第9話人の手にポンポンチラシを乗っけるのはやめましょう
夢川さんを追いかけるため、昇降口近くの廊下に足を踏み入れると僕は目を疑った。
まずは、地面にばらまかれたチラシの数々。次に、通常ではありえないほどの人口密度。そして、もはや何を言っているのか分からない、飛び交う無数の声。
部活勧誘のために、カオスと化した昇降口近くの廊下に驚愕するしばし。はっと我に戻った僕は、自分の使命を思い出し、いざ行かん人の沼へ。
「すいません…と、通してください」
沼の入口付近にいる生徒に声をかけると、意外にも通る道を作ってくれた。あれ?こんなに熱心に部活勧誘しているわりには、随分スムーズに通してくれるんだな。まあ、ここ通路だから通せんぼしているとまずいからかな?
そんな風に一人納得していると、沼の住人が話しかけてきた。
「君もしかして新入生?」
「そうですけど…」
肯定の言葉を聞くと、住人の目が怪しげに輝き始めたような気が…。嫌な予感がする。早くここを後にした方がよさそうだ。先ほど開けてもらった道を行こうとすると違和感に気付く。あれ?さっき開けてもらった道ってこんなに狭かったっけ?
恐る恐る進んでいくと、先ほどの住人がはにかみながら僕の肩に腕をかけてきた。
「君中学生の時サッカーやってたでしょ?」
「い、いえ、やっていないです…」
「やっぱりぃ?。アハハ。でも大丈夫!今からでも全然活躍できるからさ」
何が大丈夫なんだろう?とは思いつつも言葉を濁していると、別の住人が右手を握ってきた。
「いやいや、男たるものバスケ一択だよねー。インターハイ一緒に目指そうぜ!」
「えーっと、バスケもやったことな…」
やんわりと断ろうとするも、更に別の住人の声が僕の声に重なる。
「日本男児たるもの剣術を磨かんでどうする?さあ、修行の開始だ!」
そう言って、僕の左手を握ってきた。彼らの見事な連携により、たちまち両手を差し出した状態にされてしまう。何で?とか疑問に思う間もなく、両手にチラシがポンポン乗せられていく。
「明日の16時から体験会あるよ!」
え、ちょ…。ポンポン。
「これから見学会やりまーす!」
待って…ポンポン。ポンポン。
「いつ来るか?今でしょ!」
……。ポンポン。ポンポン。ポンポン。
フラフラになりながらもどうにか部活勧誘の荒波を潜り抜けると、思わず安堵のため息が出てしまう。すごかった…。自分の手にどっさり乗っているチラシの量が部活勧誘の激しさを物語っていた。
うわぁ。この山どうしよう?とか悩んでいると、背中に衝撃とやわらかい感触が走る。
「あ」
大した衝撃はなかったのだが、如何せん量が多かったのであろう。前方にエネルギーを受けたチラシの山は、物理法則に従い投げ出される。その結果、桜吹雪のように舞っていくチラシたち…。
Oh.........思わず外人になってしまう光景が一瞬で作り出される。ははは。もう散らかったチラシ放り出していこう。そんな清々しい気分にもなりかけたんだけど…。
今ぶつかってきた人と思わしき女生徒が、せっせと散らばったチラシを拾い始めた…。そんなわけで投げ出すわけにもいかず、かき集める作業に参加することになってしまう。
やっとのことで一通りチラシを集め終えると、地面に山が二つできていた。1つは僕が集めたもので、もう1つが女生徒が集めたもの。彼女は一呼吸つくと向き直り話しかけてきた。
「ごめんなさい。ぶつかった挙句余計な仕事まで作ってしまって…」
優雅に頭を下げてくる女生徒。
「いえ、突っ立ってた僕が悪いですし、頭を上げてください」
僕の言葉にゆっくり頭を上げて、微笑む彼女。
改めて正面から見ると、純朴そうな感じの人だった。黒色の髪を三つ編みにしていて、丸メガネをかけている。THE委員長みたいな外見だ。
「ご挨拶をしても?」
「は、はいお願いします」
「虹山美奈子と申します。学年は君の1つ上になるのかな?生徒会会長と部長を務めています。よろしくね」
「こ、こちらこそ。青島卓です。新入生で…えーっと…」
僕が自己紹介であたふたしていると、虹山先輩が助け舟を出してくれた。できる先輩は一味違う。
「青島君は入りたい部活とか決めているのですか?」
「まだ決めていないんですけど…。体育会系よりは文化系で探そうかと」
「そうなんですね。うちの学校は文化系の部活だけでも沢山ありますから、きっと青島君にあった部活が見つかると思いますよ」
「ありがとうございます」
「チラシも沢山もらったようですし」
そう言って地面に置いてある、件のチラシの山に視線を落とす。苦笑して応えると、先輩は後を継ぐ。
「このチラシどうします?」
少し迷ったが、折角なので持って帰ることにした。その旨を伝えると、優しく微笑む虹山先輩。
笑うとえくぼができる三つ編み女性は、夢川さんとはまた違う魅力を持っていた。安心感っていうのかな?近くにいるだけで心安らぐ感じのオーラがにじみ出ている。こんな人が生徒会会長をやっているのなら、うちの学校は安泰だろう。
「会長、少し宜しいですか?」
「あら、呼ばれてしまいました。本当はもう少しお話ししたかったのですが、また今度ということで。青島君またお話ししてくださいね」
虹山先輩は、一礼すると呼びに来た生徒会の人と一緒に人ごみの中に去っていってしまった。虹山セラピーによって体力が回復した僕は、使命を思い出しチラシを持とうとする。そこで、先輩が集めてくれた山の一番上に視線が止まる。
これって…。
一番上のチラシだけをひっつかみ、外履きに急いで履き替える。夢川さんの姿はもう見当たらなかったけど、ここ数日一緒に行動してるためか、何となく夢川さんが通りそうな道が分かった。足に力を込めて、コンクリートの地面を駆けていく。
計画通り夢川さんの後ろ姿を見つけた僕は、彼女に向かって言葉を投げかける。
「夢川さん!ッ…ちょっと待ってください!」
僕の声にピクリと反応すると、彼女は歩みを止めて振り向いてくれる。ねんどろいどを頬ずりしながら、うふふふふふふ、と奇妙な声を漏らしにやけている顔で…。
正直ドン引きだった。普通の人では、100年の恋も冷める勢いかもしれない。
僕本当にこの人好きなんだよね?そうなんだよね?って自問しちゃったからね。でも、なんとか冷めた気持ちを抑えて本題に戻す。
「この学校にクレーンゲーム部がありますよ!」
夢川さんは、きもちわる…いやユニークな表情を一変させて、きらきらした笑顔を浮かべる。
「青島君詳しく聞かせてちょうだいっ!」
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