第3世代ミニ四ガールズ 1ちゃんす!
にへいじゅんいち
第1話 発進! ミニ四駆部!!
SECTOR-1: AYUMI-1
必死でつくったミニ四駆部の申請書が受け取り拒否?
あたしは生徒会長へ直談判しにいった!
「なんでミニ四駆部はダメなんですか!」
あたしは思わず、長机に向けて両手を突いた。放課後の生徒会室に乾いた音が響いた。
ずいっと顔を近づけても、生徒会長の表情は変わらない。
「私が認めない。それ以上の理由が必要かしら?」
チタンフレームの眼鏡の奥、鋭利な光にひるみそうになるが、あたしは負けるわけにはいかない。
「書類は全部揃えました。顧問のセンセも見つけてます。その上で受け付けないってのは、職権濫用ってやつじゃないですか?」
「生徒会長として、当然のつとめを果たしているまでよ」
「なら、トゥインクル学園校則にもあるでしょう! 《我が校は学生の自主自律を尊重する》って!」
「おなじ校則の、第十一章一六八条にはこうあるわ。《部活動は、生徒の心身を健全に育成するものについて、これを奨励する》と。ミニ四駆のレースで、何か成長するものがあるのかしら?」
「レースはあたしに大事なものを教えてくれるんだ!」
あたしはもう一度、両手を強く机に突いて、叫んだ。
みんな二言目にはそういう。でも、そうじゃないんだ。レースは、ミニ四駆のレースには大事なものがたくさん詰まってるんだ!
あたしの鼻息が、生徒会長のメガネを曇らせる。
「じゃあ、質問を変えるわ」
会長は席を立ち、あたしに背中を向けた。長い髪が、振り向き際にふわっと広がる。
「涼川さん、あなた勝てるの?」
「んっ……」
一瞬、ひるんだが、あたしは言った。
「当たり前だ!」
「証拠は?」
「そんなもんはないけど……でも、これまで何度もレースに勝ってきた! だから、部活になって、『財団』に登録して《バーサス》を入れてもらえれば!」
「そんな泣き言、『すーぱーあゆみん』のいうこと?」
地元のレースのエントリーに使ってるあたしのハンドルネーム。生徒会長が、それを知っている。そこまで調べたのなら、あたしの強さを知っているのなら、なぜあたしの言葉は届かない?
「証明しなさい! あなたがミニ四駆で勝てることを。それができないなら、トゥインクル学園中等部の部活としては認められない!」
「証明すりゃ、いいんです、ね……」
あたしは、ごくりと唾をのんだ。
「わかりました会長。じゃあ、エリア最強の女子中学生チューナーに、三日以内にレースを申し込んで……叩きのめす!」
胸の前で、拳をにぎる。
生徒会長はあたしには見向きもせず、手元のスマホに指を滑らせ、無言で突き出す。
表示されたのは電話帳。発信スタンバイされているのは……「赤井、秀美! エリア最強チューナー、人呼んで、女帝(エンプレス)!」
「挑戦相手はこの人、でしょ?」
「く……」
「三日もかけるなんてもったいないわ。明日トゥイン中に来てもらえそうなら、来てもらう。それでいいわね?」
「ちょ……」
あたしが返事するのを待たずに、会長はスマホを耳に近づけた……。
SECTOR-2: KANADE-1
生徒会長たるもの、学生から嫌われるのも仕方がない、とは思うけど……。
気がつけばあいつにリダイヤルしてた……。
「うん……うん、そういうことで。昼間も突然で悪かったわね」
『ま、こっちのプラス1ポイントってことにしとく』
「うん」
「じゃあ明日、ウチの学校の《バーサス》持って行かせてもらうわ」
「ありがとう」
『そんなに意地張んなくてもいいんじゃない? 楽しくやれればそれでいいじゃない? 楽しくやれれば、それでいいと思うけど』
「そういうわけにもいかないのよ……」
『ま、行かせてもらうわ。それと、あなたのことも待ってるから』
「うん……」
私は通話を終わらせ、スマホをベッドの上に置いた。自分の部屋の空気は蒸し暑く、開け放した窓から入る空気も熱気を帯びている。全寮制で相部屋が基本だけど、生徒会長特権とやらで、私には一人部屋があてがわれている。枕元に置いた書類をつかむ。
『部活動新設届出書』
よく言えば勢いのある、悪く言えば乱暴な字でかかれた1枚の紙。
○設立を希望する理由
ミニ四駆は発売から三〇年を越える模型自動車のホビーです。最近では、クルマの性能を読み取り、バーチャル空間でのレースをシミュレーションする《バーサス》という機械が開発され、女子中学生が参加できる大会も開かれています。私は、トゥインクル学園にミニ四駆の速さをみがく部をつくり、選手権への出場資格をもらって大会に出場します。そして、勝ち、全国大会に出場し、トゥインクル学園を最強のミニ四駆中学にしたいと考えています。
○部長
二年Z組 涼川あゆみ
○部員
(空欄)
○顧問名前、印鑑あり
確かに、書類にはなんの不備もない。いや元々部の新設に関して明確なルールはなかった。それを、あの涼川あゆみという子は乗り越えて、校則を読み込み理解した上で動いている。
この書類も、どうせ無理だと思って吹っかけたつもりが、きちんと作ってきてしまった。
でも、許したくはない。
ミニ四駆は、あくまで趣味の範囲でやるものではないのか?勝ち負けにこだわるからこそ、痛みや苦しみもまた生まれるのではないか?
