第九話~教会の宿2~

ーーールーディア王国 安らぎの里


「ここがにーちゃんの部屋だぜっ」


 マルスに案内されてたどり着いた部屋は、安らぎの里の最上階の一番いい部屋だった。

 きっとお金を出して泊まろうとしたならばかなりの金額になることだろう。

 孤児の職業訓練も備えたものだから、本当の高級旅館よりは若干低めかもしれないけど。


 それにしても、シスターの怯えようがすごかった。

 子供たちの自己紹介が終わった後、シスターが泣き始めてしまったのだ。

 それを見た子供たちは当然、俺が何かしたんじゃないかと疑った。

 誤解を解くのが大変だったのと、ちょこらんたは俺がダメなタイプだったので、蕁麻疹からの発作のコンボを食らい、軽く死にかけてしまった。

 なんやかんやとあったけど、無事に誤解を解くことに成功して今に至る。


 にしても、俺が女性アレルギーを知った後のシスターが酷かった。

 まさか「女性に生まれてきてごめんなさい」と謝られるとは思わなかった。

 生まれなんて自分で選べるわけじゃないんだから、謝るようなことじゃない。

 それにあの怯えようは……きっとこの世界で暮らしていくこと自体が大変だということだろう。

 特に荷物を持っていない俺は、部屋にあるソファーに腰掛けた。


「ねぇ、にーちゃん。あれー」


 マルスと一緒に俺を案内してくれたニトが窓際に置かれた荷物を指差した。


「あれはー教会のー偉い人がー使徒様? に渡すーようにー準備したものーなんだってー」


「ということは、アレは俺に渡すための荷物ってことか」


 俺はソファーから立ち上がり、荷物を確認しようとした。

 ……のだが、ニトが荷物の前に立ちふさがった。


「これはー使徒様ーのー。にーちゃんーのーじゃなーい」


「おい、ニトっ! にーちゃんはな、使徒様ってやつなんだよ。だからそれをにーちゃんに渡すんだっ」


 マルスがニトに近づいて言ってくれた。正直、自分で自分のことを使徒というのは恥ずかしいと思っていたところだ。助かる。


「えー、使徒様ーはー、にーちゃんーなのー?」


「そうだ、にーちゃんはすごいんだぞっ!」


 まるで自分のことのようにマルスは言うが、お前と会うのは今日が初めてなんだぞと思っても、口には出さない。

 俺自身もまだ子供だと思っているが、こいつらはさらに小さい。子供が残念がるようなことはあまりしたくないしな。


「じゃあさわるがいいー」


 ニトもすごいドヤ顔だ。子供は無邪気だ。何も知らないからこそこんな笑顔を浮かべられる。

 もし、こんなところをシスターに見られたら、また「およよよよよよよよっ」と怯えるんだろうなと、心の中で笑いながら、教会から渡されたものを確認していく。


 教会の荷物は、お金と武器と服、あと旅や異変調査に必要そうな道具だった。

 中でもすごかったのが、剣と盾だ。両刃剣で、かなり重たそうな見た目をしているのに、見た目ほど重くない。それなのに、触った感じ、かなり固い感触があった。


 この剣と盾、もしかしてジュラルミンでできているんじゃないだろうか。


 ドイツで偶然発見された、軽さと強度を兼ね備えたアルミニウム合金であるジュラルミンがこの世界に存在するとは思わなかった。


 そもそも、ぱっと見た感じ、ドラクエのようなゲームに近い世界観だったので、合金なんていう技術すらないのかと思っていた。


 王城のテラスでぱっと外を眺めた感じ、製鉄所のような場所がどこにもなかった。

 もしかしたら、テラスから工業区が見えなかっただけかもしれない。


 工業区をちゃんと見に行っていないから憶測になるが、この世界の技術力は、ある意味で地球を超えている可能性も考えられる。

 もしそうだとしたら…………面白い。

 将来、全く女性と接することがなさそうな、工業系の分野の会社に就職することを夢見る俺にとって、異世界の技術というものに興味が出た。


「うわぁ、すっげー」


「剣? 盾? 本物?」


 俺の横で、一緒に荷物を見ていたマルスは目を輝かせて喜び、ニトは不思議そうに首を傾げていた。

 俺の荷物に目を輝かせているマルスとニトを見て、不意にこんなことを思った。

 親がいないのに、全く不幸そうに見えない。とても真っすぐ育っていると。


 昔、俺の友達だった奴に、親がいない奴がいた。まあ、親がいないことを知ったのは、あの事件の後だったんだけどな。

 そいつは、ある感情を芽生えさせ、その感情に溺れ、依存し、そして狂った。

 そして最後には壊れきって破滅した、可哀そうな女の子。

