第6話3度目のコイン投入!なんかゲームがはじまらないんですけど?!
「ねえ知ってる?うちのクラスに入学成績トップの生徒がいるって話」
「え、そうなの?誰々?」
「なんでも、夢川さんらしいよ、ほら窓側の一番後ろの席にいる人」
「あの人頭いいんだー、でも待って、夢川さんって確かテニスの中学大会で優勝した人じゃない?」
「マジで?!そんでもって、あんなきれいなのかよ。もう反則だろ」
「ほんと。外見よし、成績よし、更に運動神経よしときた。もうこの学校一の美少女は夢川さんしかいないな」
こんな会話をしている生徒の中に無論僕は含まれていない。全部クラスメイトが話していた内容である。いや盗み聞きしていたわけじゃないよ。ただ、僕が廊下側の一番前の席で突っ伏していると、聴覚だけが冴えてしまってみんなの話し声が聞こえちゃうだけなんだ。
入学式の翌日。僕は二重の後悔に苛まれていた。一つ、入学式の初日に屍と化していたため、友達づくりに出遅れたということ。一つ、昨日ゲットしたイザベル嬢は、全2種の片割れにすぎないということ。実は、昨日入手したイザベル嬢はver.天使であり、ver.悪魔の存在を忘れていた。オタクと名乗っている僕を殴ってやりたい。これではオタク失格だ。
この二つのうち僕の後悔の比重を考えると、友達づくり<<<<<イザベル嬢ver.悪魔となるから、やっぱり後悔しているのは一つだけかもしれない。
さて、それとは別のベクトルで気になっていることがある。そう。先ほどクラスメイトの話にも挙がっていた夢川さんなる存在である。僕を二次元の嫁に追いやった張本人だ。
完璧美少女である夢川さんは、昨日僕が美少女ねんどろいどを所持していたことにご不満があったらしく、盛大なため息をつかれた。僕みたいなオタクは生理的に受け付けないご様子。まあ、僕も三次元の女性なんて興味ないから別にいいんだけど…。
すいません、強がりました。ほんとはめっちゃ気になります。だって、パーフェクト美少女だよ?正直、男子高校生の友情とかよりも、美少女との恋愛の方が俄然気になりますって絶対。ラノベとかアニメとかにはよく出てくる学園一の美少女だけど、まさか本当に存在するなんて夢にも思わなかったさ。
ただ、そうは言っても結局クラスが同じっていうだけで、接点なんて現時点で皆無。今後もないだろうけど…。はぁ……。
いけないいけない。ネガティブ思考に陥るところだった。学園一の美少女とクラスメイトってだけでも光栄なことだよね。うん。そうだ。
折角だから、クラスメイトという特権をここぞとばかりに行使しよう。そう思った僕は起き上がって、夢川さんの方に目をやる。
夢川さんは席に座って、窓の外を眺めている。ただそこにいるだけなのに、彼女の存在感は圧倒的だった。周りの生徒は彼女を支える脇役となり、机や窓といった彼女を取り巻く環境は舞台装置になる。あたかも夢川さんという主人公をより一層輝かせるために、神様が演出を考えたかのようだ。
目を奪われていると、不意に彼女がこちらを振り向く。一瞬彼女が微笑んだかのような気がしたが、慌てて目を逸らしてしまったので真相は定かではない。
ただ、僕の心臓がバクバクとしていたのは確かだった。その正体を自覚するのはもう少し後になる。
その後も交友関係を広げることなく迎えた放課後。ゲーセン『アニバース』にて。
HRが終わると同時に教室を出てダッシュしたのにも関わらず、既にイザベル嬢のフィギアを扱う台には列ができていた。やっぱり並んでるよなあ。昨日はたまたま運が良かっただけかー。
ぶつぶつと独り言ちながら、列に加わる。スマホでUFOキャッチャー動画を見て時間を潰しながら、待つことしばし。
ようやく僕のターン。コイン投入口に100円玉を2枚入れてスタート。相変わらず1回200円かかるのは頂けないが、昨日の反省を活かした僕の手さばきを見るがいい。
慎重に『←』ボタンを押しながら、イザベル嬢にクレーンを近づけていく。ちょうどフィギアの真ん中あたりで止めることに成功。ここで深呼吸。ふー。汗でべとついた手を一度服で拭いてから、『↑』ボタンで景品の真上にワープ。
軽快な音を鳴らしながら、降下していくクレーンは対象をがっしり掴む。よし!UFOキャッチャーってコツさえ掴めば楽勝じゃん。余裕余裕。
と思っていた時期が僕にもありました。がっしりと掴んだかのように見えたアームは、景品を避けるかのように上昇していく。そして、クレーンは何も掴まないまま初期位置に戻る。
それを無表情で眺める僕。何も掴んでいないくせに、排出口の真上で一回アームを広げるこのクレーンがにくい。
