第9話 ランチブッフェとニューマシンっ!
SECTOR-1:TAMAO-1
予選が終わったと思ったらすぐにランチ。
午後には決勝レースがあるからね……。腹が減っては戦はできぬ。
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「おおーっ!」
「すごいわね……」
予選が終わって一息つく間もなく、主催者からランチをふるまうってことで、決勝に進んだ20チームは順次、会場となりのホテルに案内された。
地下の宴会場のひとつに入ると、もう準備は整っていた。和・洋・中、それだけじゃない、色々な分野の料理が並べられた、ランチブッフェ。
アタイは、別に、そんなに食べることにこだわりはないからいいんだけど、たくみとあゆみったら、もう何というか。
「やきそば! やきそばー! やきそばが食べ放題~!」
「にくにくにく! とりにく!」
「もー、あなたたちはそれでも女子ですか!」
会長が声をあげるけど、それ以上のテンションで二人は走っていってしまう。
「たくみ!」
アタイの声も聞こえていないようで、どうやらお皿とお箸をさがしに行ったようだ。既に案内されていたマラネロ女学院のメンバー……みんな赤一色のユニフォーム、それにいま入ってきた三位の西湘中学のメンバー……こっちは白いシャツがまぶしい制服だ……みんなが二人に注目してる。なんだかもう。
「まあ、お腹すいてるんでしょ。私たちも召し上がりましょ」
「あ……はい」
ルナ先輩が、軽く肩をたたく。その手の感触はなんだか温かくて、妙に安心できる気がした。
そうしている間にも次々と予選通過したチームが宴会場に入ってきて、いつの間にか女子中学生の歓声があちこちから響く、アツい空間になっていた。
「もー、行っちゃったものはしょうがないから、私たちはなるべく離れないようにしましょう」
話す会長の口元に耳を近づける。全二〇チーム、約百人がいるなかで、普通に顔を向き合わせていたのではまったく聞こえない。そんな状態で、
「おめでとうございます!」
と、急に声をかけられて、思わず身体をかたくしてしまう。
「あんた……小田原さん」
「あー、よかったー。覚えててくれたんですね」
「ええ、まあ」
「わたしたちも何とか決勝に残れたんで、よかったです~」
「うん」
不意に手を握られると、ますます反応に困る。参ったなあ……。
「ぜーったいに、最後まで走りきりましょうね!」
「うん」
「じゃあ! 涼川さん探してきます!」
小田原さんの、たすき掛けした和服の背中はすぐに人混みで見えなくなった。
「よかったですね、お友達から声かけてもらって」
ルナ先輩の言葉が妙に照れ臭くて、なぜかなにも言えなかった。
SECTOR-2:KANADE-1
ミニ四駆チューナーでも、生徒会長でもない、
一人の中学三年生になる瞬間……それは、「あれ」を口にする時……の、はず! なのに!
