第十三話~商業区の小さな異変3~

ーーールーディア王国 商業区


 シリア姫が連れていかれ、取り残された俺は、これからどうしようかと頭を悩ませていた。

 不浄なるものについて知るきっかけを教えてくれたシリア姫はいなくなってしまった。

 オレンジが名産の村がどこにあるのか分からない以上、誰かに聞くしかない。

 聞くしかないのだが、聞いたところで分からないというのが現状だ。

 俺はこの世界に来て、まだ一日しかたっていない。

 そんな俺が村の名前だけ訊いてもわかるわけがない。地図があればいいんだけど、二コラ大司教からもらった地図は、この町の周辺だけ。

 ふむ、困ったな。


 俺はそのまま、元いた噴水の近くに戻り、ベンチに座った。

 ふと空を見上げると、とっても青く、すごく平和だと感じさせる。

 でも、あの得体のしれない何かが何かを企てている以上、この世界は見た目ほど平和じゃないだろう。

 唯奈、俺はいったいどうすればいいのかな。

 心の中で唯奈に訊いてみたが、誰も答えてくれなかった。

 そりゃ当たり前だ。唯奈はここにはいない。あいつは、得体のしれない何かに捕らわれているんだからな。


「ねぇ、ちょっといいかな?」


「うわああああぁぁぁぁあ」


 ベンチに座っていると、いきなり見ず知らずの女の人が近づいてきた。

 俺は驚いて、飛びのいてしまう。

 だらしなく転げまわり、服に土埃が付いた。


「ああああ、あなたはいったい誰ですかっ!」


 女性が近くにいると感じるだけで、気持ち悪さを感じた俺は、挙動不審になりながらもなんとか声に出した。

 あまりにもだらしなさ過ぎて、自分が嫌になる。


「え、ちょ、なんかゴメン。そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど、大丈夫?」


 そう言って、女性は俺に手を差し伸べた。

 俺は、はいずりながらも距離をとって、一人で立ち上がる。

 手を差し伸べた女性は、なんだか寂しそうな表情を浮かべた。

 そりゃ、手を差し伸べた相手に拒絶されて、距離をとられた上に、一人で立たれたら、そうなるわな。

 俺だって同じことされたら同じ表情になると思う。


「えっと、あなたは?」


 とりあえず、誰なのか訊いてみた。どうも俺に用があるみたいなんだけど、女性ってだけでなんだか不審人物のような気がしてならない。

 これも、女性関連のトラブルに巻き込まれ続けた人生を歩んできた弊害か。


「僕はミーナっていうんだ。一応冒険者なんてものをやっている」


 冒険者という言葉を聞くと、なんだかラノベやゲームっぽい雰囲気が増してくる。

 なろう系小説でも定番の冒険者。冒険者ギルドなんかに所属して、張り出された依頼をこなす何でも屋みたいな人達。

 物語の中では大体そんな感じのところだけど、この世界も同じなのだろうか。


 いや、よく考えたらそれもあり得ないような気がした。

 地球でもクリストファー・コロンブスのような有名な探検家は存在した。

 だけど、探検家組合なんて聞いたことがない。

 俺が知らないだけかもしれないが、もしそんな組合が存在して、探検や冒険により利益が出せるのであれば、地球でも同じ職業があってもいいはずだと思う。

 地球でそういった職業がない、ということはそういうことだ。


 ライトノベルとかに出てくる冒険者は、魔物退治や護衛、薬草採取なんてやっていて冒険なんてしていない。しょせん冒険者なんて日雇いのアルバイトか何か程度なんだろう。低賃金で仕事してくれたらそこそこの利益が出るはずだ。

