ポストヒューマン
自分の手足が、自分の意志で動かすことが出来ない。
自分の身体じゃなくなってしまった。
病院のベッドで、ただ死を待つだけの日々。
自分が世界で、一番惨めな存在になった気がした。
生きる目標を見失い、周囲の人間に八つ当たりするようになった。
これまで当たり前にこなしてきたことが、他人の介助がなければ出来ないということは、屈辱的であった。
絶望していた私のもとに、国防省の人間と大学の研究者が訪ねてきた。
彼らは車いすに座った人間が「思考の力」だけで自在に動き回るムービーを見せ、「あるプロジェクト」に参加するよう勧めてきた。
頭に電極を埋め込むことで、映像に移っている被験者と同じ様になれるのであれば、今まで迷惑をかけてきた分、周りに恩返しが出来る。
家族や友人の反対を押し切り、私はプロジェクトに参加する意を表明した。
私がまず手に入れた新しい腕は、機械製のロボットアームだった。
脳の表面で感知した脳波を、体外の義手や義肢へ送ることで、器用に動かすことが可能だった。
私は事故に会う前には及ばなくとも、人並みの生活を送ることが出来るようになった。
不格好ではあったものの、他人に介助してもらうような哀れで非力な存在ではなくなった。
国防省の男は、更に多くの装置を動かすよう、アップグレードすることを推奨してきた。
しかし家族や友人は、これでもう満足しただろうと諭した。
冗談じゃない。より強くなれる可能性があるのなら、私は手術を受ける権利があると主張した。
私は惨めなままでいたくない。
皆は私が普通より劣ったままの状態で一生世話していたいのか。
それは人権侵害だ……と怒鳴ったのを覚えている。
そのとき言葉には出さなかったが、今まで迷惑をかけてきた借りを返したい。
そのためには皆より大きな力を持たなければならない。
口論の末、暫く彼らとは口を聞かなくなった。
私は国防省の人間の言葉だけに耳を貸すようになった。
彼だけが私の気持ちを察してくれていると感じていた。
私はプロジェクトを続行した。
「思考の力」だけであらゆる機器を制御するリハビリを行った。
かつて自分の手足すら動かすことの出来なかった自分が、千手観音のように無数のアームを動かせるようになっていく様は実に快感だった。
自分という存在がどんどん拡張していく感覚に夢中になった。
軍関係者らや研究者らと共に、自身をアップグレードしていく日々が続いた。
私はベッドの上で、無人の自動車や航空機を操縦出来るようになった。
自分の目の代わりに、街中の監視カメラを通して多くのものを見ることが出来るようになった。
可視光だけでなく、義眼を通してあらゆるエネルギーの流れを見ることが出来るようになった。
サイバー空間にとんで、SNS情報から万人の思考や傾向をリアルタイムで把握することが出来るようになった。
私は『身体』というちっぽけなものから解き放たれた。
あらゆる分野で、私は誰にも引けを取らず、最も社会に貢献出来る。
気付いたら私は、その手の分野の識者たちから、“最強のトランスヒューマン”と呼ばれるようになった。
今、私は思考の力のみで、空を行きかう何百機という特殊なドローンを我が身のように操り、街の治安維持に貢献している。
誰よりも強大な力を手に入れた今、全ての健常者が私にとって介助すべき非力な存在に見えた。
しかし本来貢献したいと思っていた人々へ恩を返すことはついに出来なかった。
普遍的な存在となった私は、かつてのように人と接し、お互いを認識することが出来なくなっていた。
自分を支えてくれた人間、傷付けた人間が弱って死んでいく中。
私だけが生き残った。
限りなく神に近い存在まで拡張して始めて、一番守らなければならない部分を自ら破壊してしまったことに気付いた。
自分が世界で、一番惨めな存在になった気がした。
みらい区の人たち 羊毛文学 @utakata1991
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。みらい区の人たちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます