第8話 カナガワ地区大会、予選!(下)

SECTOR-1:HIDEMI:1


 最初の一撃から大きく動く。それによって相手は平常心を失う。

 そこまで計算できてこそ、勝者になれる。

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 マラネロ女学院の方針は、学業でも部活動でも絶対的なエースを育てること。


 伝統ある学校ではあるけど、決して裕福な環境ではない。だから全員に小さな機会を与えるよりも、エースひとりにリソースを集中させ、ピンポイントで大きな結果を出す。プレッシャーに耐えて結果を出したエースは校内、いやOGを含めたマラネロ・コミュニティの中で大きな尊敬を集めることになる。逆に失敗したならば、チャンスは二度とめぐってこない。


 大きく息をつく。ホームストレートの上流にもうけられたマラネロ女学院ミニ四レーシング部、《スクーデリア・ミッレ・ミリア》のピットスペースはいま、静か。私の回りには集中を乱さぬようにと追加でパーテーションが設けられている。


「なってみたら、それはそれで……。」


 立ち上がる。傍らに置いたフレイムアスチュートは、わずかな光を反射して深紅のボディを誇らしげに見せてきた。


「それはそれで、いいものよ」


 私はひとりごちて、パーテーション開き、ピットから出た。


 出迎えたチームのスタッフ……彼女たちはルール上出走するが、チューナーとしては扱われない。あくまでも私の為の《スタッフ》として動いている……に声をかけ、出走のスタンバイに入る。


 既にシステムが起動している《バーサス》のヘッドマウントデイスプレイを装着すると、目の前に巨大な観客席が表れた。ここはまごうことなき、鈴鹿サーキットのホームストレート、ピットウォール。下り坂の向こう、第一コーナーが陽炎にゆれている。


 サイレンがなった。


『各チーム、最初にアタックするマシンをコースインさせてください』


 アナウンスが流れる。《バーサス》端末にフレイムアスチュートを読み込ませると、私の背後、ピットから甲高いエンジン音が響いた。


 ゆっくりとピットロードを走っていく先、各チームのピットからも続々とマシンが現れる。それらを従えるように、アスチュートは加速していく。


「バッテリーは?」

「2.84ボルト、規定値+0.1」

「モーターの回転は?」

「20500、プラスマイナス100」

「気温、路面温度」

「気温19、路面29」


 席につきながら、スタッフに指示してチェック項目を確認していく。並んだモニターにはコース全周、マシンの状態、タイム計測の各データが表示されている。


「フレイムアスチュート、バックストレートでタイヤを暖めて」


《COPY》


 最初のアタックで確実に結果を出す。そして他チームの出鼻をくじく。それが私が私に課したミッション。


「フレイムアスチュート、ストラトモード5、アタック開始」


《COPY, Strut mode set to 5 》


 Qualifying session

 Afterr 1st stint

 P1 #1 Scuderia Mille Miglia 1.35.283 (1.35.283)

 —

 P17 #30 Super Ayuming Mini4 Team 1.39.156 (1.39.156)




SECTOR-2:TAMAO-1


 アタイのタイムなんてどうでもいい。

 ルールの範囲で、今やるべきことをやる。そうすべき時がきただけ。

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 会場内、何とも言えないどよめき。


「1分……」

「35秒台……」

「前半」


 あゆみを中心にしたミーティングで、コースレイアウトから予想される最速タイムは1分37秒台と考えていた。そこからコースアウトしないように余力を残しつつ、最初は39秒台あたりから入って会長やあゆみにつなぐという組み立てだった。


 実際、たくみはその通りのタイムを記録したけど、そんな作戦なんか関係なく《女帝》が真っ先にアタックして、とんでもないラップを記録してしまった。


「大丈夫。5人のうち一番速いタイムはカウント対象外だから……」


 あゆみが声をかけるが、チームはともかく会場を包んでいる空気は簡単には静まらない。


「逆に、一番遅いタイムもカウントされない。そうよね」

「え、ええ」


 アタイは立ちあがって言った。


「次、ちょっと攻める」

「たま姉! 正気?」

「うん、別に予選を投げるつもり、ないし」

「じゃあなんでさ? 今のでみんな焦るからさ、たま姉は確実にいけばいいじゃん」

「それじゃ、勝てないでしょ」

「たま姉……」

「限界をみておかないと。あとのみんなの参考にならない」


 たくみの肩を軽く叩いて、あゆみの前に。


「あゆみ」

「うん、お願い。一年生なんだから、ちょっと無理しても大丈夫だよ」

「そうそう。センパイたちにまかせといて」

「猪俣センパイ」


『2番目にアタックするマシンをコースインさせてください』


 アナウンスに応えて、アタイはコペンRMZを《バーサス》に読み込ませる。モデルになったクルマはオープンカーの軽自動車。搭載したのは可愛い車体とはあまりにも不釣り合いな、ハイパーダッシュ3モーターとスーパーハードタイヤの組み合わせ。高速コーナーでどこまで耐えられるか。


