第5話初投入日だからこそね、店員さんお手柔らかにお願いします

 僕は屍。それ以上でもそれ以下でもない。登校日の初日、美少女にオタばれした挙句、盛大なため息をつかれて僕のハートはブロークンハート。本来であれば入学式の日というのは、新しい友達との出会いに期待を胸に、隣に座った人と自己紹介し合ったりするものだが、屍となった僕にはどうでもいいことだ。


 そんな僕に対しても、数人のクラスメイトは話しかけてくれてはいたようだ。でも「ああ」とか「うう」とか適当に返事しているうちに、いつの間にやらいなくなってしまった。賢明な判断だ。ミイラ取りがミイラになるってことわざもあるくらいだからね。ははっ。


 そして迎えた放課後、佐藤先生からねんどろいどを返してもらい、帰宅のためバックを取りに教室を戻る。空虚な空間がお出迎えだ。まるで僕の心の中を代弁するかのように。ははは。そんなことを一人で呟きながら、荷物をまとめていると近くから声がかかる。



「は、初めましてだよね?」



不意に静かな教室に響き渡る可憐な声。10代くらいの少女のそれは、僕の心拍数を上げるのに十分なものだった。


 僕が無言でいると、鈴の鳴るような声が後を継ぐ。



「あなたが来るのを待っていたんだ」



僕はテンションが上がって、声の発生源に手を伸ばす。そう、自分のポケットのスマホを手に取る。


 あ、スマホの通知音切るの忘れてたわ。今まで流れてきた可愛らしい女の子のボイスは、全部僕のスマホの通知音。魔法少女アミたんの第一話『邂逅』より、『主人公雄太と魔法少女化する前の亜美』の初対面シーンのものである。この回は後半において明かされる重要な伏線が盛りだくさんなので要チェックだ。


 まあ、そんなオタ話はさておき。残念ながら、美少女が教室で僕のことを待っているなんてシチュエーションは現実にないのである。でも、亜美たんに元気をもらった僕はもう大丈夫。僕は二次元に生きるんだ、という決意を固める。


 そうと決まれば話は早い。二次元の嫁たちに会うためにまずはゲーセンに向かおう。


 なんたって、今日は、魔法少女アミたんのライバルであり親友、イザベル嬢のフィギアが景品に並ぶ日なのだから。是が非でもゲットしたい。僕は足早に学校を後にした。





 最寄り駅のゲーセン『アニバース』にて。


 早速お目当ての景品を扱う台を探す。イザベル嬢の初投入日ともあって、同士たちの入りは上々。できるだけ早くプレイしたいところだが、これだけ同士がいるのなら時間がかかるかもしれない。とか思いながら台を探すと、幸運にもイザベル嬢のフィギアを扱う3つの台のうち1つが空いた。誰も並んでいなかったので、すぐにスタンバイ。待っていろ、イザベル嬢!すぐにアミたんに会わせてあげるからね。


 台の種類は、フィギア景品の台ではオーソドックスな『橋渡し』。二本の平行棒の上に、景品が置いてあって、平行棒の隙間に景品を落としてゲットするっていうあれね。


 投入口を探して、早速100円投入。操作する手が汗ばんでいるのを感じる。高校生にとって100円というのは決して安い金額ではない。だからこそ、慎重に『→』ボタンを押す。


 ん?動かない…。何で?もう一度押してみるけど、うんともすんとも言わない。


 しばしの葛藤する僕。そんな僕の様子を見かねた名もなきお兄さんが優しく教えてくれた。


「少年よ。この台は、1回200円なのである」


「え…」


「驚くのも無理はなかろう。大抵の台は1回100円なのにも関わらず、初投入日の台に限って1回200円。なんらかの陰謀が働いているに違いない。それを踏まえた上で、この勝負おりるか?それとも続けるか?」


名もなきお兄さんは、僕を試すかのように問いかける。


 1プレイ100円だけでもかなりの出費なのに、1プレイ200円は正直きつい。来月のアニメイベントのために貯めておいた資金を取り崩さないといけなくなるかもしれない。ほんと店員さん、初投入日に1プレイの値段上げるの勘弁してください。切実にお願いします。


 でも、そうは願っても1プレイの値段が下がったりするほど現実は甘くない。僕は自分の使命を思い出して、台に向き直る。僕の決意を汲んでくれたようで、名もなきお兄さんはスッと後ろに引き下がる。


 それからというもの、僕は投入口に湯水のようにコインを投入し、なんとか6400円でゲットに成功。


ゲットしたときには、嬉しくて思わずガッツポーズをとる僕。そんな僕に対して、名もなきお兄さんを含めて同士たちは拍手を送ってくれた。みんないい人たちだなぁ。


 感激に浸った後に、取ったイザベル嬢のフィギアを頬擦りしながら帰路につく僕の視線の先に、ストレートボブの美少女がいた。


「「あ」」


 彼女と僕は同じタイミングで、互いの存在に気づく。大粒の汗が額にじんわりと広がっていく僕。


 その後、どうしたかって?勿論、その場から即座に脱出したさ。


 ヘタレとか言うんじゃありません!


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