森村蒼の傍観
mikio@暗黒青春ミステリー書く人
死者の祈り、あるいは呪い
死者の祈り、あるいは呪い(1)
薄暗い収骨室を、湿度の高い沈黙が包み込んでいる。
骨受け皿の上の遺骨はほとんど原型を留めていなかった。頭骨も肋骨も脊椎も大腿骨も、全身すみずみまでが大小無数の骨片と化していて、何となくでしか部位を特定できない。あの猫の額ほどもある塊などは、一体どこの骨なのだろうか。
炉が良くないのかも知れない。ぼくは詮無きことを考えてかぶりを振った。色とりどりの花が咲き誇る棺の中で、フォトアルバムを幾冊も抱いて、眠るように横たわっていた姉は、もういないのだ。
骨上げの儀式が始まると、まずはぼくと
「
ぼくの言葉にうなずく義兄だが、箸を持つ手は小刻みに震えていて物の役に立たなかった。ぼくはだから、骨のかけらをほとんど一人で壺の中に入れなければならなかった。
辺りは参列者でごった返していた。収骨室の中に入れず、廊下で自分の番が回ってくるのを待っている人もいるようだった。先だっての県議選でトップ当選を果たした義父の威光によるところが大きいのだろう。もっとも参列者の中で、姉と面識があった者は
そこかしこから女たちのすすり泣きが聞こえてくる。耐え難く耳障りなすすり泣きだった。
参列者の半分ほどが骨上げを済ませたところで骨壺がいっぱいになった。まだ骨受け皿の上には大きめの骨片がいくつも残っている。あんなにも痩せていた姉なのに、案外骨格はしっかりしていたのかも知れない。ぼくがまたくだらないことを考えていると、おぼつかない足取りで骨壺の側へと向かう義兄の姿が視界に入った。
「ではご主人、お願いします」
義兄は壊れたロボットのような動作で斎場の職員にこくこくとうなずくと、骨壺の上に両手を重ねて、膝を曲げ伸ばしした。
「
義兄がぼくの名前を呼んだ。ほとんど悲鳴のような声だった。頼りがいのある大きな背中も、今日ばかりは縮んで見える。
「力が入らないんだ」
そう言われてようやく義兄が珍妙な動作を繰り返している理由を把握した。
「道隆さん、かわいそう」
「
「そりゃあお辛いでしょうねえ」
女たちのすすり泣きに混じって、やはり耐えがたく耳障りなひそひそ声が耳元に届いた。
「――代わります」
ぼくはことさら大きい声で言って、先ほど義兄に指示を与えた職員に視線を向けた。
「どうぞ」
火葬場の雇われ人は、そう言ってからわざとらしく腕時計を気にする素振りを見せた。彼にとっては葬儀が遅滞なく進むことだけが関心事であるようだった。
ぼくは義兄に代わって、骨壺の上に手を重ねた。姉の骨は、直接手で触るとひんやりしているように感じられた。それでいて炉の熱を吸い込んだように、中のほうからじんわりと暖かさが伝わってくるような気もする。
脳裏で姉の控えめな笑みが咲いた。ぼくは目を閉じて幻想を忘れると、腕に力を込めた。
ぼきりぼきりと嫌な音を発しながら圧縮されていく骨、骨、骨――。
実のところ、それから後のことはあまりよく覚えていない。骨上げの儀式が終わるまで、ずっとぼくの意識は姉の骨を砕いたときの名状しがたい感触に支配されていた。ただ、細々した骨片や灰までもが壺の中に納められた後で、もう一度義兄とぼくで小さな骨を拾い上げたことだけはぼんやりと記憶の中にある。それが喉仏の骨だと言ったのは、誰だったか。
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