 ピットから出て、一周のあとに計測ラップ。


 ありあまるパワーがタイヤをスライドさせるけど、なんとかRMZはコース内にとどまっている。小柄な車体が広いコースでいっそう小さく見える。けどブルーメタリックの車体は右に、左に素早く向きを変えてタイムを刻む。そしてバックストレート。最高速は時速300キロを超える。その先の左まわり高速コーナー。


「全開」


《Negative》


「え」


 グリップを失ったRMZはコース外側の縁石を跨ぎ、サンドトラップで何度か跳ね、タイヤバリアに突っ込んだ。本物のレースならマシンは大破、セッションは中断となるところだろう。


 見た目が派手なクラッシュに、また場内が沸いた。


「たま姉は《やる》ってなったらやること派手だからな~」

「どうも」


 それでも、予選通過ラインよりも下に下がったチーム名、不安にはさせる。


 Qualifying session

 Afterr 2nd stint

 P1 #1 Scuderia Mille Miglia 3.11.165 (1.35.882)

 —

 P– #30 Super Ayuming Mini4 Team — (No Time)




SECTOR-3:RUNA-1


 どうしても目の前のレースに集中できない……。

 川崎さん……もう少しでいつ会ったのか思い出せそうなんです……。

 ----------

「どなたでしたっけ~」


 2番目にアタックしたマシンの中で、一番速かったのは《レジーナ・レーシング》の川崎志乃ぶさん。確かさっき、会場に入ったときに声をかけられたひとです。


 川崎さんは私のことを知っているとおっしゃっていましたが、私は本当に思い出せず、記憶をたどろうとしましたが、川崎さんのようなゴシックロリータが好みの方は出てこず。ま、それはさておいて目の前のレースに集中しなければ……。


「センパイ、大丈夫ですか」

「も~、ボクたちにだまってこんなコスチューム準備してっからだよ」

「え、そうね、大丈夫」


 たまおさんとたくみさんに声をかけられて、私は我にかえりました。


「フェスタジョーヌは、RMZよりもダウンフォースが出てるから」


 ダウンフォース。下向きに発生する空気の力。ボディにつけられたウイングや、シャーシ・ボディを流れる気流からも発生する、《バーサス》ならではの力、とあゆみに聞きました。フェスタジョーヌはリヤに大型のウイングを装備しているので、特に後ろ側を中心に大きな力がうまれ、ストレートでの加速、コーナリングでの踏ん張りに影響があるのです。


「気を付けて」


 二人に見送られて、ゴールドの車体がコースインしていきます。そういえば小学生のとき、早乙女ズのように親切にしてくれた、体は小さいけど気がきく娘がいたような……名前は……し……あー何て言ったっけ……。


「ルナ!」


 あゆみの声に、からだが跳び跳ねた。


 フェフタジョーヌは既に最終コーナーにさしかかっていた。


「ごめん! いっくよーフェスタジョーヌ!」


《COPY》


 予選アタックに備えたモードに切り替わり、ヘッドライトに灯がともった。


 ……ルナちゃん、暗いと帰るの怖い……。

 ……大丈夫だよ~? あ、あれ、後ろにいた黒塗りのクルマがライトつけてくれたよ?

 ……ええ~!?

 ……これで暗くないって、あ、しーちゃん!

 ……きゃああー!

 ……よかった……。しーちゃん暗いの怖くなくなったんだね! あなたたち、いつもありがと!


 そう、あの小学校で会った娘、しーちゃんがしのぶ、川崎志乃ぶちゃんだったんだ! こんなところでまた会えるなんて……。


「そっか、負けないよー!」


 低くワイドな車体を活かして、タイヤがスライドしないよう、でも取り残されないよう、バランスをとりながら第一コーナー、第二コーナーからS字コーナー、そしてヘアピン、確実に路面をとらえて進む。長いストレートから、たまおがコースアウトした高速コーナー。あのクラッシュで限界のペースはわかりました。縁石いっぱいまで使って、最終コーナー。派手なアクションはなかったけど、確実に37秒台のタイムを刻めました!


