悪意の対立は何を呼ぶ
四葉くらめ
悪意の対立は何を呼ぶ
お題:高輪ゲートウェイ、エノキ、ポリコレ棒
ざわざわざわ……。
会場には発表の時を今か今かと待ち構えた記者が大勢いた。静かに壇上を見つめる者。しきりに携帯で何かを打ち込む者。手帳をぎゅっと握りしめる者。
余裕を見せる大手報道社の記者もいれば、明らかに新人であろう若手もいる。
しかし、種々様々な記者がいる中でこれだけは共通していることだろう。
『期待』
それは世を……と言ってしまうと少々大げさだが、東京を騒がせることには違いない知らせ。報道となるはずだ。
私たちを。そして私たちを通して数多くの人たちを湧かせる。そんな報道であるに違いない。
かくゆう私も、発表を待ちきれずに何度も時計盤の針の位置を確認し、自分の予想した名前をいち早くSNSに投稿するためにテンプレートも作ってある。あとは新しい〝名前〟を打ち込み、クリックを押すだけだ。いや、もし私の予想通りの名――それが無難であるとは思いつつも、誰もが期待している――その名であれば、ワンクリックで済む。
ブワッ
まるで熱気が、あるいは密度が一段階増したかのように感じられた。
一枚の板紙を持った男性が、壇上へと上がる。
会長である。何のとは言うなかれ。日本の鉄道を牛耳るNRのである。
息が荒くなる。酸素が重く感じられる。喉が渇く。ああ、早く言ってくれ。その板紙の向こう側を見せてくれ。そこに私が、記者が、都民が、国民が予想した答えが書いてあるのだろう? さあ、早く開けてくれ!
「新駅の名前は……『高輪ゲートウェイ』です!」
一瞬、その言葉の意味を忘れた。
そのカタカナ6文字を早く打たなければ、投稿しなければならないというのに、まったく指が動かなかった。『げーとうぇい』ってどうやって打つんだっけ? Gから始まるのは良いとして、そのあとは??
どうやら他の記者も頭が真っ白になっているのか、指を動かそうとはしているのだが、どう動かせば良いのか分からずにいるようだった。
ただ、一人、真面目な、あるいは満足げな顔をしたNR会長を除いて、会場は困惑で満ちていた。
『高輪ゲートウェイ』
その言葉によって徐々に世界が崩壊へと突き進むとは、まだ誰も予想できなかった。
カンカンカンカン! カンカンカンカン!
ウーーーーーーーーーーーーー!
『住民の皆さんは、直ちに、避難してください。お近くの、シェルターに、退避してください』
それは、まるで戦時下を思わせるかのような防災無線だった。
逃げる人の悲鳴が辺り一帯でこだまする。しかしそれをかき消すような雄叫びが駅の方から聞こえていた。
「差別はんたーい! 駅名は全て漢字とカタカナの混合にしろー!」
「そうだそうだ! 日本は今後更にグローバライズすべきだ!」
「ポリコレ棒信者は引っ込め―!」
「伝統ある山足線の駅名を守れ―!」
そう、今、東京では高輪ゲートウェイから始まった論争が各地で火蓋を切っていた。
ポリコレ――ポリティカル・コレクション――いわゆる『政治的正しさ』を求め、差別を蔑視し、徹底的に潰そうとする集団。差別をなくす、というと聞こえはいいが、彼らはその正しさを『武器』にしていた。つまり、正義と敵対する『悪とやら』を倒す理由にしているのである。
彼らは否定するだろうが、彼らのそれは私には『差別』をしているように見えてならなかった。
人はいつしか彼らのことを『ポリコレ棒』と呼ぶようになった。すなわち政治的正しさという棒で他人を殴る集団という意味である。
彼らポリコレ棒はあらゆる差別を許さない。違いを許容できない。
そこに一つぽつんとできた高輪ゲートウェイ駅。しかも、この駅の評判はあまり芳しくはなかった。東京にある環状線である山足線唯一のカタカナの混じった駅名。バランスが悪いとか、雰囲気を損ねるとか散々な言われようだったし、私も正直余り好みでは無い。しかし、正義は差別を許容しない。高輪ゲートウェイ駅の名をけなす者を嬲り、否定する者を潰し、そして、最後には他の駅の名も勝手に変えようとしてきた。
いくつかの駅は彼らによって占拠され、看板は取り替えられ、既に以前の山足線の駅の面影は消えていた。
しかし、誰しもがそれを黙って見ていた訳では無かった。反プラコレを掲げる者達が現れたのである。
『差』とはすなわち『個』であることと同義である。すべての『差別』をなくすことは、人間から個性を取ることだ。
そう、主張をする個人主義派が現れたのである。ポリコレ棒派と個人主義派は論議を繰り返し、やがては双方共に武器を取った。
東京はあっという間に業火に包まれた。
後に、高輪ゲートウェイの内乱と呼ばれる紛争が始まったのであった。
高輪ゲートウェイの内乱が勃発してから数年後、ポリコレ棒は勢力を増し、漢字カタカナ混合駅の数は日本の駅の3分の1にまで達していた。
全国だけでなく、全世界的にもポリコレ棒派と個人主義派に分かれる中、突然、それは現れた。
「あれ、は……なんだ……!?」
「緊急連絡! 緊急連絡! 高輪ゲートウェイにてキノコ状の物が急速に増殖中!」
「き、貴様ら! これは個人主義派の仕業か!?」
「それはこっちのセリフだ! 上野でも同じようなキノコが――!」
「あれは……エノキ……?」
突如として姿を見せた巨大エノキ。それは瞬く間に高輪ゲートウェイを取り込み、線路を伝って隣駅へも浸食を開始ししていく。
「こ、こいつ!? 浸食が早すぎる!?」
「退避ぃ! 退避ぃいい!」
「うわああああああ!」
「くそっ、こいつ、キノコのくせに火が効かねぇ!」
巨大エノキに弱点は無かった。自衛隊が出動するも戦車やヘリは次々とエノキによって飲み込まれていく。
海外の記者から聞いた話によれば、各国の駅で同じような巨大エノキが出現しているらしい。特に、日本と同じようにポリコレ派と個人主義派が激しく対立していた国で、より巨大なエノキが観測されているようだ。
「これは……神の罰なのか……?」
神なんて物は信じていない。それでも神の所為にでもしなければやっていられない。そんな感情が私の中にはあった。
巨大エノキが現れ、しかし国民は一つにならなかった。ポリコレ棒派と個人主義派は決して交わることはなく、互いが互いに持つ負の感情を糧としているかのように、お互いが諍いを起こした駅ではエノキが繁殖していった。
『期待』
そんなものは、もう無かった。
これが私の最後の記事となるだろう。
これを読んでいる誰かが、今は亡き『期待』を生み出してくれることを、私は切に願う。
私の体を白いものが包んでいく。
私の手から携帯がこぼれ落ち、液晶が割れた。
悪意の対立は何を呼ぶ 四葉くらめ @kurame_yotsuba
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