第八話~教会の宿1~

ーーールーディア王国 ルディリアの城下町


「えっと、ここらへんだよな」


 何とか隠し通路を抜け出した俺は、二コラ大司教に教えてもらった宿を目指していた。

 ルディリアの城下町は主に四つの区画に分かれている。商業区、工業区、住民区、宿場区の四つで、二コラ大司教が地図に記してくれた場所は宿場区を示していた。


 宿場区にまではたどり着いたが、同じような建物が多すぎて、一体どれなのかが分からない状況に陥っている。

 宿の名前は『安らぎの里』というらしいのだが、それっぽい看板が見当たらず、俺は途方に暮れていた。


 このまま外で寝てもいいような気分になってきたが、そんなことをすれば即刻城に連れ戻されるだろう。

 そして俺は双子姫の生贄としてささげられてしまう。つまり、死っ!

 絶対嫌なので、俺はなんとしても宿を見つけようと、血眼になって辺りを探す。


 走っていると、宿場区を歩く人たちに鬱陶しそうな視線を向けられてしまうが、そればかりは仕方がない。

 宿に着くのが速いか、それとも双子姫が襲来するのが速いか、時間との勝負だ。


「ねぇ、シスター。あの走っている人変だよー。変人だよー。頭おかしいよー。きっと薬やってるよー」


「うっわー、あいつこっち見てるー。最悪なんだけど。あいつきっとロリコンだよー。変質者に見られちゃったんだけどー。妊娠したらどうしよう、マジ最悪ー」


「こらこら、二人とも。人を見かけで判断してはいけませーーひぇっ! こ、怖い……」


 俺のことを犯罪者呼ばわりするかわいくない二人の子供と、顔を青くしているシスターを偶然見つけた。

 訂正しておきたいが、俺は断じてロリコンではないし頭もおかしくない。犯罪者じゃないから指さしてそんなことを言わないでほしい。


 二コラ大司教の話では、俺が向かっている宿を運営しているのがイディア教であった。

 だったら、イディア教徒っぽいシスターと子供たちに聞いてみれば何かわかるんじゃないか。

 女性に話しかけなきゃいけないのか。胃が痛くなってくるが、これは仕方がないこと。きっと大丈夫。


「あの、すいません」


「ひぇぇぇぇぇ、こっちに来てしまいました。どうしましょう、本当にどうしましょう……」


 ここまで怯えられると鳥肌も気持ち悪さも出てこないな。うん、この人ならなんか大丈夫そうだ。


「ああああ、こ、子供たちがいない……。あ、あなたが何かしたんですね。お願いします、私はどうなってもいいから子供たちを返してください」


「え、いや……俺何もしてないんだけど……」


「そんなことはありませんっ!」


「いや、そんなことあるよっ」


 この人が話を聞いてくれない。もしかして、俺はなんかめんどくさい人に声をかけてしまったらしい。


「憲兵さん…………あいつですっ」


 先ほど、このシスターと一緒にいた子供たちが憲兵を呼んできたようだ。

 俺はとっさに逃げようとする。


「あれ、もしかして、使徒様ですか。うわぁー本物だー」


 憲兵はまるで有名人にでもあったような反応をした。

 ……どうやらこの憲兵は俺のことを知っているようだ。でも俺はこの憲兵を知らない。もしかしたら、この憲兵の知り合いが、王城勤めで、俺のことを拡散してくれたのだろう。

 ありがたやありがたや。

 そういえば、俺が声をかけた人物はイディア教の信者だったな。

 さぞや驚いていることだろう。


「およよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよーーーーっ」


 それはもうすさまじい驚きようでした。




   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ーーールーディア王国 安らぎの里


「本当に申し訳ありませんでしたーーーー」


 あの後、憲兵を上手く誤魔化して追っ払い、シスターと子供たちに安らぎの里まで案内してもらった。

 そして、ついたそうそう見事な土下座を見せつけられた。

 俺がたまたま見つけたこのシスターこそ、俺が目指していた宿である安らぎの里を管理しているシスターだった。

 名前はアンジェリカ。イディア教が支援している孤児院のシスターで、安らぎの里で働いている子供たちの母親的存在だ。かなり臆病だけど。


 ここ、安らぎの里は孤児院の子供たちが従業員として働いている、ちょっと特殊な宿だ。

 孤児院の子供たちを働かせているのは、子供たちの自立のため。この世界には孤児を理由に働かせてもらえないことがあるらしい。

 孤児として育てられたがために、学がないからと働かせられないというのが一般的な理由だ。

 そんなことがないように、働くための教育の場として安らぎの里を運営しているらしい。

 あらかじめ現場での実習を行っていれば、宿場区での就職には困らない。

 こういった考えに基づいて運営されているイディア教の施設はいくつかある。

 安らぎの里もその一つだ。


「ねー、不審者の兄ちゃん。シスター虐めるーダメー」


 見た目は小学校中学年ぐらいなのに、なぜか精神的にもっと幼そうな少年が、俺を突飛ばそうとした。

 が、力負けして、こてっと倒れる。なんだか可愛らしい。


「うー、あれー、倒れちゃったー」


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、使徒様になんてことをっ。ごめんなさい、ごめんなさい、ほんとーにごめんなさいっ。コラ、ニトも早く頭をさげなさい」