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「はぁ……。」
食事のテーブルにたどり着いて、私は溜息をついてしまった。
あの、丸くてふんわりしてて、でも芯はしっかりしててスパイシーな、アレがない……。たぶん私たち女子中学生には似合わないと思われたんだろう。でも! それでも、私はアレがないと……。
「たこ焼き、ございませんね」
「はっ……ルナ、ちょ、何を言うの」
「だって、聞こえましたよ。『なぜだっ……たこ焼きがない……』って」
「はっ!」
私は反射的に右手で顔をおおった。
「まあ、たこ焼きがないならパスタを食べればいいじゃないですか」
「ぐぬぬ……。」
言葉の意味もわからないまま、不本意ながらナポリタンをよそって、お箸で食べる。つるるっ、と吸い込んだ途端に、ケチャップの甘酸っぱい香りが立ち上がる。……まあ、これはこれで許さないこともないけど。と、
「ルナ! あなたも意外ととしぶといわね!」
聞き覚えのある甲高い声。声の主は、ゴスロリ衣装にツインテール。
「あ、志乃ぶちゃん、あなたも予選とおったんだ」
「あったりまえでしょ! あなたたちみたいにまぐれで通ったんじゃなくて、わたくしを中心にした、強力なチーム力で決めたんだから!」
「そっか~、みんな頑張ったんだね!」
「むー!」
噛み合わない会話だけど、確かに川崎さんのチーム「レジーナ・レーシング」は選手ごとのタイムのバラツキが少なく、高いレベルで安定してる。もちろん、その究極は秀美たち「スクーデリア・ミッレ・ミリア」ではあるけど。
「せいぜい、わたくしのナイトレージを見たら道を譲ることね!」
「うん! あゆみちゃんに言っておく!」
「きー!」
そう言って川崎さんは人混みに消えていった。
「ルナ、平気?」
食ってかかるような川崎さんの言い方が、ルナの、いや、某国のプリンセスの気にさわったのではないかと、やや恐い。
「え、何がですか?」
「いや、さっきの川崎さん、あなたの動揺を誘おうとしてたんじゃないの?」
「え?」
ルナが、心底意外そうな顔をする。
「志乃ぶちゃん、私たちのことを喜んでくれてましたよ? 一緒に頑張ろうって。嬉しいです!」
あ、あー……。私にはそう聞こえなかったんだけどね……。。
「何にせよ、予選六番手だから私たちの近くでレースを進めることになるわね」
「そうですね~。志乃ぶちゃんのことだから、何か目立つようなことをしてくるような気がしますわ」
「確かに……」
ふとした拍子に、こうやって鋭いことを言うので、ルナからは目が離せない。それにしてもあゆみとたくみはどこにいったのやら……。
SECTOR-3:TAKUMI-1
食べるときはおいしく食べたいんだけど、
もーなんかいやだなー、こういうの! とりあえず好きなものだけ食べるよ!
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何かを食べている間は、いろんなことを忘れられるんだ。だからボクは、色んなテーブルをめぐって、フライドチキンをつかまえ続けてる。
「あーっ! もう!」
少しでも止まると、悔しさが込み上げてくる。ボクが速いタイムを最初から出せていれば、たま姉も無理してクラッシュしないで済んだし、全体のタイム次第では1位になれたかもしれない。みんなが全力アタックしてたのに、慎重に走らせたボクだけが何だかおいてかれたようで悔しいんだ。
早足でたどり着いたテーブル。チキンはひとつだけ残ってる。迷わずに、マックスのスピードでボクはお箸を伸ばした!
「くっ!」
「なにっ!」
ボクの割り箸は、見えない場所から伸びてきたフォークに遮られた。でもボクの箸も相手のフォークに絡み付いていて、動きを封じている。
「それ、あたしがロックオンしてたんだけど」
フォークを持ってるのは、金髪のソバージュが印象的な、そう、予選三位であゆみと一緒に写真をとられてた、「ショウナンナンバーズ」のキャプテン、藤沢さんだ。でも、だからといって、ここで引いたらさっきの繰り返し。ボクは一歩詰め寄った。