部屋に目を移すと、ポータブルピットに突っ込んで、クローゼットの奥に押し込んだ、《それ》の気配を感じる。ただのプラスチックのカタマリのはずなのに、《それ》はみずから熱を持っている。そう、感じる。
「やっぱり、逃げられないのかな」
私は、ベッドにからだをあずけた。柔らかなスプリングがぐっと縮んで受け止めてくれる。
「この、熱気から」
独りごちたとき、吹き込んできた風に、カーテンが揺れて広がった……
SECTOR-3: AYUMI-2
ついにきた決戦の日! このレースが終われば、あたしの運命が決まる。
……ってなんの騒ぎよこれ!
体育館にはブルーシートが敷かれ、中等部の生徒だけでなく、高等部のセンパイがたも押しかけて、甘ったるい空気が充満していた。
ステージ上にはプロジェクターが設置され、巨大なスクリーンには既に《バーサス》がつくりだしたサーキットの映像が映し出されている。
「いま到着したようです! トゥインクル学園に、新たな歴史を刻もうという勇気あるアスリーテス! ひとよんで『すーぱーあゆみん』、涼川あゆみ選手~!」
放送委員で同じクラスの沢井ちゃんが、マイクをつかって大音量であたしを呼んだ。百人に迫ろうかというギャラリーの視線、そして喚声を受けて、あたしは……震えながらニヤリと笑った。
これだ。こういうときの、体が熱くなる感じ。これがたまらないんだ。あたしはブレザーの上着を脱ぎ、ポケットにいれていた真っ白なハチマキを締めた。ふわふわする気持ちを、この締め付け感が押さえ込んでくれる。これが、レースだ。
「うっしゃーっ!」
あたしは上着を肩にかけてステージへ走っていった。
もうステージ上には、《バーサス》が二台、並んで設置されている。店頭でもなかなか見ない軽金属の筐体。プロジェクターにHDMIケーブルでつながれていて、インディアナポリスを模したオーバルコースの様子を映し出していた。
なんとか勝って、これをゲットしないと。
「それでは本日のゲスト! マラネロ女学院からの使者! 《エンプレス》ともよばれる女子中学生最強チューナー! 赤井、秀美選手!」
ステージの袖から、長身が現れた。
スラッとスリムなシルエットは、ショートカットと相まって無駄を感じさせない。だけどそれより、言葉を交わす前にわかる、スペシャルな空気をこの人は持っている。
「わるいわね」
知らぬ間に近づいた生徒会長が、あたしの背中越しに声をかける。
「いいのよ。私も《すーぱーあゆみん》と一度お手合わせ願いたいと思っていたから」
「あ……どうも」
差し出された手を、あたしはあっさりと握り返してしまった。そういう説得力が、女帝の笑顔にはあった。
だけどあたしは釣られて笑うわけにはいかない。この壁を乗り越えられなければ、すべてが終わってしまうのだから。スクールバッグから、あたしは相棒を取り出した。エアロサンダーショット。流れるボデイラインが、水銀灯の下で輝いている。
「それでは! トゥインクル学園ミニ四駆部の設立をかけたエキシビジョンマッチが始まります!」
SECTOR-4: RACE
-COURSE: SUPER SPEEDWAY OVAL
-LENGTH:3.2km
-LAPS:100
-WEATHER: SUNNY
-CONDITION: DRY
1P
-CAR:AERO THUNDER SHOT
-CHASSIS:AR CHASSIS
-TUNER: SUZUKAWA, AYUMI
2P
-CAR: FLAME ASTUTE
-CHASSIS:AR CHASSIS
-TUNER: AKAI, HIDEMI
LADYS, START YOUR MOTOR.
