野良犬の喰うところ(15)

 文章を書くことは好きだった。特に、他人がどうでも良いと思うようなことを、おもしろおかしく書き立てるのが好きだった。例え生活が苦しくても、文章で食っているというこのささやかな自負さえあれば、俺はどこへでも行けるような気がしていた。


 けれど、妹の訃報を知って戻って来た五十海で、俺のその自負に何の価値もないのだと思い知らされた。


 ――いい加減、戻って来なさいな。そんなこと続けていたって何にもならんでしょうに。


 ――国民年金じゃたかが知れてるぞ? 今は良くても、十年先、二十年先、どうするんだ?


 ――たったひとりのお兄さんがライターだかなんだか知らないが、フリーターと言うんじゃおちおち成仏もできないだろうしねぇ。


 しかし、飼い犬に飼い犬の矜持があるように。ケモノになれない野良犬にも、野良犬なりの矜持はある。


 俺は、ポケットから携帯電話を取りだして、狸塚社長の電話番号をコールする。


 ロハで書く原稿とは別に、もう一つ二つ、受けられる仕事がないものか相談するために。


 東都に戻るには、あと少し軍資金が必要だった――。

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森村蒼の傍観 mikio@暗黒青春ミステリー書く人 @mikio

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