第十九話~生贄の少女と悪魔1~

「どうしよう、ティーナが、ティーナがっ」


 ミーナは、ただ一人の家族であるティーナがいなくなったことに、凄く狼狽えていた。

 家の中をふらふらと歩いて、探しまわり、いないと分かっては涙を流していた。

 大切な者がいなくなる痛みを、俺はよくしっている。目の前のミーナを放っておいてはいけないと思った。

 俺は、気持ち悪くなるのを分かっていながらミーナの肩を強く掴む。手の平が少しかゆいと感じた。

 それでも、慌てふためくミーナの肩を掴んで、真っすぐ見つめた。

 元気付けようと声を出そうとしたとき、不思議と力が湧いて来た。


「落ち着けミーナ。狼狽えているだけだと、ティーナを見つけられることが出来ない。だから落ち着け」


「…………うん、落ち着く」


 俺が肩を掴んで言葉を伝えたからか、ミーナが少しだけ落ち着きを取り戻した。

 一息ついた後、ミーナは自分の頬をたたき、気合を入れた。

 少し顔を赤く染めながら、俺に視線を向ける。


「ごめんね奏太。色々と迷惑かけちゃって」


「いや、これぐらいなら大丈夫だよ。それよりも、ティーナがどこに行ったかを考えよう」


「それもそうね。家の中はさんざん探し回ってもいなかったわ。だとしたら、やっぱり外に行ったとしか考えられないけど……」


「外を、見たのか?」


「うん」


 ミーナも外にいる顔のない化け物を見てしまったようだ。

 あれはこの世ならざる者だ。出会ったら確実に殺される。

 もし、本当にティーナが外に出て行ってしまったのならば、最悪の場合死んでいる可能性だって考えられる。

 それにミーナも気が付いたのだろう。だからこそ、さっきまでずっと慌てていたんだ。

 そこまで考えた時、何か違和感を感じた。

 ティーナは外に悪魔がいることを知っている。


 俺やミーナとは違い、この村で住んでいるティーナは今の状況がどうなっているのかしっかりと把握しているだろう。

 そんな彼女が自分を犠牲にしてまで外に出る理由とは何なのだろうか。

 出たら死ぬと分かっていて、何を理由にしたら外に出るという選択を取らなければならないのだろうか。

 いつもと違うことといえば、俺やミーナがこの家を訪れていることぐらいだ。

 それと言って凄い変化はないだろう。


 俺は窓際に近づいて、外の様子をうかがった。もし、本当にティーナが外に出ているのならば、外の化け物が少しぐらい騒いでいてもいいのではないかと思ったからだ。

 でも、そんな様子は見えなかった。

 化け物どもは、不規則に村の中を歩いて、不規則に首を振り、不規則に叫んでいた。

 そこであるものが俺の目に映る。


 満月だ。空に輝く丸い月。ティーナは満月の夜に生贄を捧げることになっていると言っていた。

 そして満月の夜は三日後だとも言っていた。

 それが嘘だったのだと、この時初めて分かった。


 ティーナがいなくなった理由なんて一つしかない。

 彼女が生贄だったのだ。そして今日は満月の夜。ティーナは一人、悪魔の元に向かったと考えれば、いなくなった理由の説明が付く。


 この事実をミーナに伝えるべきか迷った。本当のことを言ったら飛び出しかねない。助けたいという気持ちは俺にもある。そして、彼女を助けるのは、使徒としての俺の役目だろう。ミーナを危険な目にあわせる必要はない。


「ねぇ、奏太。アレ」


 ミーナも気が付いて、そして察してしまった。ミーナの顔が青くなり、小さくなって震えた。


「助けないと、助けに行かないと」


 ミーナはそのまま扉に手をかけて、家を飛び出そうとした。

 俺は気持ち悪くなるのと吐き気を抑えながら、ミーナの体に触れて、飛び出そうとするミーナを止めた。


「離してっ、ティーナが、ティーナがこのままじゃ死んじゃうの」


「馬鹿野郎、何も考えずに外に出るとそのまま殺されるぞ」


「でも、でもっ」


「でもじゃない、行くなと言っているんじゃない、何も考えずに出て無駄死にするなって言ってるんだ」


「うぅ、ゴメン、奏太。私が冷静じゃなかった」


「わかってくれればいい。とりあえず、あいつらをどうにかする方法と、ティーナがどこに行ったかを考えよう」


 いったんリビングに移動する。部屋の中の明かりが外に漏れないように工夫した。

 ろうそくに火をつけて、小さな明かりを作る。

 俺はその明かりの近くに紙を置いた。

 まずは現状把握とティーナがどこに向かったのかを考えることにする。


「まず、この辺りは見た感じ大体こんな感じだ」


「え、ここに来たことあるの? 結構正確に地図を書いているけど」


「いや、ここに来た時に見たから大体わかるぞ」


「見ただけでわかるって……」


「俺の数少ない特技の一つだ。そこまで気にするな。それで、悪魔がいる場所なのだが」


「それならおおよその検討が付くわ。この辺り、永遠の森よ。あいつは魔物が発生した後すぐに現れたってティーナが言っていたわよね。だったら、悪魔が魔物を呼び出しているんだわ」


「なるほど、その森の入り口はどのあたりだ」


「ここよ」


 ミーナが俺の描いた地図に書き足して、バツ印をつけた。

 俺はこの辺りの地図と窓から見えた得体のしれないもの達の位置をイメージして、永遠の森までの経路を考えた。


「多分このルートなら、敵にバレずに入り口まで行けるはずだ」


「武器の準備は大丈夫? 私は大丈夫だけど」


「一応武器はある。あとこれもな」


 俺は懐からカルディナ村に行く前に買った聖水を取り出した。

 これがゲームで言うイベント的な展開であるならば、この聖水が何か役に立つはずだ。

 なくさないように聖水を再び懐にしまい、俺は立ち上がる。


「よし、助けに行くぞっ」


「ええ、絶対に、絶対に助けるわ」


 俺たちは外の様子を見ながら外に出た。

 顔のない化け物がどうやって俺たちを感知しているのか分からない。

 もしかしたら外に出た瞬間、襲われるかもしれない。

 そういう悪い展開も頭によぎったが、そんなことはなかった。


 俺たちは、最初に考えていた通りのルートを進み、永遠の森を目指す。

 だが、最初に立てた予測がうまくいくわけがない。

 大丈夫だと思って物陰から出た瞬間、顔のない化け物と出くわしてしまったのだ。


「やべ」


「と、とりあえず逃げよう、奏太」


 俺もすぐに逃げようと思ったが、あまりの恐怖に足が竦んでしまった。

 顔のない化け物は、俺に顔のない顔を近づける。そして、顔がないはずなのに、ニタリと笑ったような気がした。


「ぎゃはははははははははははははっはは」


 顔のない化け物は唐突に笑い出すと、煙のように消えていった。


 そして、地面がかすかに光、道を作る。

 もしかして、呼ばれているのだろうか。

 やっぱりこれは、あの得体のしれない何かの策略……。


「なんかよく分からないけど、化け物が消えたわ。早く先に行きましょう、奏太」


「……ああ、そうだな。早く助けに行こう」


 深く考えてもしかたがない。俺はいきなりできた道しるべをたどり、ティーナの元を目指した。

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