第十話~教会の宿3~

ーーールーディア王国 安らぎの里


「すいません、失礼します」


 マルスとニトと談笑していると、シスターがセリカとちょこらんたを連れて、やってきた。

 シスターたちはお盆の上に料理を抱えてやってきていた。

 多分今日の夕食だろう。

 ちょうどいいタイミングで、俺の腹が大きくなった。パーティーの時は双子姫に襲われて何も食べられなかったから仕方がない。


「すいません、シスター。ありがとうございます」


「いえいえ、これもお仕事ですので。それよりも、マルスとニトが迷惑をかけていないでしょうか」


「それは大丈夫ですよ。二人ともとてもいい子ですから、ね、二人とも」


「「うんっ!」」


 満面の笑みを浮かべたニトとマルスを見て、シスターはほっと一息ついた。

 そして、テーブルの上に料理を並べ始める。

 見たことのない赤い魚の煮つけ、煮物、味噌汁っぽいスープ、どっからどう見ても和食だった。

 世界観がよくあるRPGにようなファンタジー世界なだけあって、違和感が半端ない。

 だけど、漂ってくる匂いはとてもおいしそうに思えて、俺のおなかが再び大きくなってしまった。


「ぷークスクス。おなかなってやんの。それだけおなかが空いてるってことだよね。すぐに準備してあげるんだからっ!」


「こら、ちょこ。もうちょっと話し方をどうにかできないのっ!」


「シスター、俺は気にしていませんから。それに、言い方はアレですけど、俺のことをちゃんと気にしてくれていますんで」


「うう、本当にごめんなさい、使徒様」


 と謝りつつ、シスターたちは料理の準備をしてくれた。

 俺は「ありがとう」と声をかけると、シスターは子供たちを連れて、部屋を出ようとした。

 料理と部屋を出ていこうとするシスターを見比べて、ふと思ったことをシスターに言う。


「シスター、今日は俺以外にお客さんっているんですか」


「えっと、使徒様滞在中は貸し切りにすると教会側で決まりましたので誰もいませんが、どうかしましたか?」


 俺の為だけに宿を貸し切りにするとは、教会も思い切ったことをする。それだと出費が半端ないだろうに。

 でも、誰もお客がいないんだったら問題ないだろう。


「いえ、よかったら子供たちも一緒に、ここで食事しませんか。その、なんといいますか、一人の食事ってなんだか寂しくて」


 俺がそういうと、シスターは目を見開いて驚いて、ニトとマルスはとても喜んでいた。


「本当によろしいのでしょうか」


「えっと、女性アレルギーだけど、とりあえず一定の距離間を保ちながら触れられなければ大丈夫ですから。それに、ニトもマルスも喜んでますし」


「で、では、お言葉に甘えさせていただきます。私たちの食事をここに持ってきますので、使徒様は先に食べていてください」


 シスターは、子供たちを連れて、部屋を出て行った。

 先に食べていてくださいって言われたけど、どうせなら待っていたいな。

 でも、せっかく作ってくれた料理が冷めてしまう。

 考えた末に、俺はとりあえず一口ずつ食べて、そしてシスターと子供たちを待つことにした。




 子供たちとシスターは、割とすぐに戻ってきた。時間にして数分と言ったところか。

 それなら、一口ずつ食べないで待っていても良かったんじゃないかと少し後悔した。

 でも、ニトやマルスの笑顔を見て、そんな罪悪感は軽く吹き飛んでしまう。

 やっぱり、小さい子が笑っていると元気が出るな。


「……ロリコンじゃなくてショタコンか」


 ぼそっとちょこらんたが言ったことが耳に入ってくる。うん、気にしたら負けだ。

 というか、ちょこらんただけ、名前がほかの子供たちと違うっぽいんだけど、どうしてだろうか。

 などと考え事をしていると、シスターや子供たちの食事の準備が終わっていた。


「それでは皆さん、食事の前に祈りを捧げましょう。神イディア様と使徒様に」


「いえ、俺に祈りを捧げるのはいいですよ」


「それはダメです。使徒様は神イディア様の代わりに我らが世界に降りてきて頂いた方なので、しっかりと祈らせていただきます」


 やっぱり、シスターもちゃんとしたイディア教徒という訳か。

 そんな真面目な顔で言われてしまえば、祈るなとは言いにくい。

 俺はあきらめて、シスターと子供たちが祈り終わるのを待った。

 そして、皆で一斉に食事を開始する。

 魚の煮つけを堪能していると、妙な視線を感じた。

 俺に視線を向けているのはただ一人、ちょこらんただ。


「ちょこらんた、どうしたんだ」


「ちょこでいいわよ。借金のために私を捨てた親を思い出すから、ちょこらんたって呼ばれるのが嫌なのよ」


「そ、それはゴメン」


「謝ることないよ。あいつらは笑いを取るためだけに私に変な名前つけて、ギャンブルで多額の借金をして、挙句私を捨てて体を売って死んじゃったから。ほんと、自業自得ってやつ。マジ笑える」