「うーー、ごめんなさい?」


「なぜに疑問形なんですかぁぁぁぁぁっぁ」


 凄く取り乱したシスター、ニトと呼ばれた少年は、不思議そうに顔を傾けながら、俺に謝ってくる。

 俺は「大丈夫ですから頭をあげてください」と言うと、目をウルウルさせながら、シスターがこちらに視線を向けた。

 まるで、昔見たCMに出てくるチワワのようだ。うっぷ、気持ち悪くなってきた。

 シスターが「ありがとうございます、ありがとうございます」と頭を下げている後ろから、少年少女たちがやってきた。

 10歳ぐらいの男の子が一人と、同年代の女の子が二人だ。

 少女だけど、なんだかやばい雰囲気がしたから距離を取った。こう、アレルギーが出そうな予感がする。


「おい、ニトっ! シスターを困らすんじゃねー」


 少年がニトと呼ばれる少年に近づいて、頭を掴んで揺らした。


「うー、マルスー、頭がぐらぐらするー」


「このこの、シスターを困らすんじゃ……ロリコンがいるっ!」


 そしてマルスと呼ばれた少年は俺を指差して変なことを言いやがった。

 この子、外でシスターが連れていた子供じゃない。だから外での出来事を知らないはずなのに。

 俺ってそんなロリコン顔しているのか、そうなのかっ!


「こんな顔がいい奴は大抵ロリコンか性犯罪者なんだー。俺がシスターとセリカとちょこを守るんだー」


「ねぇ、僕はー」


「勝手にしろー」


「えー」


「こら、いい加減にしなさいっ! 本当に、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 シスターは、マルスにげんこつして、再び土下座をする。やっぱり子供たちの世話は大変だなーと思いながら成り行きを見守った。


「二人とも、いい加減にしてくださいまし。シスターが困っているじゃありませんか」


「ぷー、くすくす、怒られてやんの、ダッサー」


「皆さんいい加減にしてください、使徒様が見ているんですよ」


「「「「こいつそんなに偉いの」」」」


「偉いんです、すごく偉大な方なんですーーーー、だからおとなしくしてくださーい」


「「「「はーい」」」」


 シスターを見ていると、子供たちの世話ってとても大変だなーって思った。

 喚く子供たちを落ち着かせて、やっと本題に入る。

 俺は、シスターに二コラ大司教から聞いていることを説明して、部屋を貸してもらえないか聞いてみた。


「はい、二コラ大司教から話は伺っています。使徒様のために無料で一番いい部屋を開けていますので。滞在中の使徒様のお世話はこの4人が致します。皆さん、自己紹介をしてください」


 少年少女たちは、シスターの言うことを聞いて、一列に並んだ。

 右端の男の子から自己紹介が始まる。


「俺の名前はマルスだ。にーちゃん、よろしくなっ!」


 軽い口調の自己紹介にシスターは何やら思うところがあったようで、おろおろとし始める。大丈夫かな? 


「次は僕ー。僕のー名前はー、ニトって言うんだよー」


「つぎは私ですね。私の名前はセリカと言います。昔は家名もあったんですが、諸事情があって……今はありません。よろしくお願いしますわ」


「お兄さん、お兄さんっ! 私はちょこらんたっていうんだ。ところでお兄さんってロリコンなの。ぷーくすくす、今時ロリコンなんてはやんないよー。シスターにしときなって。そ、それとも……私?」


「そそそそそ、それ以上近づくな」


 ちょこらんたと名乗った少女が、怪しげな手つきで近づいてきたので、俺は距離を取った。シスターは、なんか苦労人の母親に見えて、そこまでアレルギー的症状は出なかった。気持ち悪さと軽い頭痛ぐらいだ。

 だけど、ちょこらんたに近づかれた途端、背筋がぞっとした。

 なんだろう、双子姫妹と同じ匂いがする……。

 助けを求めるために、シスターに視線を向けた。


「およよよよー、ごめんなさい、うちの子がごめんなさいー、あわわわわわわー」


 なんか魂が抜けかけた状態で謝り続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る