「先にお箸を伸ばしたのはボクだよ!」
「そう? でもあたしのフォークが先に刺さってる」
「それはボクの箸を弾き飛ばしたからだろ!」
ボクは回りが静かになりはじめてから気がついた。予選上位チーム同士のトラブル、場合によっちゃ何かペナルティになるかも。そう思ったとき、どこからか伸びた手がチキンをつかみ、そして藤沢さんのフォークから引っこ抜いた。
「たくみ、行儀悪いよ」
たま姉はそう言って、争いの火種を一口で食べてしまった。
「あー!」
「ははは! 面白いね、あんたたち」
「あんたじゃない! ボクらはすーぱーあゆみんミニ四チーム、早乙女たくみと」
「たまお」
「だ!」
「ああ、あのコペンでクラッシュしたコか!」
「それはこっちのたま姉! ボクだって走ってたよ!」
「ふーん、なるほどね。気に入ったよ、あんたたち。でも、軽自動車のマシンじゃ、この先厳しいかもよ。じゃあね」
フォークに挟まったお箸をボクに返して、藤沢さんは別のテーブルへ歩いていった。
「結局チキン食べれなかった……。」
「肉ばっかだと太るよ」
たま姉はそう言って、口に入れた鳥の骨をバキバキと噛み砕いて飲み込んでしまった。ちょっと怖いぜ……。
SECTOR-4:RUNA-1
スシ……ニッポンの生み出した文化の極み……。
そう思いませんこと? スシを思うともう、何も聞こえませんわ……。
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「えー、ご歓談中失礼致します。みなさん、予選通過おめでとうございます。事務局を代表してお祝い申し上げます」
天井からアナウンスが聞こえてきたので、私はスシを食べる手を止めました。
「ここで、午後の決勝レースの進め方について改めてご説明いたします。
決勝レースはこのあと午後1時からスタートする耐久レース、時間は八時間です。八時間での周回数がもっとも多かったチームが優勝です」
1時からスタートして、八時間ってことは夜の9時。おなかがすいてしまいますね!もっとスシを食べておかないと。
「マシンは各チーム1台です。モーターはノーマルのみ、バッテリーは事務局が用意したもの32セットを使ってもらいます。万一すべてのバッテリーを使いきった場合、3周のペナルティを受けることで追加のバッテリーを使うことができます」
スシって海の魚と田んぼのご飯をくっつけて食べるってのが、やっぱり素晴らしいと思うの。マグロなんて遠くの海まで獲りにいくんでしょ?
「スペアパーツは各部品に付き1台分持ち込むことができますが、ボディとメインシャーシについては交換できません。スタート時に装着したものをそのまま使ってください」
わたしは意外と、アジとかイワシみたいな、ピカピカしててみずみずしいのが好みかな。でもシメサバは酸っぱすぎてちょっと遠慮かな。うん。
「また、ピットからマシンへの通信は原則としてオープンにします。ただし、他のチームに対して呼びかけたり、協力を求めるような通信はできません。作戦についてはよく考えていただけますよう、お願いします。」
でもね、やっぱりサーモンは邪道です! 確かにおいしいけど、お寿司としてはよろしくないですね。あれはお子様が食べるもの。私はご遠慮いたしますわ。
「なお周回数にかかわらず、八時間たった時点でコース上に残っていたマシンを完走扱いとします。
この八時間耐久レースの優勝チームが、カナガワ地区代表として《ミニ四駆選手権》決勝大会に進むことができます。みなさん頑張って下さい」
んー、でも玉子は好きかな~。黄色いボディに黒いバンド。なんだかフェスタジョーヌみたい。シャーシは白の限定カラーね。
そんなことを考えてて、大事なことを思い出しました!
「私たち、誰のマシンで決勝を走るのかしら?」
辺りを見回しても、いない。
「あゆみちゃん!」
SECTOR-5:AYUMI-1
あたしは勝つためには方法を選ばない、んじゃない。
勝つためには、トップに立つためにはこれが必要なんだ!
