12/30③


 何かに追われるように、池袋駅から出て、幡谷歯科へ向かう。

 普段通りに歩いているつもりでも、なんとなく後ろが気になってしまい、何度も振り返った。


 その間に、俺のことを駅から出た辺りから、ずっと付けているような人物がいることに気付く。

 背の低い、茶髪でスーツの男だ。遠目だから分かりにくいが、年齢は俺と同じくらいに思える。


 足早になってしまう。

 彼が尾行しているという確信はない上に、ここで撒いたところでどうにもできないと分かっているのに。コートの襟で隠れた首筋に、脂汗が滲む。


 繁華街の十字路、この角を曲がった先に目当ての幡谷歯科がある場所だ。

 後ろを見て、背の低い男を視界の隅に捉えたまま、曲がった瞬間、誰かとぶつかってしまった。


「あっ、すみません!」

「い、いえ、大丈夫ですか?」


 ぶつかった相手は、十代の少女だった。ラフな格好をしているが、高校生だろう。

 後ろによろけたが転ばずに持ち堪えて、短めの三つ編みをした髪を振って微笑んだ。


「知絵、大丈夫?」


 少女と同行していた、天然ものらしい茶色の髪と瞳をした少女が、心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 俺とぶつかった少女は、友人を安心させるために力強く頷いた。


「エリー、ありがとう。大丈夫よ」

「良かった……。お兄さん、気を付けてください」

「申し訳ありません」


 ほっとした友人だったが、すぐに俺の方を見て、眉を吊り上げた。

 すまない気持ちでいっぱいになりながら、俺は深く頭を下げる。


 二人が、俺が来た角を曲がっていくのを見送っていると、その後ろに、ずっと尾行してきている男が通りかかった。

 心臓が早鐘を打つ。しかし、男はこちらを見向きもせずに、そのまま真っ直ぐ進んで、見えなくなった。


 俺は拍子抜けした。そして、自分が想像以上にナーバスになっていたことを自覚して、途端に恥ずかしくなる。

 変に神経を尖らせていたら、見えているものも見えなくなってしまう。平常心で進まねばならない。






   □






 目的の幡谷歯科は、何の変哲もないビルの一階にある歯科医だった。

 そのビルの左側、人が一人ギリギリ入れるくらいの細さの路地がある。


 そこに入り、薄暗い中、一枚だけ貼られた紙を見つけた。

 壁から剥がした後、大通りへと戻り、紙を確認する。


 ……淡い水色の便箋には、何も書かれていなかった。

 まさか、と思いながら引っ繰り返す。そこは真っ白だ。


 俺は顎に手を当てて、考え込みながら、便箋の「― ― ― ―」の罫線を眺める。

 日光に透かして見るが、何も現れない。炙り出しだろうかと首をひねった所で、便箋の真ん中の辺りの罫線の、法則性が変わっていることに気が付いた。


  -・-・・ -・ ・---・ ・-・-・ --・-・ ・・

--・・-- ・・--・ -・ ・・ ・- -・-・ ----

・・- -・--- ・-・-・ ・・・- ・・・・ -・-・・ ・・ 

--・- -・・-・ ・・-・・ 


 これは、和文のモールス信号だ。

 ひらがなを使ったモールス信号も、アルファベットを使ったモールス信号も、ばっちり覚えているので、すぐに解くことが出来た。


 きたせんじゅだいにこうえんくぬぎねもと


 一瞬焦ったが、無事に暗号が解けて安心すると、体中にどっと疲れが押し寄せてきた。

 赤い傘の男が、「一月一日に爆発させる」と言っている以上、俺がより早く多くの暗号を解いても、それを調整されてしまうだろう。


 周りを見渡してみれば、もう日暮れが始まっている。

 今夜はどこか、ビジネスホテルに泊まって、ゆっくり休もう。そう決めた。


























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