第10話 カナガワ地区大会、決勝!(上)

SECTOR-1:RUNA-1

いよいよ耐久レースがスタートします!

さっき見せられたニューマシン、あゆみちゃんってすごい!

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《スタート10分前です》


 アナウンスに合わせて、甲高いサイレンが鳴りました。ピットの外のざわめきも一段と大きくなってきたようです。予選を残念ながら通過できなかったチームも、ほとんどが会場に残って決勝のレースを見ていかれるようです。少し、緊張してきました。


「みんな、準備はいい?」


 あゆみちゃんが声をかけました。

 その手には、さっき見せられたニューマシン、エアロサンダーショット《フルカウラーV》が握られています。


「私と会長は、ピットウォールに貼り付いて作戦を練っていきます。ルナちゃんとサオトメズは、マシンの状態チェックとピット作業をお願い」

「よっしゃ!」

「承知」


 ランチのあとで各選手に1台ずつタブレットが配られました。これにはマシンの状態や全マシンのラップタイムなどが表示されるのですが、さすがに一人で全部の画面をみることはできません。チームのメンバーで役割を分担してトラブルをどれだけ少なくできるかが勝負の鍵……。そう、あゆみちゃんは話していました。


 そしてピットウォール……本物のサーキットではホームストレートに面したコンクリートの壁です……に作られた席からは、タブレットには表示されない、リアルタイムの映像がうつるスクリーンを見ることができます。そこに座れるのはマックスで2人まで。つまりあゆみちゃんと会長。


 一方で私たちはピットのなかで待機しています。ピットの中心には、《バーサス》の端末がおかれていて、バッテリー交換などのピット作業のときはここで行うことになります。


「あゆみ、そろそろ」

「そうね」


 会長にうながされて、あゆみちゃんがマシンをセットしました。流れるボディを包む、さらに流れるような衣。

《バーサス》のパネルがとじて、マシンを読み取ると、バーチャルのサーキットにも《フルカウラーV》があらわれました。


「あ……みんな驚いてるね!」


 あゆみちゃんを振り返ると、腕を組んだまま静かにうなずきました。


「あゆみちゃん、それにしてもいつ作ったの?」

「ん……前から少しずつね」

「ふーん……。」


 言いながら、あゆみちゃんはピットウォールへと向かいました。


「腹が、決まったのか」


 たまおちゃんが、不意にそんなことを言います。


「どうしてそう思うの?」

「背中が」

「背中?」

「そうです」


 ポニーテールが揺れる、あゆみの背中。確かにそう言われれば何かが変わったようでもあるし、そうでもないようにも見えますが……? まあそういうものなのでしょう。


「そっかあ」


 言ったとたん、急に、またサイレンが鳴りました。




SECTOR-2:KANADE-1

秀美のことももちろん気になりますけど、

今はキャプテンで後輩の面倒を見ないとね。私たちはチームだから。

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《スタート5分前です》


 ピットウォールの席に座り、《バーサス》のバイザーをつける。がらんとした展示場は一転して、サーキットの風景へと変わる。


「気温25度、路面温度は40度。風はホームストレートで向かい風2メートル」

「会長、ありがと」


 私の役割は、チームの司令塔であるあゆみのサポート。そしてルナ、たまお、たくみのフォローも当然ある。生徒会長とかいう肩書きはこの際しまっておこう。今は《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のひとりなのだから。


「あゆみ、ほとんどのマシンがコースインしてきてる。タイヤの選択はけっこう別れてるわね」


 ホームストレートを各チームのマシンが通りすぎてゆく。スタートはペースカー先導でのローリングスタートと聞かされた。隊列ができるまで、各マシンはウォームアップとしてコースを走っている。