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レースのレギュレーションを聞いてたら、とてもご飯なんて食べていられなくなった。ごった返す会場を出て少しあるくと、ホテルのロビーに出た。吹き抜けの天井。空から注いでくるような光。
深呼吸して、胸を押さえる。
耐久レース。ミニ四駆の、一瞬で決まる勝負のま裏にある、長いガマン比べ。速さよりも強さ、もっと言えば気持ちの強さが試される。
「あたし、耐えられるかな……。」
弱音を、会長やルナ、早乙女ズには聞かれたくない。それが、チーム名にまでなってしまった私のルール。でも、すっと隣にたった人には聞かれてしまったようだ。
「不安は私も一緒よ」
「
浅黒い肌が、光のなかでくすんで見える。かすかな笑みにも、強さが感じられない。
「赤井さん、また、あたしとまっすぐ戦ってくれませんでしたね」
「何が?」
「さっきの予選ですよ。真っ先に出てくなんて、どうかしてますよ」
「トップタイムを最初に出して、みんなにプレッシャーをかけてあげた。それではいけないかしら?」
試すような笑い。余裕があるのか、あるように見せてるだけなのか。
「でも、マシンがたくさん走って路面がキレイな、最後のアタックの方がタイムが出る」
「確かに」
あたしは、
「あたしは、あんたと同じ条件で走りたい! そして、あたしにどれだけの力があるのかを知りたい!」
プレッシャーをかけようと思っていたけども、逆に自分で自分を追い込んでる。
「私は、涼川さんにはミニ四駆チューナーとしての素質があると思ってる」
「だったら、それをコースで証明する!」
「でも、まだあなたには伸びていく余地がある。マシン作りも、《バーサス》での作戦の立て方も」
「伸びていく、余地……?」
「そう。私は、その余地がどれだけの広がりを見せてくれるのかを楽しみにしてる。だから、今、その余地をつぶすようなことはしたくないの」
回りくどくほめられてるようなのはわかるけど、それが戦わない理由になるんだろうか? あたしにはわからない。
「どっちにしろ、決勝は同じコースでようやく戦えますね」
「ええ……。それが、あなたにとっていいことか、悪いことかわからないけど」
「悪いこと?」
「そう。涼川さんが、ミニ四駆を続けていけるかどうか。おそらく、その気力も失ってしまうと思う」
「それって」
「完全な《負け》を、あなたは思い知るから」
完全な《負け》。それがあたしをダメにすると、《女帝》は言っている。
「確かに、負けてしまったら、相当こたえると思います。でも、勝つか負けるかなんて、やってみないとわかりませんよ」
「そうね。でもやってみた結果が、あの予選だったんじゃない?」
「予選と、決勝は、話が、違いますよ!」
あたしは胸元にしまっていた、そのマシンを取り出した。本当は、決勝が始まるまで他チームに見せるつもりはなかったんだけど、もうこうなっちゃったら後へは引けない。気持ちで負けたら作戦もなにもあったもんじゃない。そのために作ったマシン。自信という最大の武器を、かたちにしたマシン。
「それは……!」
「
あたしは、耐久レースでエアロサンダーショットが戦えるようにするために、最大の特徴である大径バレルタイヤをローハイトタイヤに変える決断をした。燃費がよくなってバッテリーは長持ちするけど、かわりに最高速度が伸びなくなる。それを取り戻すために、あたしは風の力、《空力》を利用することにした。
現実に走らせるミニ四駆はサイズが小さいから、《空力》が走りにおよぼす影響はほとんどゼロだ。ただ《バーサス》の世界では、ボディのかたちやウイングの効果は実際のレーシングカーと同じようにあらわれる。
エアロサンダーショットは、名前にもあるように流れるようなフォルムで空気抵抗が少ないけど、タイヤが前後ともむき出しになっている分、気流が乱れてスピードを失っている。
あたしは、グレードアップパーツのクリヤーボディを切り取って、4つのタイヤが全部隠れるデザイン……《フルカウル》にすることにした。
それが決まったら作るだけだけど、追加したいカウルを固定する方法が見つからない。色々と考えた末に、前後のバンパーからFRPプレートを伸ばして、そこに固定することにした。ちょうどいいことに、その先にマスダンパーを取り付けて、安定性をあげることにも成功している。あたしの自信作、一番の秘密兵器だ。
「はっ、ははは」
「何かおかしいですか?」
「いや、楽しいんだ」
「楽しい?」
「そう、本当はミニ四駆って、こういうたのしさがあったんだなって思い出して」
「楽しいって、あたしは真剣に考えて」
「わかっている。わかっているからこそ、ね」
赤いユニフォームの背中を見せて、
「あなたが望むなら、私は本当の絶望を見せてあげる。奏が三年前、味わったように」
「あたしは、あたしは負けません!」
高い天井に響いた声にも、足は止まらなかった。あたしはその背中を、ただ見つめていた。
決勝のスタートまで、もう一時間を切っていた。
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