12/31①


 泊まっていた池袋のビジネスホテルをチェックアウトして、まだラッシュの始まっていない電車に乗り、北千住の公園へ向かう。

 木の根元を掘り返すことになるので、出来るだけ誰にも見られないようにしたかった。


 しかし、到着した北千住台に公園は、意外にも数名の人の姿があった。

 長い黒髪をポニーテールにした若い女性が、公園内をジョギングしている。ベンチの上で、黒いスーツの男が顔に新聞紙を載せたまま寝ている。公共トイレの前で、五名の青年がビール缶を片手にだべっている。


 彼らが去ってしまうまで待つわけにもいかないので、俺は公園内に足を踏み入れた。

 流石に、木の根元を掘っただけで通報とかされないよな……と、不安になりながらもクヌギの木を探す。


 事前に調べた、クヌギは葉を全て落とさずに枯葉を枝に残しているという情報を元に、木々を一本一本確認していく。

 公園内にクヌギは何本か植えてあったが、根元に不自然な土の盛り上がりがある木は、一本しか見つからなかった。


 そこは、俺が入ってきた方とはまた別の出入り口の近くにあった。

 スーツの男が寝ているベンチと、公衆便所からは遠く離れていて、ジョギングしている女性も、俺に背を向けている状況だ。掘り返すなら今がチャンスと、屈んでさっさと土をどかせる。


 埋まっていたのは、透明のジップロックだった。中に、白い紙が見える。

 それを持ち上げて、表面の土を払うと、そこに大きさの異なる文字が見えた。


                占

   日    予               反

     一     父  工   匂  小


 ……意味の無さそうな、文字の並び。しかし、どこかで見たことがある気がする。

 身動ぎをせずに、それを眺めている時だった。


「おい」


 後ろから、どすの利いた声で話しかけられた。

 特に警戒せずに、しゃがんだまま振り返ると、さっきまで公衆便所前にいた青年たちが、目の前に立っていて、俺は酷く驚いた。


「あんた、金持ってる?」


 にやにやと、最初に話し掛けてきたアシンメトリーの青髪の男が、そう尋ねてきた。

 雑過ぎるカツアゲに、俺は眉を顰めて立ち上がる。


「誰に言われたんだ?」

「はあ?」

「金が欲しいなら、寝てるサラリーマンから取ればいいだろ。わざわざここまで来て、本当にカツアゲしたいのか? 俺を狙う理由は?」


 凄んで言い返したつもりだが、青年たちはにやにやしたまま、意味深な視線を交差させるだけだ。

 すると今度は、青髪の隣にいた、襟足の長い金髪の男が、俺の持っているジップロックを指差した。


「金はいいからさ、それ何? ちょっと見せてよ」

「やはりこれが目当てか」


 俺はさっと、紙を背後に隠す。こいつらは、赤い傘の男の差し金だ。

 「いいじゃねえか」と言いながら、青年たちはじりじりと迫ってくる。


 俺は後ずさりながら、逃げ出すタイミングを窺っていた。はっきり言って、喧嘩では勝ち目などない。

 ただ、この距離だと、俺が踵を返して走り出すよりも、彼らが飛び掛かる方が速いだろう。


 万事休す、そう思ったその時、


「何やっているのですか」


 静かに、しかし凛と響く声が、青年たちの背後から聞こえた。


 彼らが目を丸くしたまま振り返った時に、俺にも、声の主が見えた。

 今までジョギングをしていた女性だった。右手でスマホを持ったまま、訝しげにこちらを見ている。


 口出ししてきたのが女性だと分かって、青年たちは安心を通り越して、舐めたような顔つきになってきた。

 坊主頭の男が、へらへらしながら、彼女に近付いていった。


「何でもないよ、お姉さん」

「そのように見えません。後ろの方は怯えているようですし、警察に連絡させていただきます」


 恐ろしいくらいに事務的に、そう断言した彼女は、スマホを操作し始める。

 目の色を変えたのは、男の方だった。


「勝手なことすんな!!」


 彼女は、激昂して殴りかかってきた男の右手首を握ると、一切躊躇なく捻じった。


「いってててててて!!!」

「あ、すみません、警察ですか? 今、カツアゲされている所を見かけまして……」


 騒ぐ坊主の男を無視して、彼女は電話口にそう話す。

 さすがに青年たちも、警察はまずいと思ったようで、急に慌てだした。


「おい、逃げんぞ」


 青髪の男の一言がきっかけで、彼らは公園の出口へ向かう。

 坊主の男も、女性から手を離してもらえたようで、痛そうに肘をさすりながら後に続いた。


「あ、もう大丈夫です。ありがとうございました」


 青年たちが公園の外へ出てから、彼女は電話を切った。脅しではなかったらしい。

 俺は、彼女に歩み寄り、頭を下げた。


「おかげで助かりました。ありがとうございます」

「いえ。怪我はありませんか?」

「はい」


 先程までの冷静さはどこへやら、俺の言葉を聞いた女性は、心から嬉しそうに「良かったー」と、柔和な笑顔を見せた。

 俺はその笑顔を、どこかで見かけたことがあるような気がした。具体的に言うと、テレビとか、雑誌とかで……。


「あの……もしかして、あなたは、」

「あ! 私は、仕事があるので、これで!」


 俺が、テレビとかに出たことありますかと尋ねようとすると、女性は慌てた様子で回れ右をして、立ち去っていこうとした。


「帰り、気を付けてくださいねー」

「ありがとうございますー」


 もう一度振り返り、そう声を張り上げる彼女の笑顔を見て、俺はやはり、見覚えがあるなあと、もやもやした気持ちのままでいた。






   □






 公園を出て、客の入っていないコンビニの中、男子トイレに入る。ここなら、何の邪魔も来ないだろう。

 改めて、見つけた暗号と向き合う。


 ……これは、多分漢字の部首だ。

 大きさが異なり、バランスが悪く見えるのは、文字の一部を切り抜いているからだろう。


 となると、三番目の、縦長な「予」は、「野」の一部か。

 東京の、「野」が付く地名……「中野」、「上野」……どちらも「一」が入るが、一が下にあるのを見ると、これは「上野」か? 「上野」の前にもう一文字入るようだが……。


 一先ず、他の文字から紐解いていこう。

 「父」と小さな「工」と上の方の「占」が並んだこの文字は、「交差点」に間違いない。「父」が部首になる漢字は「交」ぐらいしか思いつかない。


 「上野」と「交差点」で検索すると、「東上野交差点」がヒットした。

 暗号の「上野」の前の「日」の字は、「東」の一部だったようだ。


 とすれば、残りの三文字は何だろうか……。

 目を細めて、それらをじっと眺めている。「匂」と「小」と「反」の組み合わせ……。


 ――掲示板、だ。


 雷に撃たれたかのように、突然その言葉が頭に浮かんだ。

 次の目的地は、「東上野交差点」にある、「掲示板」に決まった。





















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