きっとあなたは気づかない。
奔埜しおり
この感情に、名前を付けるのなら。
「聞いて、聞いて、
放課後。
日直で一人残っていた教室に、
ほんのり淡く染まった頬に、潤んだ瞳。
やけに高いテンション。
――告白してくる。
そう言った彼女を見送ったのは、つい数分前のこと。
ああ、嫌だな。
聞きたくない。
可能ならば、耳を塞ぐか、那奈夏の口を縫い付けて二度と開かないようにしたい。
だってその口は、これからは彼のことばかり話すだろうから。
そんなの、聞きたくない。
どうして聞かなきゃいけないの?
好きな人の、恋人の話、なんて。
「なに? 那奈夏ちゃん」
それでも、猫かぶりの私は、なにも気付いてないふりをして、コテン、と首を倒してみる。
そして、あ、と声を漏らす。
さも、今思い至りました、とでも言うように。
「もしかして……」
「そう、そうなの、杏実! 告白、成功したよ! 私、付き合うことになったの!」
「お、おめでとう! 那奈夏ちゃん、よかったね!」
よくない。
まったくよくない。
気を抜いてしまえば表に出てきそうな感情を、作り笑いで必死に隠す。
それでも隠せる自信がなかったから、仕方ない、涙も流してみる。
「ちょ、え、杏実、泣かないでよー。どーしたの? ね、ね、ちょっとー?」
「だ、だって、那奈夏ちゃん、ずっと頑張ってたから……」
那奈夏の好きな人にはもともと恋人がいた。
いわゆる、お似合いのカップル。
でも、那奈夏が彼のことを好きになり始めた頃から、二人の間はかなり雲行きが怪しくなっていた。
別れるまで秒読みだよね、なんてみんなが囁き合ってるのを、何度も聞いたから。
正直、女の子のほうは、あんまりいろんな人に好かれるタイプではなかった。
言い方がキツイ、お嬢様タイプの女の子。
だから、付き合い始めから、はやく別れればいいのに、なんて総バッシングを受けていたっけ。
私は、彼女にはもう少し頑張ってほしかったけれど。
周りからどう見えているか、とか、そういうのばっかり気にして、素直に感情を言葉にできなくなった結果、演じ続けるしかなくなって自分で自分の首を絞めて自滅していく。
そんな子にも見えたから、なんだか、親近感がわいていたのもあるけれど。
彼女が彼のことを繋ぎとめていてくれたら、こんなことにはならなかったのに。
那奈夏は、一生懸命アプローチした。
朝のおはよう、から始まり、同じ部活だったから、また明日、で終わる、そんな挨拶をするのは当たり前。
そこから、なんとか連絡先を聞きだして、毎日メッセージのやり取りをしていた。
毎朝登校するたびに、見て見て! と見せつけられたメッセージは、日に日に吹き出しの数が増えていって、スタンプが現われて、なんだか、私とのやり取りよりも楽しそうだった。
画面、叩き割りたかった。
外見だって、柔らかな栗色の髪を緩く巻いて、毎日いろんなアレンジをしていた。
どのアレンジも可愛かったけど、あいつのためっていうのが最大限にマイナス要素で、とてつもなく腹立たしかった。
クリッとした大き目の瞳も、ふっくらとした桃色の唇も、軽く化粧が施されて、際立っている。
可愛い可愛い那奈夏。
どうして、なんで、あいつに恋をしたの。
なんで、一番近くにいたはずの私を、選んでくれないの。
なんて、ね。
同性である時点で、この子の恋愛対象じゃないんだから。
仕方がない。
「もう、それで泣いてるのー? 本当に、杏実は可愛くていい子だね」
ギュッと抱きしめられる。
ほんのり甘い香り。
数か月前までは、柑橘系だったのに。
ねえ、知ってる? 那奈夏。
私、入学式の日に、那奈夏にひとめぼれしたんだよ?
可愛くて、明るくて、太陽みたいだな、と思ったら、目が離せなくなってた。
ああ、落ちちゃったなって思った。
那奈夏。
あなたが、小動物みたいで可愛いって言ってくれたから。
本当はそんな性格じゃないけど、でも、高校でも猫をかぶっていこうって決めたんだ。
自分が周りからどう見られてるか、なんてわかってるから。
本当は、高校こそは、ちゃんと自分を出していこうと思っていたけれど。
本当の声は、もっと低いんだよ?
こんな大人しくないし、あなたのこと、いつだって心の中では呼び捨てしてる。
私服だって、普段甘めのを着るようにしているけれど、本当はもっとかっこいいのを着たいの。
小説だって、漫画だって、本当はあんなフワフワしたお花畑なお話よりも、もっと地に足がついたお話が好き。
それに私、いい子なんかじゃない。
二人が別れないように、裏で必死に麗衣と彼をくっつけようとしていた。
麗衣と連絡を取っていた。
那奈夏にばれないように、裏で会って話すこともあった。
麗衣に協力して、彼のことを調べに調べて、情報を流して。
それなのに。
二人が別れたことを麗衣から聞いたのは、一週間前。
ごめんなさい、せっかく協力してもらったのに。
そう、涙を流しながら言った彼女に、心の中で舌打ちをしてしまった。
もちろん、表には出さなかったけど。
そして今日、私の努力はすべて無駄になった。
背中に回った小さな手は、小柄な私と比べれば、それでも少しだけ大きい。
あと何度、こうやって抱きしめてくれるんだろう。
もう、抱きしめてくれないかもしれない。
それが嫌で、ギュッと私も抱きしめ返す。
放したくない。
離れたくない。
このまま干からびて、二人であの世に逝けたらいいのに。
「杏実、杏実、ありがとう。本当に、ありがとう」
「ううん、那奈夏ちゃんが頑張ったんだよ」
じんわりと肩が濡れていくのを感じる。
ああ、可愛い那奈夏が泣いている。
いいよ、ずっと泣いていて。
あいつに笑顔を振りまくのなら、代わりに私にだけ、涙を見せてくれればいい。
そうすれば、少しだけ、堪えられるから。
もしも、もっと綺麗な感情を持っていたら。
もしも、猫を被らずに接していたら。
もしも、私が男だったら。
なにか変わったのかな。
そんなことを、那奈夏に恋愛相談されてからずっと考えていた。
気づいてほしい人に気づかれずに押し込めて。
ああでもない、こうでもない。
そうやってこねくり回して、垢まみれになって。
真黒になったこの感情は、恋と呼ぶにはあまりにも……。
きっとあなたは気づかない。 奔埜しおり @bookmarkhonno
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