心が痛む、しかし読まずにはいられない。

四つのお話がまとめられた短編連作ですが、いずれもハイクオリティです。
一つのお話を読み終える度に「はぁ〜やられたなぁ〜」と良い意味で溜息が漏れてしまうほどでした。


テレビのニュースでは、連日どこかの町で殺人事件が発生したと報じられていますが、それを見て大抵の人は「また嫌な事件が起きたな。被害者や遺族は気の毒だな」ぐらいにしか思わないでしょう。あるいは、自分には関係のないこととして、ニュース自体を聞き流しているかもしれません。
本作は、四つのお話すべてが「どこにでもある町で起きた殺人事件」を描いています。
全話共通して森村という幽鬼のような刑事が登場しますが、解決役は彼ではありません。
彼は事件関係者に、核心に迫る問いかけをしながらも、あくまで傍観者なのです。
事件を推理し、被害者(あるいは犯人)に思いを巡らすのは事件の関係者、とりわけ遺族や後輩といった近しい人々でした。
真相に迫ろうとする彼らの思い、迷い、焦燥感……読んでいると心が痛みます。
なのに先を読まずにはいられない。
当事者の心情が卓越した文章で綴られているので、読んでいる自分もまた彼らと共に事件の真相を追っているような気分になりました。
そして気付けば、本作の事件は「どこかの町で起きたもの」ではなく「身近に起きたもの」と錯覚しているのです。
遠いものを身近なものへ。ここまで読者を引き寄せてくれる作品にはなかなか出会えません。


圧巻なのは、先を読ませない構成と伏線の使い方。
真相に到達したと思ったら、あれよという間にひっくり返されてしまう。
良い意味での裏切りは、ミステリ好きとして心地よいものでした。
そして騙されたと気付いてから、伏線の使い方に感心させられてしまう。
構成と伏線の使い方は、かなり勉強になりました。


個人的には、短編集として書店に置いてても遜色ない出来だと思います。
ハイレベルかつハイクオリティなミステリーをお求めの方、ぜひ本作をどうぞ。