FORMATION LAPS…
SAFETY CAR IN THIS LAP…
GREEN FLAG!
GO!
LAP:1/100
先手をとったのは涼川選手のエアロサンダーショット。ダッシュで有利なローハイトタイヤを履く赤井選手のフレイムアスチュートを強引に押さえて前へ出る。
一周二マイルのオーバルコース、二台のマシンは時速四〇〇キロに迫るスピードで駆け抜けていく。
第四ターンからコントロールラインへ。オープニングラップを奪ったエアロサンダーショットはトップスピードに乗り、ぐんぐんと差を広げていく。
LAP:45/100
P1 AYUMI
P2 HIDEMI <+20.428>
涼川選手と赤井選手のラップタイム差は一周あたり0.5秒弱。二台とも安定したラップを刻んでいた45周目、涼川選手のエアロサンダーショットのラップがガクンと落ちる。
大径タイヤを履くエアロサンダーショットは燃費に劣る。赤井選手がペースを抑えていたのではなく、涼川選手がオーバーペースということが明らかになる。
LAP:47/100
P1 HIDEMI
P2 AYUMI <+15.347>
エアロサンダーショットのペースが落ちたことを確認した涼川選手は、マシンにピットインを指示。
アンダーパネルが外れるARシャーシの利点を活かし、すばやいバッテリー交換でコースに復帰したが、ロスタイムは大きく、赤井選手がリードを奪う。
LAP:86/100
P1 HIDEMI
P2 AYUMI <+5.682>
残り一五周を切り、涼川選手は追い上げるが全開走行はできない。万が一バッテリーを消耗し、二度目のピットインをしてしまえば負けが確実となる。一方で赤井選手も残り周回数とタイム差をチェックしながら、淡々と周回を続ける。
バッテリー残量は数字で現れないため、お互いのペースを見ながらの緊張した時間が流れていく。残り周回は一〇周に迫った。
SECTOR-5: AYUMI-3
このまま何もできないで終わるなんてできない!
いざ勝負、女帝!
もう、残りは一〇周を切った。
差は三秒。エアロサンダーショットに、ひとことペースアップを命じれば、マシンは加速して前に出るだろう。でもそうすると、一気にバッテリーを使ってしまい、ゴールできないかもしれない。だからうかつには加速できない。
たとえ《バーサス》上でのレースでも、ミニ四駆だから操縦はできない。あたしにできることは、インカムを使ってマシンに指示をすることだけ。そのタイミングひとつだ。
相手のバッテリーの残り、タイヤの寿命、それらは全てラップタイムと、モニターのなかに作られた映像から判断するしかないい。
残り五周、差は一・五秒。
もう行くしかない! あたしはガマンしきれなくなり、《バーサス》につながるインカムのマイクを口に近づけた。
「ペースアップ、マイナス四(一周で〇・四秒ペースアップ)」「COPY(了解)」
コクピットからの通信がとどいた瞬間、エアロサンダーショットは鋭く加速した。差をゼロにすべく、フレイムアスチュートのアウトに並ぶ。さっきまでのタイム差なら、残り一周で前に出られる。そうすればあとは大径タイヤの最高速に任せていれば大丈夫。
そう思っていたけど、そう簡単じゃなかった。
「そうこなくちゃ、ね」
「エンプレス……」
フレイムアスチュートもペースアップ、バッテリーがどこまで残っているのかはわからないが、あたしが動くのを待っていたっていうことだろう。
エアロサンダーショットはジリジリ差を詰めていくけど、もう時間がない!
ひとりで走らせているだけでは得られない、この興奮。自分にプレッシャーをかけて、それを乗り越えていく、この喜び。自分のホビーに学校を巻き込むってのは、確かにわがままかも知れない。でも、いま感じているざわめきを、もっと長く、もっと強く感じていたい。このキモチに嘘はつけないから。
バッテリーはまだ持つ。全開同士の戦いならば、トップスピードで勝っているエアロサンダーショットに有利。
ファイナルラップ。このまま黙って終わってしまったなら、もう、あたしは走れない。負けてもいい。のこり1度のチャンス、ワンチャンスに賭けたいから!
「サンダーショット、全開!」
「COPY」
最終のホームストレート、二台は並んだ。第一ターン、第二ターン、併走したまま。
第二ターンの立ち上がりでフレイムアスチュートが鋭く加速するが、エアロサンダーショットがとらえた。シャーシ半分前に出たまま、第三ターン。こういうときに何もできないミニ四駆はもどかしい。このもどかしさこそがミニ四駆なんだけど!
