第十二話~商業区の小さな異変2~

ーーールーディア王国 商業区


「ゴメン、よく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってもらっていいかな?」


「奏太様がお求めになられるのであればいくらでも語りましょう。信託にあった不浄なるものについての有益な情報ですから、よく聞いてくださいね。私の好きな果物はオレンジですっ!」


 俺の聞き間違いではなかった。

 シリア姫は、自分の好きな果物を言うだけで、肝心の情報を話してくれなかった。本当は有益な情報なんて持っていないか、それともふざけているのか。真面目そうな顔をしているから前者だろう。


 ……もしかして、その好きな食べ物と不浄なるものが関係しているのだろうか。

 いや、さすがに考えすぎか。

 俺は、頭をぽりぽりとかいたあと、さりげなく近づいてきたシリア姫から距離を取る。

 ポケットに手を突っ込んで、触られた時に咄嗟に対応できるよう薬を握りしめながら、シリア姫に確認する。


「その、シリア姫の好きな果物と不浄なるものに何か関係があるの?」


「全く持ってないですわっ!」


「無いのかよっ!」


「いえ、全くってわけではないのですが……」


「どっちなんだよっ!」


 はっきりしないシリア姫に、つい突っ込んでしまう。シリア姫は、可愛らしく小さな笑みを浮かべていた。

 きっと、心の中では「夫婦漫才をしているみたい」とか考えていそうだ。


「さて、オレンジのことなんですが、実際に見てもらったほうが早いですわね。奏太様、デートしましょう」


「……はぃ?」


 突然シリア姫からデートのお誘いが。俺は女性が苦手だと何度も言っているはずなんだけど、どうしてそういう話になるのかな。全く意味わからない。

 もしかして、シリア姫は俺の話を全く聞いてくれないのか。

 そういうキャラクターはゲームでもよく見かけた。主に、ヤンデレ系のキャラクターや勝手に自爆する思い込みの激しいキャラクターがそうだった。

 ゲームのキャラクターだったからこそ、かわいげがあったが、三次元女子となると話は別だ。あんなことやられた日には、頭痛と吐き気と蕁麻疹と痙攣で大変なことになってしまう。

