12/31②
また、北千住の公園のように誰かに絡まれることを警戒して、俺は上野まで、遠回りして辿り着いた。
周りを気にしながら歩いていたので、怪しまれた警察官に二回ほど職質されてしまった。
ともかく、何者かに尾けられることなく、俺は東上野交差点を歩いていた。
横断歩道を渡った先に、掲示板がある。その掲示板の前には、一人の女性が立っていて、スマホで誰かと談笑していた。
俺は、遠目から彼女を睨む。まだ、信号は青にならない。
スタイルが良くて、背の高いその女性は、全くこの掲示板の前から動こうとしない。ジーンズのズボンを履いたすらりとした足を、ゆっくりと組み直していた。
別に、俺のことを尾行しなくてもいい、ああして、待ち伏せしておくことも出来るんだ。
そう思うと、道を挟んで向こう側にいる彼女が、怪しくてしょうがなく見えてきた。
歩行者信号が、青に変わる。
一番前にいた俺は、一緒に歩き始めた誰よりも速く進み、ただ真っ直ぐに掲示板へと向かった。
段々と近付いてくる俺に気付いた掲示板の前の女性が、こちらを向いた。
ばっちり目が合って、彼女は驚いたように仰け反る。
「あ、ごめん。幸子、もう一度言って?」
女性は電話口の相手にそう言いながら、掲示板の前から去っていった。
それを聞くと、もしかしたら彼女は本当に偶然、ここにいただけなのでは? と思い始めた。
俺は、去り行く彼女のコートの背中を見ながら、深々と溜息をついた。
またしても、あらぬ疑いを持って、周りが見えなくなってしまった。背広を着た背中が、じっとりと汗を掻いている。
俺は両手で頬をはたいて、気合を入れ直した。
ともかく、周りの事など気にせずに、暗号を探すことにする。
掲示板の中、その後ろにも、可笑しな紙が貼られてはいなかった。
しかし、「ベネディクト・ロイジール展」という文字と、草原の中で青空に向かって走る少年の後ろ姿を描いたポスターの下、掲示板とそれを支える足から、白い紙がはみ出しているのを見つけた。
破かないようにそっと取り出してみる。
GYDA94NUN4L=「RSJ5
紙には、その言葉だけが印刷されていた。
ヒントらしいものは何もなく、俺は眉を顰める。
一見すると、何の法則性の無い文字列だ。しかし、絶対に解く糸口があるはず……。
アルファベットと数字、そして記号。これらがひらがなやカタカナと対応していて、答えになるのではないのか。
特に気にかかるのは、=と「の記号だ。数式や小説など以外でこれらの記号を見る場所は――。
「……あ、キーボード」
咄嗟に閃いた。
キーボードの一つ一つには、アルファベット、数字、記号と一緒に、平仮名が書かれている。
スマホで検索して、キーボードの配列を確認する。
そして、暗号をキーボードの配列と当てはめていく。
きんしちょうみなみうりぽすとまえ
「みなみうり」というのは、錦糸町にある居酒屋「
マップで、その前にポストがあることも確認済みだ。
これで、次に目指すべき場所は分かった。
顔を上げると、今日は忙しなく歩いている人々の姿が目に入る。誰もこちらを見ようとはせずに、足早に過ぎ去っていく。
この中の、一体何人が赤い傘の協力者なんだろうか。
そんなことを考えてしまっている自分に気付き、その妄念を振り払おうと大きく頭を振る。
しかし、俺はこれほど疑心暗鬼になるくらいに、追い詰められているようだ。
これも、赤い傘の男の掌の上なのかもしれない……。
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