最終の第四ターンへ。
「あっ!」
あたしにはわかった。バッテリーが急激に消耗する地点、いわゆる「崖」に達したこと。わずかにスピードが落ちたエアロサンダーショットに、フレイムアスチュートが並びかける。
第四ターンから直線へ。差は縮まる。縮まって、縮まって、最後は目をつぶってしまった。
SECTOR-6: HIDEMI-1
これで私の役目は終わったわ。「すーぱーあゆみん」、この決着はいずれつけましょう。
体育館中を、トゥインクル学園生徒の大歓声が包んでいた。
私は《バーサス》のインカムをはずして、勝者の横顔を見た。信じられない、というよりは不満、といった方がいいだろうか。奏からの話では、これでミニ四駆部の設立が認められた、というはずなのに、何だろう。
私は、その理由を確かめたくて、そして、トゥインクル学園ミニ四駆部の設立に、おめでとう、と言いたくて涼川さんに近づいた。
「どうしてですか」
私が差し出した手を見つめて、涼川さんは言った。
「何が?」
「何で最後、ペースダウンしたんですか」
「え?」
しまった、露骨だったか? という心の声が聞こえてしまっただろうか。やはりこの娘は……。私は嬉しくなった。
「バッテリーが、限界だったのよ。あなたもそうだったでしょ?」
「いや、違います。バッテリーがなくなったのなら、スピードの落ち具合はもっと緩やかなはずです。でも、あなたのマシンは第四ターンを抜けたところで、急に遅くなった」
「ニッケル水素バッテリーのネオチャンプなら、よくあることじゃない?」
「それにしてはおかしい!」
かかった唾を、私はぬぐった。
「だとしたら、どうする?」
「え?」
「私がもし、わざとペースダウンしたとしたら、どうするの? あなたはミニ四駆部設立、そして『選手権』へ出場するためのストーリー、その最初のステップをクリアしたんでしょ?」
「だからって、だからってそんな情けをかけられるなんて!」
「その前に、まずは、みんなの方を向いてあげたら?」
ステージ下、詰め掛けたギャラリーから「あゆみ」コールが起こっている。みな、新たな学園のヒロインの声を聞きたがっているのだ。
「あ……」
「さ、トゥインクル学園ミニ四駆部キャプテン、涼川あゆみさん」
私は彼女の背中を叩いた。
「次は、最後まで堂々と勝負してください!」
「ええ。楽しみよ」
ゆっくりとステージ中央へ歩いていく姿を見届けて、私はステージの袖に引っ込んだ。
「お疲れ様」
「これでよかった? もう少し上手にした方がよかったかしら?」
「ううん、その辺は秀美のやり方があるし」
「そう」
袖に置いてあったバッグにマシンをしまう。ステージ上に残った《バーサス》を片付けようと思ったが、どうやら涼川さんへのインタビューが始まるみたいだ。
「また呼んでよ。いつでも受けて立つ」
「うん」
「あなたの挑戦もね、奏」
SECTOR-FINAL: AYUMI-4
もっと強く、もっと速く、あたしはマシンを磨いていきたい!
そのための場所が、ミニ四駆部だ!
「えー、あたしのレースに、何でだかわからないけど、こんなにも多くの人たち、高等部のセンパイまで来ていただいて、応援してくださって、どうもありがとうございました。
何とか、こう、勝つことができまして、これで、生徒会長から条件として出されていたこともクリアできたので、これで堂々と、ミニ四駆部として活動できるのかな、と思っています。
ミニ四駆は、こんなにちっちゃいけど、でも、あたしの夢、夢っていうとなんだかはずかしいけど、でも夢が詰まってます。
あたしは、レースで勝ちたい。ミニ四駆チューナーなら、みんなそう思ってます。二位とか三位とかになるためにマシンを作るんじゃなくて、勝ちたい。みんな、勝つためにマシンをつくって、勝つためにレースをしています。そのために、いろんな工夫とか、難しい改造とかも、なんとかやってます。
でもおんなじくらい、楽しく走らせたいとも思ってます。さっきと言ってることがちがうけど、でも負けることも受け入れて、そういう勝ったり負けたりしながら、速くなっていければいいなって。そのためには、やっぱり中途半端じゃダメで、やるからには全力で、だからこそ楽しくなるんじゃないかなって。そのための場所として、みんなでそういうことができるための場所として、このトゥインクル学園にミニ四駆部がほしかった、それがようやく実現できそうです。
正式な手続きはこのあとになりますけど、今回きてくれたひとの中で、ミニ四駆に興味をもってくれたひとがいたら、是非、ミニ四駆部に来てください。一緒にはしらせましょう!
今日は本当に、ありがとうございました!」
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