そんな負の念を感じていると、僕の足に何かがぶつかる。我に返って、足元に目をやると100円玉だった。
「すいません」
100円玉を拾いながら、声の主に視線を向ける僕。その先には、ストレートボブの美少女が一人。噂の完璧美少女こと夢川さんだった。
「ゆ、夢川さん?」
「はい、夢川ですけど…。えーと、どちらさま?」
僕の言葉に、不思議そうに首を傾げる夢川さん。僕のようなモブキャラ覚えてないですよね…。わかってはいるんですけど、ショックです。はい。
でも、彼女はくりくりした瞳でじぃーっと眺めた後、得心したように表情を変えた。もしかして僕のことをおぼ…
「あ、昨日セクハラしてきた人」
「いやいや、セクハラなんてしてませんって!夢川さんとはHRで一言話しただけですし」
唐突に出てきた変質者疑惑を即効で否定する僕。それに対して、ジト目を向けてくる黒髪少女。
「その時よりも前の話よ。君、登校時間ギリギリに学校近くの角にいた人でしょ?」
夢川さんの言葉に導かれて、昨日に思いを馳せる僕。そういえば、屍となる前に何らかのフラグがあったようななかったような。
そうだ!確か、僕の手が見知らぬ生徒の女の子らしい部分をキャッチしてしまったのだった。まさか夢川さんのたわわなボディだったなんて。あの時の感触は忘れられない。えへへ。
…ハッ!がっつりセクハラしてた。
「すいませんでしたぁぁぁ、不慮の事故とはいえセクハラしてました」
土下座する勢いで頭を下げてお詫びする。ただ、内心では実のところワクワクしている気持ちもあった。おっと、僕はハードなご褒美に興奮しているドMとかじゃないよ。一応。
そうじゃなくて、恋愛フラグが経ったのが、他でもない夢川さんだったことに喜びを感じてるってことね。こうなると、イベントの定番としては、『もう信じられないっ』的なことを言いながら僕を罵倒してくるとか、『お姉さんの家でもっと楽しいことする?』的な言葉で僕を誘惑してくるとかだよね?さぁ、何が来る?ゴクリ。
でも、返事がなかなか来ない。10秒くらい経ってもまだない。恐る恐る顔を上げてみる。
すると、さっきまで目の前にいた夢川さんがいない。ん?夢川さんは何処へ?
辺りをきょろきょろ見回してみると、僕がやってた台から一台挟んだ台に真面目な顔で向き合う少女を発見。
気を取り直し、近づいてから声をかける。
「あの夢か…」
「静かにっ!」
僕の声は、美しくでも鋭い夢川さんの声によって遮られた。ぱっちりとした瞳はクレーンを見据えたまま、華奢な指はボタンを押したままの状態で。
真剣にクレーンゲームを見据える彼女の後ろに、口を閉じて待機することしばし。周りにいるギャラリーが僕に向けてくる奇異な視線も気になる。でも、それとは別に、いやこれ以上に『何かが違う』感が僕を襲う。期待していたイベントが何故だか起きない…。
それから5分後。彼女は戦利品を携えて僕の方に向き直る。
「あ、あれ?お待たせしちゃった?」
夢川さん完全に僕の存在忘れてましたよね?今めっちゃビクッってなってましたもん。
「いえ、僕の方こそすいませんでした」
「そんなに謝らなくてもいいって。私もバックぶつけちゃってごめんなさい」
「とんでもないです」
「うん、無事和解ねっ。じゃ!」
そう言って、片手を挙げて別れの挨拶を述べる夢川さん。てくてくと僕の前から立ち去ろうとする。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」
この人僕が待ち望んだ恋愛フラグをここぞとばかりに折りにくるんですけど?!
大きな声に戸惑いを示して立ち止まる夢川さんだったが、黙考した後に急に笑顔になる。
「もしかして君もUFOキャッチャー好きなの?」
美少女の突然の微笑みにどぎまぎしてしまった僕は、首を縦に振ってしまう。
そこでより一層の笑顔をたたえた彼女は、楽しげな声で誘ってくる。
「やっぱり!じゃあ、一緒にまわりましょっ!ここにある景品コンプするわよっ」
不意に手を引っ張ってくる夢川さん。その行動に僕の心拍数は急上昇。恋愛フラグとか一切合切どうでもよくなるほど、胸のあたりがあたたかくなってくる。
ああそういうことか。昔読んだラノベのヒロインが言ってたことがやっと理解できた。
『恋はするものじゃない、自然と落ちちゃうものなんだよ』
かくして僕は、この残念な美少女に恋してしまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます