1/1②
ガラガラとシャッターを開けた老人は、俺と目が合うと明らかにぎょっとした表情をした。
「おはようございます」
「……おはようございます」
客に対して、不審そうな目を向けながらそう挨拶を返してくれた。
正直、店主の気持ちもよく分かる。正月に店を開けたら、いきなり外ですでに開店を待っている人がいるからな。
一月一日でも空いている奇特な店は、こじんまりとしていて、様々な本がジャンル関係なく雑多に置かれていた。
「さかさまさかさ」はミステリーの短編集らしいが、これでは探すのに一苦労しそうだ。覚悟を決めて、棚に収められた一冊一冊を指でなぞっていく。
「……あった」
感慨深い、一言が出た。
「さかさまさかさ 塚田まどり」と書かれた文庫本の背表紙を取り出す。ページを捲ろうとすると、勝手に挟まっている紙のあるページが開かれた。
中に挟まっていたのは、迷路が書かれた一枚の紙だ。迷路の中を差している矢印と迷路の外を差している矢印が書かれていて、道の中には、アルファベットが並んでいる。
俺はこの本を買うことにした。流石に、開店前から待っていて、何も買わずに出ていくなんてことは出来ない。
正直、二回のネットカフェと二回のビジネスホテル、あちこち乗りまくった電車賃で、出費は大変なことになっているけれど。
俺は苦々しく思いながらも、レジカウンターで財布を開いた。
□
平凡堂の近くのコンビニのイートインスペース、そこでコーヒーを飲み、サンドイッチをかじりながら、新たな暗号と睨めっこする。
迷路はさほど複雑ではなかったので、すぐに解くことが出来た。スタートからゴールまでのアルファベットを読んでみる。
nadiakuojihabosutasiakuouuytakitituonuram
……まったく意味の通らない文章で、俺は頭を抱える。
何かヒントは無いかと紙を隅々まで確認するが、特に迷路以外には書き込まれているものが無く、紙も普通ものだ。
その時、ふと、テーブルの上に置いていた本が目に入った。
緑の観葉植物の写真と一緒に、「さかさまさかさ」というタイトルが載っている。
……そう言えば、このタイトル、回文になっているな。
俺は、暗号を今度は逆から読んでみることにした。
marunoutitikatetyuuoukaisatusobahijoukaidan
「丸の内地下中央改札側非常階段」、か。
場所は東京駅。俺は間髪入れずに立ち上がる。
ここから一番早く東京駅に着けるのはバスだという事を調べて、コンビニを出てからすぐ近くのバス停へ向かう。
見つけたバス停には、すでに二人の男女が並んでいた。どうやら知り合いのようで、並んだ俺の方も見ずに話し込んでいる。
「……本当、すごかったね、国会図書館」
「うん。あそこに住みたいよね」
そんな会話が聞こえてくる。
どうやら、都外からの観光客らしい。正月旅行に、国会図書館と神保町とは、中々攻めたチョイスだ。
まだ、バスは来そうにない。あと十分くらいかかりそうだ。
次の東京駅の非常階段に、爆弾が仕掛けてあるのではという確信が、俺にはあった。赤い傘の男の宣言した一月一日、東京駅で爆発があれば、とんでもない被害が出るだろう。
「……で、塚田まどりのサイン会があるって」
そんなことを考えている俺に、隣の男の声が届いた。
丁度塚田まどりの本を買った直後だったので、思わず聞き耳を立ててしまう。
「面白いよね。私も何冊か持ってる」
「僕も。個人的にな一番は、『岬の灯台が消える時』かな」
「分かる。あれは、時空を超えても読まれる本だね」
二人は好きなものの話をしている筈なのに、声の温度は全く上がっていなくて、そのちぐはぐ具合が奇妙だった。
そんなことを思っていると、左側からバスが来た。
バスに乗ったのは俺一人だった。
俺が座席に座った直後、東京駅に向かうバスが、何の感慨もなくドアを閉めて、発車した。
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