 かなりヘビーなお話が出てきた。借金をするダメな親は地球にもたくさんいる。というか、近年は教育や子育てができない親が多すぎる。子供を育てるはずの親が、何もしつけをしない、子供の言いなり、なんでも許して甘やかす。


 そして、本来親がしなければいけない教育を放棄して、その責任を学校側に押し付ける。正直言って人間の屑とすら思える。

 でも、そんな人間ですら、子供を捨てることはない。愛し方を間違えているが、愛する心は本物なんだ。

 この子の親は、たぶん地球で言う幼児虐待をして自分の子供を殺すような家庭に生まれてしまったのだろう。生きているだけで奇跡だ。

 そう思うと、やっぱり不謹慎なことを言ってしまったと思い、俺はもう一度謝った。


「それでも謝らせてくれ。不謹慎なことを言ってゴメン」


「う、うん。それで、用件は何?」


「さっきからこっちを見ているような気がしたんだけど、どうしたの?」


「いやー、なんていうか…………シスターと結婚するのかなーって」


「「ぶふぅーー」」


 俺は思わず拭いてしまう。ちょこの隣に座って味噌汁もどきを飲んでいたシスターも思わず拭いていた。

 俺は何も飲んでいなかったから周りに被害を与えなかったが、シスターが吹いたものはセリカにかかってしまう。


「あああ、ごめんなさい、セリカ」


「だ、大丈夫ですわ」


「あとちょこ、突然変なことをを言わないでください」


「でも、シスターも満更でもないんでしょ?」


「相手は使徒様ですよ。それに女性が苦手だとか何とか」


 そういうと、ちょことセリカは、ありえないものを見るような目でこちらに視線を向ける。


「「それでも男なの」」


「男だよっ!」


 話についていけていないのか、ニトとマルスは首を傾げている。

 ニトとマルス、セリカにちょこは見た感じ10歳ぐらいだと思う。地球で考えると小学校3年生ぐらいかな。

 この時期だと、やっぱり女の子のほうがしっかりしているように見えるな。


「ちょこにセリカ、あなたたちは使徒様になんてことを言うのですかっ!」


「でも、シスターは使徒さん好きなんでしょう」


「うんうん、シスターに言い寄る人っていっぱいいるけど、使徒の兄ちゃんだったら私たちはオッケーだよ」


 俺は話を聞きながら、あることを思った。

 マルスとニトは俺をにーちゃんと呼ぶからあまり気にしていなかったけど、まさかね。


「ねぇ、セリカとちょこに訊きたいんだけど」


「なに、使徒の兄ちゃん」


「なんですか、使徒さん」


「俺の名前を言ってみて」


「使徒じゃないの?」


「使徒、ですわよね。もしかして、何か間違っていましたでしょうか」


 よくよく考えたら、俺ってこの子たちに自己紹介すらしていないな。


「はは、俺は使徒って名前じゃないよ。ちょっと自己紹介が遅くなったけど、俺の名前は来栖奏太だ。神イディア様の使徒をやっている。使徒っていうのは、いわば役職だよ」


 俺が自己紹介をすると、ちょこが首を傾げる。


「使徒、神様の使い、すごく偉い人?」


「ちょこ、私たち、もしかして……」


「「すごくやばい人とお話しているの」」


「だからそういっているじゃないですかー」


 シスターは、顔を青くさせるセリカとちょこをなだめ始める。

 話についていけないマルスとニトは首を傾げていた。


「みんな何やってんだよ。にーちゃんはにーちゃんなんだから、何にも関係ないだろう」


「そうーだよー。にーちゃんはー、にーちゃんなんだからーねー」


 ニトとマルスはにこやかに笑った。俺もつられて笑ってしまう。

 シスターとセリカとちょこに、そう硬くならないように話をして、皆で楽しい食事をした。

 いや、シスターとちょことセリカはなんか青い顔をしていたけど、ニトとマルスは、そんなことなかったぞ。


 楽しい食事をしながら、俺はふと思った。

 そういえば、唯奈のことがあってから、いろいろと気張っていたけど、子供たちと楽しい時間を過ごして、ちょっと楽になったな。


 唯奈が死ぬかもしれない、それが大きなプレッシャーになっていたのだろう。

 だけど、つらい過去を持ちながらも楽しく過ごしている子供たちを見て、なんだか力が抜けた気がする。


 余り気張りすぎても仕方がない。失敗するよりも、確実にやっていくことの方が唯奈のためになるんだ。

 もうちょっと力を抜いて、頑張ろう。


「にーちゃん、急にどうしたの?」


 俺が真面目な顔をしたからだろうか、近くにいたマルスが、俺の変化に気が付いて声をかけてきた。

 俺は、マルスの頭を撫でながら「何でもないよ」と返事をする。


 俺はもう大丈夫、力を入れ過ぎて失敗なんてへまはしない。

 絶対に助けてやるからな、唯奈。

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