12/30①
翌朝、家に帰っていた俺は、着替えとかスマホのバッテリーなど、必要になるものを全て詰め込んだリュックサックを背負って、マンションの一室を出た。
仕事は休むと、前もってオーナーに連絡を入れている。
「北条君、風邪かい?」
と、思った以上に心配されたので、さすがに良心が痛み、「いえ、急に実家へ帰省することになりました」と答えた。
もちろん、これも嘘であり、俺も両親も東京出身なのだが。
始発の電車に乗り、田園調布へ辿り着いた。
まだ、起き切っていない朝の空気は、非常に冷え込んでいる。太陽が昇り、じわじわと温まってきているが、まだコートの内側まで寒く感じた。
朝にジョギングしている人や、犬を散歩させている人、出勤している人と擦れ違い、田園調布の二丁目を探して、スマホを右手にぐるぐる回る。
初めて訪れる場所なので、妙に緊張しながら歩いていると、柵まで蔓性の木に覆われた一軒家が右側に現れ、思わず見とれてしまった。
花は咲いていないが、幹にトゲが付いているから、きっと薔薇なんだろう。
そう思いながら、その家の真横を歩いていると、急に目の前に水が飛び込んできた。
「うわぁはっ!」
「すみません、大丈夫ですか!?」
後ろに仰け反ったため、ギリギリのところでかからなかった。
柵の内側から、銀髪のパーマが美しい老婆が、勢いのなくなったホースを片手に、こちらを覗き込んでいる。
「大丈夫です、かかっていませんよ」
「そうですか。すみません」
ほっとした表情だが、もう一度謝ってきた老婆に、お気になさらずと笑顔で空いている左手を振り、濡れたアスファルトを飛び越えて、先に進んだ。
□
「田園調布三丁目」と書かれた看板の張られた電柱を見つけ、その前で足を止める。
その看板以外は、何もなかったが、塀の方へ回ってみると、一枚の紙が貼られていた。
セロハンテープで貼られたそれを、破らないように細心の注意を払って剥がす。
その紙は、背景に様々な色の円があり、その上にカタカナが一文字ずつ書いてあった。
青は「ト」、緑は「ネ」、赤は「ヨ」、水色は「ッ」、紫は「ハ」、オレンジは「ツ」、黄色は「ヤ」
また、紙の裏にも同じように文字が書かれている。
緑と紫が「ン」、黄色が「サ」、オレンジが「ス」、水色が「ゴ」、赤が「ウ」、青が「バ」。
登場する文字は七色で、虹と色が対応している。
虹の外側から順番に、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫、と並び変えて、表と裏の言葉を合わせると、
「ヨツヤネットハウスサンゴバン」
となる。
スマホで調べると、四ツ谷に「ネットハウス」というネットカフェがあることが分かった。「サンゴバン」は部屋番号のようだ。
今すぐにも四ツ谷へ向かうため、俺は踵を返して駅への道を急いだ。
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