「《ショウナンナンバーズ》のトップフォースは……大径バレル。《レジーナレーシング》のナイトレージも……大径。こっちはアバンテJr.のタイプ」

「うーん……。」

「あゆみ、迷ってる?」

「え、いやもう決めたことです」

「そうね。」


 あゆみは明らかに緊張している。ここは先輩としての姿を見せなくちゃ。


「……あゆみ、これから先は回りを見てから自分たちを見るんじゃなくて、自分たちのことを決めてから、回りを見るようにしよう」

「そうですね」


 といいつつも、私もあいつを、秀美を意識してるのはわかってる。もし秀美は、自分が負けたときに、ミニ四チューナーとしての自分をどうするつもりなの……。


「アスチュート!」


 弱気な思いはあゆみの叫びと、フレイムアスチュートの排気音にかき消された。

 深紅のマシンが私達の背後、ピットロードを進んでゆく。タイヤは予選と変わらず、赤いローハイトタイヤだ。


「秀美、ウォームアップもほとんどしないなんて相変わらず余裕ぶってるわね」

「マシンの状態は完全にわかってるってことですかね……」

「ほら、回りから見てる」

「あ」

「気を付けて」


《スクーデリア・ミッレ・ミリア》のフレイムアスチュートがコースインして、すべてのマシンがピットから出たことになる。

 隊列を整えるために、パトライトをルーフにのせたマシンがあらわれ、赤いマシンの前についた。


「ペースコントロール、隊列に入って」

《Copy.》


 あゆみが指示を飛ばした。エアロサンダーショットはマシンをかき分け、アスチュートに並ぶ。


「ルナ、たまお、たくみ、そっちは大丈夫?」

「問題ないです」

「……オッケーっす」

「いつでもいいですよ」


 私のよびかけにそれぞれの答えがかえってくる。


《スタート1分前》


 アナウンスが、時間を刻んでいく……。




SECTOR-3:AYUMI-1

いよいよスタート!

何がおこってもおかしくないのがレースだけど、さすがに驚く!

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 グランプリで4年連続の年間チャンピオンになったセブルバ・ベットー選手は、鈴鹿サーキットを「神がつくったサーキット」って呼んでる。


 左右に振れるコーナーはひとつひとつが難所だし、ヘアピンは安定性と加速力が必要だ。


 一方で折り返しのコーナー《スプーン》からは一気に直線ばっかりのコースになる。高速の130R、そしてシケインはミニ四駆で言うならレーンチェンジャー。1周走らせるだけでも気持ちがすり減りそうなのに、これを8時間も続けるって言うんだから《選手権》を仕切ってるひとはどうかしてるよ。


《スタート時刻です》


 隊列はいまバックストレートに入った。20台のマシンは2列にならんでコースを進んでいく。


「ペースカーはこの周でピットインだ」


 たくみの声。


「全車、トラブルなし」


 たまおの声。


「いけますよ」


 そして、ルナの声。


 本当ならここまでこれたことに感謝したいんだけど、今はそれどころじゃない。


 スタートのとき。グランプリやミニ四駆のように、いったん止まってからのスタートじゃなくて、隊列をつくって動きながらのスタートは「間合い」が大切だ。

 先頭のフレイムアスチュートがつくるペースに合わせてついていかなくちゃならない。早ければペナルティをもらうし、遅れれば後ろに抜かれてしまう。


「ペースカーがピットに入った」


 会長の声。


「よぉし……」


 赤いリヤウイングが、エアロサンダーショットの間近に迫る。ペースをおとし、隊列を引き連れてからスタートするつもりみたいだ。

 と、ウイングがわずかに左右に震えた。アスチュートのタイヤ、一瞬スリップして路面に赤いマークがつく。


「ペースアップ!」

《Copy.》


 2台は同時に、完全に同時にスタートを切った! インコースはフレイムアスチュート、あたしたちはアウト。

 ホームストレート、コース上のライトはグリーン。


《いま、スタートです!》


 ついに始まった……! っていう、あたしの意識は一瞬で吹き飛んだ。


「あゆみ、外!」

「えっ、なに!?」


 スクリーンに目をやると、エアロサンダーショットの背後から黒い影が飛び出して、大外にもちだしてならびかけていた。


「ナイトレージ!」

「志乃ぶちゃん!?」


 予選6番手、完全に意識してなかった場所から飛び出し、あたしたちを1コーナーまでに追い抜いて、フレイムアスチュートをインのきついラインに押し込み、短い直線で強力に加速すると、先頭に立ってしまった……!


