第10話フラペチーノって美味しいなぁ
夢川さんに合流後、とりあえず詳しいことは座ってから話そうということになり、近くにあった瀟洒しょうしゃな喫茶店『nature』に入店。
クラシックを基調とした店内には、幸せな雰囲気が広がっていた。BGMには、テンポのゆったりとしたピアノの伴奏曲が中心に選ばれており、心安らぐ空気を作り出している。加えて、テーブルや椅子は木材にこだわっているようで、所々に据えられている観葉植物といい具合にマッチして、優しい香りが店内を包み込んでいる。
そして、それ以上にこの店内の幸せ指数を著しく上昇させている要因は、中にいるお客さんによるものだろう。
つまり、カップルの多さである。右を見ても、左を見ても僕と同じくらいの年代のカップルが仲睦まじく、恋人との会話に興じている。
普段の僕からすると、アウェーな空間に間違いないので緊張は必至。でも、そんな緊張を感じる傍ら、夢川さんがこのお店をチョイスしたことに感激を覚えていた。
だって、普段の夢川さんって言ったら、まるで壊れたロボットのように、UFOキャッチャーの話しかしないんだもん。そんな彼女が、こんなお洒落な喫茶店をチョイスしてくれる感性を持ってくれていたなんて感涙ものですよ。
UFOキャッチャー大好きってところ以外は、普通の女の子なんだなぁ。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
感激に浸っていると、注文する番になった。おもてなしに満ちた笑顔で店員さんがお出迎えだ。
「えーと、じゃあこのチョコレート…フラペチーノを一つと、夢川さんは何にします?」
後ろにいる少女を振り返って声をかけるも、返事がない。っていうかいない?
あー軽いデジャブを覚える……。が、いくら夢川さんでもクレーンゲームをしに行ったわけではなかった。角の方にある座席に腰かけている。良かったぁ。ここで安心する僕も僕だけどね。
彼女は僕の視線に気づくと、早く早く!みたいな視線を向けてくる。まぁ、夢川さんも後で頼むだろうし、早く注文済ませて行こう。
「とりあえず、それだけで大丈夫です」
店員さんに向き直り伝えると、なにか微笑ましいものを見るかのような目で見られた。
「かしこまりました。チョコレートフラペチーノをおひとつですね。左手にずれてお待ちください」
待つこと暫し。別の店員さんがフラペチーノを提供してくれる。ストロー2本と一緒に。何で2本?とか疑問に思ってると、
「お幸せな時間を彼女さんとお過ごしくださいませ」
そう言って微笑む店員さん。そこで、ようやくストロー2本の意味に気づく。
「あ、ありがとうございます」
夢川さんとはまだそういう関係じゃないんだけど、周りからそんな風に見られているのかぁ…。ふふふ。いやぁ、勘違いされちゃって、困るなぁ…。ふふふ。
そのまま『彼女』の待つ座席に向かい、横の席に腰かけると、尋ねてくる。
「どうしたの?青島君。にやにやしちゃって。気持ちわるいわよ?」
君に言われたくないやい!ねんどろいどに頬擦りしながらにやついていた人にはね!
そんな僕の内心を知らない少女は、待っていましたとばかりに笑みを浮かべて本題に入る。
「じゃあ、クレーンゲーム部について詳しく教えて!」
こほん。気を取り直して。
「はい。あ、でも先にチラシ見てからの方がいいかも。僕もまだよく読んでいないですし」
僕はさっきチラシの山から見つけた『クレーンゲーム部』のチラシをテーブルの上に置く。
二人でチラシに目を通してみると、こんな内容だった…。
あなたの好きなものをわしづかみ!クレーンゲーム部です♪
対象:
アットホームな雰囲気で未経験者も大歓迎!!
がっつり参加したい君も、
暇な時に参加したい君もウェルカム!!
日時:
明日の放課後16時からは、
皆お待ちかねの説明会♪
場所:308号室に集合だщ(゜▽゜щ)
困ったことがあったら、
優しい先輩が全力サポート!
詳しいことは説明会にてご相談ください!
説明会へのご参加お待ちしてまーす!!
…うん。クレーンゲーム部のチラシがあったのに興奮してよく読んでなかったけど、これかなりの地雷臭がするよ?
いかにもブラック企業の求人みたいなんだけど…。まぁ、こんな謳い文句に惹かれる人なんているわけ…
いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ここにいましたよ!
夢川さんめっちゃ目を輝かせてますやん?!え?うそ?このチラシのどこにそんな要素あった?なんて素敵なの…とか言ってるけど、逆にどこが素敵なの?!
いかん夢川さん、将来超ブラック企業とかに入社してそう。そんでもって、笑顔で残業代なしの残業とか毎日やっちゃいそう。
ここは早いうちに目を覚まさせてあげないと。とか思っていると、案の定少女はこう言った。
「私この説明会に行ってみたいわ」
「本気で?!」
「うん。すごく魅力的だし」
「正気?!」
「え?なんか私頭の心配されてる…?よりにもよって青島君に?」
さらっとディスられた?!
「ちょっと待ってよ!夢川さんの中で僕の位置付けってどうなってるの?!」
「うーんと…。変なオタク…とか?初日に先生に熱弁してたし」
消し去りたい過去ぶっこんできましたよ?!
「あ、でも、UFOキャッチャー好きに悪い人はいないから大丈夫」
UFOキャッチャー好きがプラスポイントになってるのね…。複雑すぎる。これ以上は聞かない方が良さそう。精神の安定的に。
「と、とにかく、この部の見学は止めておいた方いいよ」
「えー。そもそもこのチラシ持ってきたの青島君なのに?」
「そうなんだけど、よく読むとまた違った感想湧いてこない?!」
「えーと、楽しそうとか?」
うん。夢川さんの頭の中はきっとお花畑なのだろう…。
どうしたものか?とこめかみをおさえている横で、快活な声で少女は続ける。
「クレーンゲームをやる人が集まるのだから、きっといい部活よっ!」
正直、あまり乗り気ではないが、この純真無垢な少女を守るのは、男の役目…。夢川さん1人でこんな部活の見学に行かせるわけにはいかない。仕方ない。ここは僕が付いていってあげなくては。
「夢川さん僕も一緒に行っていいですか?」
「勿論よ!青島君もUFOキャッチャー大好きだもんねっ。下手な青島君もこれで上手くなるわね」
女子にさ、しかも好きな子に下手とか言われると、男のメンツ的にあれなんだけど…。まあいいや。
「それじゃあ、明日は説明会にレッツゴーねっ」
「うん」
一先ず明日、地雷臭ぷんぷんの部活説明会に行くことに決定になった。
「そういえば、青島君がさっきから飲んでいるもの美味しそうね」
飲みたそうな顔をして、フラペチーノを見つめる夢川さん。
思わぬところでチャンス到来!店員さんの用意してくれたストローが活躍するときが来ましたよ!
「良かったこれ飲み…」
「私も注文してくるわっ。のど渇いちゃったし」
言うや否や、注文する場所にすたすた向かっていてしまう夢川さん。その後を目でおっていると、不意にさっきの店員さんと目が合う。
同情的な目で見てくる店員さんから目線を逸らし、フラペチーノを飲み込む。
あぁ、フラペチーノって美味しいな…。あはは…。
プロキャッチャーを目指す僕、君の心もキャッチしていいですか? 桜井 空 @11921230
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