1/1①


 かなり追い詰められていることを自覚した俺は、錦糸町に着いた後に、ネットカフェで一休みすることにした。

 そして、目を覚ますと……スマホのセットしていたアラームの時間も、最初に借りた時間も大幅に過ぎてしまっていた。


 慌ててオーバーした分の、目玉が飛び出るほどの料金を支払い、外へ出る。

 空はもう真っ暗になっていて、あと何分かで今日が、というよりも今年が、終わる時間になっていた。


 錦糸町の商店街を歩く。ここは飲み屋も多いためか、十一時過ぎでも大晦日でも、人通りは多かった。

 居酒屋の「南瓜みなみうり」は、もっと住宅街側にある店なので、道を一本入ってみる。


 細い路地を通り抜けて、さらに狭い裏路地に来た。

 ここではもう住宅街になっているようだが、お店もあるんだなと感心しながら歩いていると、商店街の方が急に騒がしくなった。


 足を止めて、建物の向こう側に耳を澄ませてみると、「おめでとうー!!」というような言葉が聞こえてくる。

 もしやと、右手の腕時計を確認すると、時間は十二時になっていた。いつの間にか、年が明けていたらしい。


 道端で年明けなんて初めてだなあと、妙な考えに浸っている時に、俺のすぐ隣の平屋の居酒屋の戸が、がらがらと開いた。


「Happy new year!!」


 そう言って飛び出してきたのは、銀髪の外国人の青年だった。

 両手を大きく広げてこちらに迫ってくる。


「えっ? えっえっ?」


 訳が分からない俺を、彼が思いっきり抱き締めてきた。もちろん、彼とは初対面である。

 彼の息が酒臭い。思いっきり英語で捲し立てられて、俺は未だに何も出来ずに固まっていた。


「シャンくん! 何やってるのよ!」


 そこへ、彼が出てきた居酒屋から、白いコートに長い黒髪、顔の半分を白いマスクで覆った女性が現れた。

 彼女が、嬉しそうに笑っている青年を羽交い絞めにする。身長は青年の方が大きいのに、完全に引き摺られていた。


「ごめんなさいね。彼、かなり飲んじゃって……」

「いえ、大丈夫です」


 青年を掴んだまま、頭を下げる女性に、俺はそう答える。

 そのままずるずると、居酒屋へ青年を運んでいく女性を見て、もしかすると彼女は、デパートの婦人服コーナーの店員じゃないかという事に、今更ながら気付いた。





   □






 電気の消えた居酒屋の「南瓜」の真ん前に鎮座するポスト、その後ろに、一枚の紙が貼られていた。

 今度の紙は、一文字も言葉が書かれていない。植物の写真に=が付いていて、黒い丸と白い丸がそれぞれ並んでいる。


 写真の植物は、知っているものもあったが、知らないものもあった。

スマホで写真を撮って、それを画像検索しながら、名前を調べていく。


  カランコエ    =●●●●

  イチョウ     =●●●◯◯

  ボケ       =●●●●

  マツ       =●●◯◯◯

  カラジウム    =●◯◯●●

  スノードロップ  =●●●◯◯◯◯◯◯

  ストレプトカーパス=●◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯


 イコールが指し示しているのは、数がまちまちの丸だ。特に数が多いのは、文章になっているのではないのだろうか。

 花と文章、きっとこれは花言葉を表しているのではないだろうか。


 試しに、カランコエの花言葉を調べてみる。

 「幸福を告げる」「あなたを守る」「おおらかな心」……四文字の言葉は現れない。


 それでも根気よく探してみる。そして初めて知ったのだが、日本語と英語とでは、花言葉が異なるらしい。

 そして、英語でのカランコエの花言葉は、「人気」「人望」……。


 今度は、イチョウの花言葉だ。

 これはすぐに見つかった。「荘厳」「鎮魂」「長寿」


「じんぼうと、ちょうじゅ」


 独り言を呟いていた。

 黒丸の部分を読むとすれば、「じんぼう」と「ちょう」、つまりは、


「神保町か」


 俺は何かに取り憑かれたかのように、花言葉を調べていった。


  ボケ       =「へいぼん」

  マツ       =「どう」じょう

  カラジウム    =「さ」わや「かさ」

  スノードロップ  =「まさか」のときのとも

  ストレプトカーパス=「さ」さやきにみみをかたむけて


 数ある花言葉の内から、丸の数に合う文字数を取り出して、黒丸だけを読んでいくと、このような文章が浮かんできた。


  じんぼうちょう へいぼんどう さかさまさかさ


 神保町にある古本屋「平凡堂」、その中にある「さかさまさかさ」というタイトルの本を見ろという事か。

 俺は、元日の冷えた空気を胸いっぱいに吸い込んで、空を見る。微かに星が瞬いていた。























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