「ナイトレージ……。」


 頭のなかは早くも真っ白だよ……。




SECTOR-4:TAKUMI-1

ナイトレージJr.の奇襲、

それにはそれなりの計算がある……ってたま姉が言ってる。

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「どういうつもり!?」


 猪俣センパイが思わず席をたつ。ボクもつられて立ち上がった。最初のチェックポイント、右に左にコーナーが続く区間を抜けたところで、先頭はナイトレージ、フレイムアスチュートが続いて、ボクたちのエアロサンダーショット、後ろにトップフォースEvo.が続いている。


「そういうことか」


 たま姉が相変わらずの落ち着きっぷりで、ボソッと口にする。もちろん席には座ったまま。


「どういうことだよ、たま姉」

「ルール」

「ルール?」

「あの、たまおちゃん、もうちょっとわかりやすく教えてほしいんだけど……。」

「アタイたちに配られたバッテリーは」

「24セットだよ」

「それを超えたら」

「え? なんだっけ、3周のペナルティでしたっけ、猪俣センパイ」

「はっ、えーと確かそう……。そうでしたか!」


 何だか二人ともトリックがわかったみたいで悔しい。


「だーかーら、それがどうしたっていうんだよ!」

「まだわかんないの、たくみ」

「えー?」

「バッテリーを全部使いきったときに3周以上のリードがあれば」

「ペナルティをもらっても前に出られるんですよ」

「はぁー?」


 タブレットを見ると、早くも最初の一周が終わろうとしている。《スクーデリア・ミッレ・ミリア》は無理に追いかけないで、《レジーナレーシング》の逃げるのに任せている。差はもう2秒くらいに広がっていた。


 エアロサンダーショットのすぐ後ろにはトップフォースの影。こっちも大径タイヤで飛ばしていきそうな感じだけど、無理に前に出るようなことはしないみたいだ。


 スタートでのショックも、2周、3周と重なってくると薄くなってくる。ナイトレージは燃費を無視したペースで相変わらず走っていて、10分過ぎて10秒のリード。うまくいくようには思えない、思いたくないけど今のところ順調に先頭を走ってる。


 フレイムアスチュートとエアロサンダーショットの差は2秒。後ろのトップフォースEvo.は1秒以内につけて、ここが2番手集団と言ったところ。


「そう言えば、温泉のコはどうなったかしら?」


 猪俣センパイが言うやいなや、たま姉は素早くタブレットを操作して順位表を出す。


「18位」

「うん、そっか……ありがとう!」


 ピットの向こう、あゆみと会長が陣取るピットウォールの先にある大スクリーン。ちょうど後の方の争いが映った。《チーム・メリーゴーランド》のベアホークRSは、前後をMAシャーシのスーパーカーみたいなマシンに挟まれてつらそう。


「うーん」


 どうも、ボクは場の空気に飲まれてるみたいだ。わかっていてもできることはほとんどない。しょうがないんでもっともらしく、ボクは腕を組んだ。




SECTOR-5:TAMAO-1

ピットインがアタイらの仕事。

普通にこなして当たり前。落ち着いて、確実にやればいい。

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「2周あとにピットインするよ!」


 あゆみの声がインカムに響いた。

 スタートから20分が経とうとしている。ナイトレージのリードは相変わらず。ただ、エンプレスやアタイたちが追っかけてこないところをみて、少しペースを抑えたようだ。

 8時間を、配られたバッテリーのセット数=24で割ると、だいたい一時間に3回くらいが平均ペース。と思っていると、ピットインしてきたマシンがあることを告げるサイレンが鳴る。


「レジーナレーシング、入ってきたね」


 会長が、確認の意味で全員に伝える。

 シケインを通過したあと、最終コーナーのさらに内側を通るピットレーン。

 ナイトレージのフロント、つり上がったライトが不機嫌そうにも見える。搭載するMSシャーシは、バッテリーの交換をするのにボディを外す必要がある。正確にはアタイや《女帝》のARシャーシだけが、シャーシ底のパネルを外すことでバッテリー交換ができるようになってる。

 ただ《レジーナレーシング》のピットワークは軽快。バッテリー交換と各部分のチェックを、三人のメンバー……全員が川崎さんと同じようなゴスロリ風……が同時に行ってピットアウト。順位は10位にまで下がったけど、失敗はしてない。