 じゃあ、冒険者とはいったい何だろう。

 俺の思考がどんどんカオスな方向に進んでいく。

 そして、つい、口を滑らせてしまった。


「冒険者って何ですか?」


 もし、冒険者という職業が有名な世界だったならば、俺はとても恥ずかしい質問をしていることになる。

 だけど、仕方ない。だって俺、異世界に召喚されたばっかりだもの。


「はは、あんまり有名じゃないから知らないよね」


「その、なんていうか、すいません」


 有名じゃなくて助かった。


「謝ることじゃないよ。冒険者が地味で嫌がられる仕事なのは今に始まったことじゃない。本題はそこじゃないんだけど、君が気になるなら教えてあげる」


「えっと、ありがとうございます。俺は来栖 奏太って言います」


「奏太ね。よろしく」


 そう言って、さりげなく肩を叩こうとしてきたので、俺はとっさにかわした。

 ミーナの手はむなしく宙を切る。ミーナの表情はとても複雑そうだ。

 でも仕方ないじゃん。俺は女性が苦手なんだ。


「とりあえず、ここで話すのは何だし、どこかお店に入らない?」


 ミーナは、近くにあった喫茶店らしきお店を指差しながら言った。

 ゆったりと話すのならば、どこかお店に入ったほうがいいだろうが、二人っきりのような状態になると、いつ襲われるか分からないという不安のせいで蕁麻疹が出てしまう。

 ミーナが指さした喫茶店をよく見ると、テラスがあった。

 俺は、「外の席にしましょう」とさりげなく言ってみたら、ミーナも賛成してくれた。


 お店は地球の有名なチェーン店である某カフェのように、カウンターで注文して、料理や飲み物などを受け取った後、好きな席に座ることが出来るお店だった。

 しかも、分煙されていた。この世界にも、副流煙などをきにするような文化があることに驚いた。

 ちょっと驚かされたカフェに期待をして、カウンターの前に立つ。


「いらっしゃいませー。何になさいますか?」


「…………コーヒー」


 相手が女性だったため、はきはきと答えられなかった。若干心臓がどきどきしている。


「ホットとアイスがございますが?」


「……………………アイス」


「アイスコーヒーですね。サイズはどうしますか?」


「じゃあこれで」


 俺は、カウンターに置かれたシートに描かれているグラスの中で、一番大きなサイズを指差した。

 店員がそれを確認すると「かしこまりました」と言って、コーヒーを用意してくれたあと、金額を提示してきた。

 二コラ大司教からもらったお金で支払いを済ませ、アイスコーヒーを受け取る。

 俺はミーナに「席を取ってる」と一声かけて、外に出た。


 丁度、一つ机が空いたところだったので、つかさず俺が座る。

 少し机の上が汚かったので、近くに置いてあった布巾を使って机の上を掃除した。

 布巾を置いてあった場所に戻すと、ミーナがやってきた。


「いい席取ったね。じゃあ、ゆっくり話そうか。まずは冒険者についてからでいいかな?」


 そう言って、ニーナは俺の向かい側の席に座る。俺がずっと触れられることを避けていたので、察してくれたのかもしれない。

 いや、初めて会った人間が、隣に座ってべたべたするなんてありえないだろう。


「俺としても、もやもやするから、冒険者からお願いします」


 先ほどから冒険者とはいったい何だろうという思考が離れてくれない。

 女性の対応については無意識にでも行えるから全く問題ないのだが、考え始めた頭はそう簡単には止まらない。


「了解。冒険者から説明するよ」


 そう言った後、コーヒーを一口飲んで、俺を真っすぐ見てきた。


「冒険者っていうのはね、獣を退治するお仕事をする集団なんだよ。王都の外には危険な獣がたくさん住んでてさ、たまに人里に入ってくることがあったり、畑を荒らしたり、獣は放っておくと人に危害を与えるんだ。

 そういった、獣たちを駆除するのが冒険者の仕事さ」


「……それって、駆除人というやつなのでは?」


 俺の考えていた冒険者と実際の冒険者が全く違うことについて。

 まさか、害虫、害獣の駆除をするための組織を冒険者というとは思わなかった。


 なんだろうか、ライトノベルと現実との差異にすごいギャップを感じる。

 このギャップがショックだったのかもしれない、俺は無意識に頭を抱えてしまった。

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