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5
何かあるのだろうとは思っていた。
自分の能力で消えないワカリに。
彼女に、何か秘密があるのだろうとは。
だが、その事実を告げられたとき、ツナキミはどう反応していいのか分からなかった。
「あたしはすぐ消える。だから、必死になって手を振るう必要は無いよ」
講義終わり。
六時を回った構内には、灯りがそこかしこに灯っている。
在校生用のフリースペースには、人影はまばらだった。
ツナキミとワカリは、そのテーブルのうちの一つに、お互い向き合って座っていた。
すわ告白かと期待した自分が馬鹿だった。
ツナキミはその場に現われたワカリの表情を見てそのことを覚った。
「あたしはすぐ消える。だから、キミは大丈夫だ」
反応を返さないツナキミに対し、ワカリはもう一度繰り返し述べる。
彼はなにやら言葉になりきらないものをつぶやいた後、妖艶な笑みを浮かべる彼女を見やった。
平生と、なにも変わらない。
それでいて、すぐに消える?
「な、なにを……いったいどういう」
彼は首を左右に振った。
「というより、俺の手のこと……」
「知っているよ。無論」
全世界の常識を諭すような口調で彼女は言って
「あたしはキミの能力だから」
と付け加えた。
その衝撃の一言に、ツナキミの感情に大波が走る。
「お、俺の…?」
「能力、だよ。」
彼女はこくりとうなずく。
「あたしはキミから生まれたんだ」
理解が出来ない。
冷静な観察を常としてきた彼にとって、露骨にそんな表情をするのは初めてのことだった。
ワカリはそんな反応を逆に楽しんでいるように笑い。
「キミの気持ちから生まれた能力だ。あたしのような人間が生まれても不思議は無いさ」
ツナキミは頭を抱える。
どうすればいいのか分からなかった。
ワカリはびしっと彼の胸元を指差す。
「ワカラナイ?キミは人間なんてみんな、すべからく、誰もが、何かの量産型なんだと思った。だから片手の能力が生まれた。そして…」
ワカリはひゅっともう一方の手の平を突き出すと
「同時に、そうじゃないという気持ちも芽生え始めた。……そうあるべきじゃないといった方が正しいかな。それを確かめるために、あたしを無意識のうちに生んだ」
両方の手の平を儀式めいた動作で重ね合わせた彼女は、にっこりと微笑んだ。
ワカリはなおも首を振って
「わからない。意味がわからない。どうして、それは…」
「キミ、あたしのことが好きでしょう?」
ぐいっといきなり顔を近づけてきた彼女は、いたずらめいた笑みを浮かべそう言った。
途端に、今までとは別の興奮がツナキミを襲った。
顔が火照り、鼓動が速くなる。
「なっ、えっ?」
「あたしも好きだよ」
静寂。
しんとした空気がそこに漂った。
それが持つ意味に気が付いた時、ツナキミはぐるぐると頭が回るのを感じた。
「えっ、あっ、えっ……」
現実に思考が追いつかない。
ワカリの方は頬をほんのり赤く染めて
「その気持ち。今キミが、あたしが抱いている気持ち。唯一、絶対という気持ち。それが大事なんだ」
「その気持ちに気が付くために、キミはあたしを生んだんだよ」
ワカリの澄んだ声が、ツナキミの耳朶に染みた。
互いが互いを見詰め合う。
不自然な、それでいて嫌ではない、間。
ふいにワカリが口を開いた。
「分かった?」
「……ええと」
「今はまだ難しいかもしれない。周りの人は<運命>に妥協しているように見えるかもしれない。でもさ、<敢えて>妥協して、<唯一>を築いていくのも良いんじゃないかな?<運命>だって、捨てたものじゃないと思うよ」
呆けたようにうなずくことしか出来ないツナキミ。
だがそこで、ワカリの最初の言葉が頭に浮かんだ。
「ま、まって…消えるって、どういう」
「限界だよ。あたしの…というよりも、キミの?」
きょとんとかわいらしく首を傾げるワカリ。
ツナキミはその態度が信じられなかった。
「な、そんな……せっかく」
「……うん。そうだね。でも…」
「バイバイだ」
そう彼女が口にした瞬間、世界が揺らぎ始めた。
色を失っていく世界。
形がぼやけていく世界。
足元がおぼつかない、不安定な瞬間。
あれほど望んでいたのに、心が引き裂かれそうになっている自分がいた。
「まってくれ!!まだ!!せっかく!!」
「それが唯一だよ、キミ」
笑いながら、しかしその笑いさえも、ノイズと化して溶けていく。
なくなっていく。
渦巻く轟音。
自分がどこにいるのかもわからない。
それでも必死で手を突き出す。
もがき、涙を流した。
「まってくれ!!まって!!……」
叫びは意味を持たない。
世界をつくりはじめる音に、還元されていく。
形を帯びていく。
感覚が戻っていく。
ツナキミは絶望を叫んだ。
「でも、ひょっとしたら、どこかで……」
全てが元に戻る直前。
唇への感触と、彼女の優しい声が聞こえた気がした。
※※※※※※※※※※※※
6
あれから。
<運命>に妥協しろ。
あるいはそれに逆らえ。
人と人との<出会い>を考えた時、ツナキミはどちらとも決めかねていた。
周りを囲む友人達を見やる。
佐藤、近藤、二神に落合。
後の四人もおなじみの面子。
集い合い、それでも別の可能性を思う。
片手は、まだ振られていない。
ーーー了ーーーー
彼女だけが唯一だ。 半社会人 @novelman
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