エピローグ

『書道が人類を救う!』


 数か月後、そんな大見出しの書かれた新聞を、範村は屋敷の軒下に座って読んでいた。


 記事には今や新現代三筆を襲名した毅山の発見したライフストリームが万病に効き、しかも書道によってのみ操ることが出来るという記事が書かれている。

 もちろん発見者であり、ライフストリーム書道の使い手でもある毅山の写真付きだ。


 範村は新妻である花川流はなかわ・ながれに抱きつかれて困惑するなんとも情けない姿の息子の姿に、ふっと口元を緩めた。


 このような情けない写真を見れば、かつての範村ならば「花川家の長男がなんたる醜態! 毅山よ、潔く腹を切れ」と自害を迫ったところである。

 が、あの一戦以降、範村はかつての穏やかな性格に戻っていた。


 そう、毅山との戦いで範村はついに竹下巌の呪いから解き放たれたのである。

 

「……ライフストリーム書道、か」


 範村は軒先で小さく呟いた。

 これまたかつての範村ならば、いくら大手新聞社の記事とは言え、こんなオカルトを俄かには信じられず、むしろ「おのれ、書道を愚弄するか」と怒りの電凸の一本や二本かけたかもしれない。

 

 が、事実として範村は癌を克服した。

 全ては毅山のライフストリーム書道のおかげに他ならない。

 おそらくは世間も今はこの大発見に懐疑的だろう。

 しかし、やがてその奇跡の御技が知れ渡ると誰も彼もが手のひらを返したかのように大絶賛し、書道は本格的に新たな時代を迎えることになるだろう。

 

 だから範村はそうなる前にいち早く現代三筆の座を自ら降りた。


 もともと竹下もとうの昔に亡くなり、長い間、三筆と言いながら範村と世尊院成之のふたりしかいなかったのだ。むしろ新たな三筆が選出されるには遅きに失した感もある。

 その思いは成之も同じだったようで、範村の辞退と程なくして彼もまた三筆を辞めた。

 

 そして代わりに選ばれたのが毅山、大山、流の三人である。


 本来ならば剛厳も選ばれるべき実力の持ち主だが、本人が固辞した。

 長く存在が知られていなかった自分が表舞台に出るべきではないし、また血墨会出身として大山が選ばれていることも、バランス的に考えて自分は外れた方がいいと判断したのだろう。

 

 とは言え、剛厳があわよくば三筆のひとりを引きずり降ろしてやろうと、ひそかに腕を磨いているのを範村は知っている。


 何故なら範村もまた同じ思いであったからだ。

 

 あの時、範村は間違いなく人生の集大成とも呼べる作品を書き上げた……はずだった。

 それが毅山のライフストリーム書道のおかげで、言い方は悪いが台無しになってしまった。

 何が天真爛漫の極みだ、毅山の偉業と比べたらそれこそ単なる子供みたいな落書きではないか!


 書道家としてこのままでは死ぬに死に切れない。

 運がいいことに癌細胞が体から払拭され、さらにライフストリームで細胞が活性化された範村の身体は健康そのものだ。

 この調子ならまだまだ何十年も戦える。

 今は毅山に後れを取るものの、いつかは必ずリベンジを果たしてみせよう。

 

 そしてやがて生まれるであろう初孫に「やっぱりじぃじの方がパパよりスゴイ!」と尊敬させてやるのだ!←今後の人生において一番重要。

 

「毅山よ、首を洗って待っておくがいい。父は必ずお前を追い抜かしてみせよう」


 範村は新聞を折り畳むと立ち上がった。

 まだ毅山を超える力は手に入れていない。

 が、構想はすでにある。毅山が『書道とは生かすことと見つけたり』ならば、自分は『書道とは万物の起源と見つけたり』だ。

 すわなちライフストリームに対抗し、圧倒的な力の差を見せつけるには、もはや宇宙開闢のエネルギーを手に入れ、書道に組み込むしか他にない!

 

「ふっ。竹下よ、悪いがそちらに行くのはまだしばらく先になりそうだ。だが、面白い話を聞かせることが出来そうだぞ」


 範村は雲一つない青空にそう言葉をかけると、背を向けて書室へと入っていった。

 

 書道とは何なのか!?

 その探求の道はこれからも、いつまでも、書道家がいる限り続いていく。

 果てしない書道を巡る旅はまだ始まったばかりだ。

 

『書道とは死ぬことと見つけたり(仮)』 完




 

 注意


 本作はフィクションです。実際の人物、団体とは何の関係もありません。あるわけがありません、それぐらい常識でわかりますよね?


 また、書道で癌が治るということは絶対にありえません。ライフストリーム書道? そんなのあるわけないでしょう?

 だからどうか信じないでください。間違ってもそんなオカルトに大切な命を預けないよう、病気を治せるのはお医者さんであって書道家ではないので、どうぞお願いします。

(作者より)

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書道とは死ぬことと見つけたり(仮) タカテン @takaten

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