 ああいうキャラは画面の中だからこそ最高なんだよ。


 さて、現実逃避はこのぐらいにして、どうやってお断りしようか。


「奏太様、どうしました?」


「えっと……うーん」


 どうやって断ったらいいのか分からない。

 ゲームの中であれば、はいの一択だった。デートに誘われて断るだなんてありえない。

 リアルの場合は、そもそもデートをしたことがない。

 彼女いない歴イコール年齢の俺……いや、二次元嫁がたくさんいるから、彼女いない歴イコール年齢にはならないか。

 いやまあ、ともかく、女性と付き合ったことがない俺が、デートをしたことなんてないし、それを断った経験なんて一度もない。

 せいぜい、断っても断っても、ゾンビのように何度もわいてくる女性たちの愛のない告白を、バッタバッタと断り続けてきたぐらいだ。


 そんな俺に、どうやって、話聞かない系ヤンデレおてんばヒロイン・リアルバージョンの相手をしろってんだよ。

 女性嫌いの俺には高難易度すぎる。


 そんな俺の心境を知ってか知らずか、クスクスと笑いながらシリア姫は微妙に触れない距離まで近づいてきた。


「大丈夫です、触れたりなんてしませんから。あっちにおいしいオレンジのお店があるんですわ。早くいきましょう」


「うわっと!!」


 さりげなく手をつなごうとしてきたので、とっさに避けた。触らないという言葉は何だったのだろうか。

 隙あらば狙ってくる、ある意味でこの子が不浄なるものなんじゃないだろうか、と時々疑いたくなった。

 ヤバい、気持ち悪くなってきた。今すぐに吐き出したい。


 シリア姫は、俺についてくる気満々だし、断れそうにない。再び距離をとった後、シリア姫と一緒に商業区を歩くことにした。

 俺は聞き込み調査しかしていない。そもそも、俺はこの世界の人間ではないんだ。

 明らかにおかしいところなら気が付けるかもしれないが、街中の小さな異変となれば、俺が気が付くのは無理だろう。


 シリア姫に「適当に歩くので、何か気が付いたら教えてください」と言ったら、「あっちにいきましょう」と言われてしまった。

 シリア姫が先導してくれるので、俺はその後ろを一定の距離を保ちながらついていく。

 正直、俺の後ろにシリア姫がいるのは怖いと感じていたので、先を歩いてくれてとても助かる。

 後ろにいたら、いつ襲ってくるか分からないからな。


 そんな俺の心境を知る由もないシリア姫は、無邪気に笑いながら、一つのお店を指さした。

 それは、いろんな果物が売っているお店だった。

 色鮮やかでたくさんの種類の果物が置いてあり、どれもおいしそうだ。

 住民区に住まう人たちも活用するお店なだけあって、値段もお手頃価格だった。


「奏太様、見てください。これです、これっ!」


 シリア姫が俺にオレンジを見せてきた。そのオレンジは、他の果物に比べて質が悪く、あまりおいしそうには見えない。

 ぶちゃけ、とてもまずそうだ。


 これがこの世界のオレンジだというならば、こんなオレンジが好きなシリア姫の味覚を疑うところだ。


「最近のオレンジがすごくまずくなっているんですよ。前はこんなひどい色じゃなかったのに」


 悲しそうにオレンジを見つめるシリア姫。

 なんだろう、全く関係ないと思っていたのに、本当に何か関係がありそうだ。


 ちらりと値段を確認すると、かなり法外な値段になっている。日本円で例えるならば一個で一万円を超えているようなものだ。

 オレンジが不浄なるものと関連があるというのも、あながち間違いではないらしい。


「すいません、ちょっと聞いていいですか」


「ん、どうしたんだね」


 俺が店の人に声をかけると、店主がめんどくさそうに答えた。

 今の俺をクレームをつけようとしている客とでも思っているのだろう。


「このオレンジについて聞きたいんですけど」


「ああ、それね。お宅もか。どうせ質が悪いのに値段がどうのこうの言うつもりだろうが、どこ行っても同じだよ」


「まあ、言いたいことはあっていますが、この原因についてちょっとだけ気になりまして」


「知らんよ。いつも仕入れしている村が、突然音信不通になったんだ。今どうなっているのか分からん。この辺だとオレンジはいつも仕入れしている村しか作れないんだよ。この辺じゃないものだから、値が上がるのはしかたないことさね」


「変なこと訊いてすいません」


「どうせなら何か買っていきな」


「じゃあ、このリンゴをください」


「はいはい、まいどありー」


 俺はリンゴを一つ手にもって、店を後にした。


「どうでしたか? 私はお役に立ちましたか。たったなら結婚しましょう。そして子作りしましょうか」


「いや、しないからねっ!」


 シリア姫に本気で襲われそうな気がしたので、そこそこの距離をとりながらあたりを散策する。

 俺としては、先ほど店の人が言っていた、オレンジを仕入れている村のことがどうしても気になる。

 シリア姫がたまたま好きだったからこそ気が付けた異変だ。

 今のところ、これ以外に情報はないし、オレンジを仕入れている村について調査するしかないか。


「見つけましたよ、シリア姫っ!」


「げぇ」


 シリア姫はとても驚いた様子だった。

 やってきた騎士のような人は、逃がしはしないと言わんばかりに、シリア姫の腕をつかむ。シリア姫は必死の抵抗をしたが、残念なことに逃げられない。


「さぁ、国王様も心配しています。帰りますよ」


「嫌です。まだ奏太様と子作りをーー」


「帰らないと……お仕置きですよ」


「ひぇ、それだけは……」


「じゃあ帰りますよ」


「奏太様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 シリア姫は悲痛の叫びをあげながら、連れていかれていった。

 あの子、本当にお城を抜け出してきたんだなーと改めて実感した。

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