 あいつのせいで、俺は女性がダメになったわけだが、今思えば、あいつもかなり可哀そうな奴だった。

 もし、あいつのそばに、俺ではない、誰か別の頼れる大人がいたら、未来は変わっていたのかもしれない。


 ニトとマルスだって、もしシスターがいなかったら真っすぐ子供らしく育たなかったんじゃないだろうか。

 この子たちは幸運だ。だからこそ、ちゃんと言ってやりたいと思った。


「ねえ、君たちはシスターが好きか」


 ニトとマルスは首を傾げてお互いに視線を合わせる。そして、マルスから話始めた。


「俺はシスターが大好きだぞ。とーちゃんとかーちゃんはいなくなっちゃったけど、シスターが俺たちに優しくしてくれるんだ。だから、好きだ」


「僕もー、シスターは大好きだしーみんなもー大好きーなんだー」


「そっか、そうだよな。君たち、シスターのことが大好きなんだよな」


 俺は、マルスとニトを引き寄せて、頭を撫でてやった。


「うわぁ、やめろー。さてはにーちゃんショタコンだなー」


「お前はどこからそんな知識を持ってくるんだよ。俺はショタコンじゃないけどさ、ちゃんと言っておきたいんだ」


「何をー言っておきたいのー」


「シスターが大好きなら守ってやれ。だけどな、自分で抱え込むのだけはやめろよな。いやなことや、苦しいことがあったら、シスターにちゃんと話すんだ。シスターだってさ、大切なお前たちが、一人苦しんでいるより、相談されたほうが何百倍もうれしいんだ」


 ちょっと恥ずかしいことを言っているような気がして、顔が熱くなるのを感じた。

 マルスとニトは、再び視線を合わせた後、その無垢な視線を俺に向けてきた。


「にーちゃんって変な奴だな」


「変な奴?」


「シスター以外の大人はな、親なしってみんな言うんだ。ひどいことだってしてくる奴もいるぞ」


「だけどーにーちゃんーはー違うーのー。なんだかー、シスター、みたいー」


 うーんと考えるような仕草を取った後、俺は二人の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。

 マルスとニトは「「わー」」と言いながらも、嫌がっている様子はなかった。


「俺は神イディア様に選ばれた使徒様だからな。皆に優しいぞ。それに、きっと神イディア様の導きがあったから、ニトも、マルスも、ここにいないセリカとちょこらんたもシスターにあって小さな幸せを手に入れられたんだ」


「神イディア様っていい奴なのかっ!」


「そうだぞ、マルス。イディア様は皆を平等に愛している優しい神様なんだぞ」


 小さい嘘に心がチクリと痛んだ。

 あの得体のしれない何かが、この世界を愛しているなんてありえない。

 本当に優しい神様なら、唯奈を人質みたいに扱ったりしない、本当に優しい神様なら俺の周りの人間を不幸にしない、本当に優しい神様なら、マルスやニコみたいな孤児を生まないし、孤児がひどい目に遭う世界なんて作らない。

 俺には救いたい人がいる。だから、無邪気な子供に小さな嘘をつく。

 まあ、本当の神様がどんな奴かなんて嘘は、この子たちの人生に関係ないだろうけどね。


「じゃあー、イディア様ーにーお礼ーいわなきゃー」


「そうだね、そしたらシスターも喜ぶよ」


「そうなのか、シスターが喜ぶのかっ! だったら俺もイディア様にお礼を言う」


「でもーどうやってーお礼ーいう? マルスー、分かるー?」


「ううん、俺も分からないや。にーちゃん、教えてー」


「しょうがないな、ちゃんとやるんだぞ」


 そう言って、イディア教の祈りのやり方を教えた。

 こんなもの、覚えた記憶がないのだが、なぜかできるのは、得体のしれない何かが、チートといいはったよく分からないものを与えた時に一緒に渡したのだろう。


 俺が教えた通りに、ニトとマルスが祈りをささげる。

 すると、体の奥からぽかぽかとした何かを感じた。

 直感的に、その感覚が信仰だと分かった。お礼のためとはいえ、神様に祈りをささげるその気持ちは立派な信仰だ。

 多分、俺があの得体のしれない何かの使徒だから、信仰を体で感じ取れるんだと思う。


 そうか、この暖かい感じの信仰を集めることが、俺がこの世界でやるべきことなんだ。


 この時、初めて俺がやるべき、信仰を集めるという意味を理解した。

 それと同時に、嫌な予感が頭をよぎる。


 いや、考え過ぎだろう……。


 浮かんだことを一蹴して、ニトとマルスと一緒に祈りを捧げることにした。

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