「志乃ぶちゃん、すごい」

「センパイ、次はボクたちもやるんだよ」

「あ、そうだったね~」


 そうしている間に何チームもがピットにマシンを呼び始めた。初めてのピット、バッテリーホルダーが開かない、向きを間違えてしまう、そういうトラブルが続発してる。


「ボックス、ボックス、ボックス!」

《Copy.》


 あゆみの指示で、エアロサンダーショットはピットに呼び戻される。その背後には、ガンメタルのボディ、オレンジのカラーリング。


「《ショウナンナンバーズ》も同時!」


 あゆみがうろたえる。が、


「気にしない! 集中!」


 会長の一喝がとんだ。気持ちを切り替える。

 エアロサンダーショットがピットに止まる。アタイたちの前にある《バーサス》端末のロックが外れ、パネルが開いてマシンがあらわれる。最初のとりきめどおり、アタイがマシンを取り上げ、パネルを外す。すかさずたくみが指を突っ込んでバッテリーをかき出す。と同時に猪俣センパイが新しいバッテリーを押し込む。最後にあたしがパネルを取り付けて、《バーサス》に戻す。


「よっし!」

「やった~」


 たくみと猪俣センパイがハイタッチする中、アタイはピット出口の映像を見ていた。送り出したはずのエアロサンダーショットは、見えない。


「なっ……。」


 一瞬早く、《ショウナンナンバーズ》はピット作業を終わらせてコースに復帰した。

 アタイたちの順位は4位に落ちた。



SECTOR-6:HIDEMI-1

まだレースは動かない。

先に動いた方が敗北の道を進むことになる。先にそっちに近づいたのは……。

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 ピットウォールでモニターを見てる私に、後輩が紙コップでアイスティーをもってきた。


「センパイ、よろしければ」

「ありがと。悪いわね」

「いえ……。その、2位キープ……ですね」

「ええ」


 他のチームと違って、ウォールの席には私ひとりだけ。判断は常に私が下すのだから、作業するメンバーを増やした方がいい、そう考えてのことだ。


 スタートから一時間が経とうとしている。

 ナイトレージまでの差はコース半分くらいにまで広がった。ただあのコたちは3周のリードを築かないといけないのだから、まだ道は遠い。


 大スクリーンには、接近戦が続いている3位争い、藤沢さんのトップフォースEvo.と涼川さんのエアロサンダーショットが映し出された。ちょうど、改修されたカウルの性能をみるには都合がいい。


 ストレートでの最高速度、コーナリングの進入速度、脱出速度。さらには高低差での安定性。


「ちょっと、あなた」


 飲み終わったコップを下げにきた後輩を呼び止める。


「あの3位争い、見てどう思う?」

「えー……」


 意地悪な問いかけだとはわかっている。


「私たちの後ろで争って、タイム差が広がってくれれば私たちに有利かと」

「ふーん」


 よくできた答だけど、表面的な現象をとらえたにすぎない。


「わかったわ、ありがとう」

「いえ」


 ペコリ、とお辞儀をして後輩はピットに戻る。

 どこが有利なものか。

 ローハイトタイヤなのに大径タイヤのトップフォースEvo.に最高速で並んでいるということは、フルカウル化による効果が出ているってことだ。もちろん重量が増えるデメリットがあるにも関わらず、大改造を用意していた涼川さんには感心させられる。


 よくスポーツ解説者が使う言葉でいう《伸びしろ》がまだまだあるのだろう。でも大事なのは、今、この瞬間に結果が出せると言うことだ。

 マラネロの宿命である勝利の炎を絶やさないようにするには、燃える部分の残っている《薪》を投げ込んでいかなければならない。

 私にはまだ……。


 と、そんな思考をさえぎって客席からのざわめきが聞こえた。

 サイレンが鳴り、ピットロードにマシンが入ってくる。1台、いや2台!


「サンダーショット!?」


 エアロサンダーショットとトップフォースEvo.がもつれるようにして背後のピットロードを走る。


「接触!?」


 サンダーショットの右後輪が外れかかり、カウルの外にはみ出している。タイヤ自体もホイールから大きくずれているようだ。そしてトップフォースは左フロントのローラーがゆがんでしまっていた。


「何があったの……」




SECTOR-FINAL:CLASSIFICATION(AFTER 1 Hour)

 P1 #13 REGINA Racing (Kawasaki)

 P2 #1 Scudeira Mille Miglia (Yokohama)

 P3 #4 Syonan Numbers (Syonan)

 P4 #30 Super Ayuming Mini4 Team (Yokohama)

 —

 P18 #8 Team Merry-go-round (Hakone)


 Time Remains: 7 Hours


 VIRTUAL CIRCUIT STREAMER: <VS>

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