 これがヘンタの名前なんだろうか。流石に写真までは載っていなかった。事件についてはそれで終わり。でも噂は違う。彼は亡くなったその日、好きな女の子に告白しようとしていて……それが未練で通っていた二年の教室を彷徨っている。それが噂の全貌。


 ヘンタ……。



*****



「ねぇ、ヘンタ。教えて。」

「何を?」

「死んでるんでしょ?」

「……はぁー?」


 気付けば感染ってしまっていた私の癖。


「マキ、何言って……。」

「止めて! もう嘘は嫌!」

「お、おい。急にどうしたんだよ。明日から春休みだってのに。」

「私、知ってるの。ヘンタ、いや、相浦。」

「……!?」


 彼が驚いた顔をする。やっぱり……そうなんだ。


「ねぇ、好きな娘がいるの?」

「え?」

「未練があるんでしょ? だからまだ……。」

「いや、その、なんでそんな話。」

「はぐらかさないで! その娘じゃないといけないの……? わ、私じゃ……ふぐっ……。」


 駄目だ。ヘンタに成仏して欲しい。でも成仏して欲しくない。私から離れないで欲しい。居なくならないで欲しい。そんな感情が濡れて溢れてくる。


「ど、どうしちまったんだよ!? なんで俺の名前知ってんだ?」


 狼狽えるヘンタ。彼はいつも何処か優しい。


「ご、ごめん……ひぐっ……。」

「涙拭けよ。」


 ヘンタは私を心配して子供っぽいデザインのミニタオルを差し出す。私はその好意を受け取った。そこに書かれた文字と一緒に。


「え? 『たつき』……?」


 ミニタオルの端に黒いネームペンで書いたと思われる三文字の名前。


「あっ! ってもう知ってんだよな。畜生、泣くのは卑怯だ。」

「ち、ちが、私が知ってるのは……。」

「じゃあ俺が一年ってのも知ってんのか……ごめん。怒られるならまだしも、泣く程までって思ってなくて……。」

「え、えぇ!? 一年!?」

「……へ?」

「へ、ヘンタって幽霊なんじゃ……。」

「や、やめろよ! また幽霊とか、年下だからって脅かそうとしてくんな! 俺は信じてねえんだよ!」


 なんだか、馬鹿みたいだけど……勘違いって事? そう考えると嬉しさと怒りがこみ上げてくる。


「この……ッ!」

「痛っ!?」

「今日もアスパラ食べろぉッ!」


 終業式は終わった。だから、もう少しだけ照れ隠しに突き合わせてやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アスパラが絆ぐ幽霊 兎鼡槻《うそつき》 @u_so_tuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る