 Qualifying session

 Afterr 3rd stint

 P1 #1 Scuderia Mille Miglia 4.47.070 (1.35.905)

 —

 P– #30 Super Ayuming Mini4 Team — (1.37.756)




SECTOR-4:KANADE-1


 秀美が見ている。やっとたどり着いたこのフィールド。

 私にできるのは、ここまで来たら祈るだけ……。

 ----------

 緊張してるのがはっきりとわかる。喉が乾いて仕方がないけど、今何か飲んだら何が起こるかわからない。


 ルナが第三走者の中でトップ5に入るラップを出してくれたお陰で、順位は盛り返した。もちろんコースアウトでタイムなしになる危険性はあるが、あゆみがそんなミスをおかすとは思えない。それに確実に秀美に迫るラップになるだろうから、チーム内での順位はもちろん一位。そうなると、これから始まる私のアタックで順位が左右されることになる。


「会長、出番だよ」


 あゆみの声も、どこか遠くからしか聞こえない。つかんだエアロアバンテも手のひらに馴染まず、慌てて落としそうになる。


「もう、生徒会長なんだからこのぐらい、いつものことでしょ?」

「んー、いやいやいや、そんなことないわ。全然違う」

「情けないですな~。《女帝》も見てますよ会長のこと」

「そんなはず……!」


 各チームのクルーが行き交うピットロード、下り坂になったストレートの始まりに、深紅の影が見えた。マラネロ女学院のシンボルカラー、血の色ともよばれる深い赤。ポロシャツにタイトスカート、シンプルなユニフォームをまとった秀美がこちらを見ていた。


 メガネをかけても1.0に届かない私の目。ただ《バーサス》の作り出した視界は、はっきりと《女帝》を浮かび上がらせた。


 ようやく勝負できるっていうのに、しっかりなさい。


 そう言ったように感じられた、一瞬の出来事。秀美の姿は人混みの中に紛れて見えなくなった。


 そうだ、私はようやくここまできたんだ。秀美と同じ戦いの舞台に。


「会長、見えました?」

「……ええ」

「負けられませんよ」

「負けられないわね」


 鼓動はおさまり、脚にも力が戻ってきた。こぶしに力を込めると、エアロアバンテの流れるフォルムを感じることができた。


『4番目にアタックするマシンをコースインさせてください』


 ルナが選んだのと同じ、固めのタイヤ。プラス、立ち上がりを重視した低めのギヤとトルク重視のモーター。コース前半のテクニカル区間でタイムを稼ぐ。後半の最高速は劣っても、トータルでは速いはず。


 事実、アタックに入っての区間タイムは同時に走っている中では最速! 秀美からも0.2秒しか負けていない。ヘアピンから折り返してのバックストレート。差は広がったけどまだ0.4秒。高速コーナーを抜けて、シケインの進入。強力なブレーキで、タイヤから白い煙が上がる。エアロアバンテはもどかしげに向きを変えてホームストレートへ入っていく。


「出た!」


 Qualifying session

 Afterr 4th stint


 P1 #1 Scuderia Mille Miglia4.47.037 (1.35.872)

 —

 P12 #30 Super Ayuming Mini4 Team 4.52.854 (1.35.942)




SECTOR-5:AYUMI-1

 みんなの思いをかたちに、あたしの願いをタイムに刻む。

 空かける稲妻のように、ひらめけ!エアロサンダーショット!

 ----------

「すごいじゃん!」

「うわわわ」

「会長やったね~」

「うわわわ」

「……脱帽」

「うわわわ」


《女帝》の存在が、会長の気持ちを大きく動かした。タイヤの温度とペースコントロール。それだけでなく、これまでテストを重ねてきたマシンの実力が出たってこと。


「あとは……」


 あたしがやるっきゃない。会長が出したスーパーラップを活かすには、それを上回るタイムを出すしかない。何台ものマシンがコースインしたから、路面にはラバーグリップという強力にタイヤが吸い付くラインができている。でもそこを外すと、逆にタイヤの削れたカスが溜まっていてコースアウトの原因になる。


 前半の連続するコーナーは、今それこそ一本橋をわたるような難しいセクションになっている。ただ、そのラインを外さなければ、コーナーよりもストレートに力を入れたセッティングにもできる。


 ただ、調整するための時間は少ない。あたしはギヤボックスを開けて、ひとつ高いギヤに変えた。そしてバレルタイヤの表面をキレイにぬぐう。安定性におとる大径タイヤで、少しでもグリップ力をかせぐため。


『5番目にアタックするマシンをコースインさせてください』


 エアロサンダーショットがピットレーンをかけていく。ここで終わるか、それとも決勝につなげられるか。


「サンダーショット、全開フラットアウト!」


《COPY. Mode 5 Running.》


 第一コーナー、よりきつい第二コーナー、短い直線からS字コーナー。大径バレルタイヤが悲鳴をあげるけど、ペースは落とさない。モーターに負担がかかり、温度が急上昇する。最初の区間タイム、《女帝》からは0.3秒差。


 乾いたくちびるを舐めながら、高速コーナー、そしてヘアピン。急減速に、4つのタイヤから大きな煙が上がるけど、コントロールは乱れない。立ち上がって、折り返しの大きなコーナー。ここからが勝負。


 外側に膨らみながらも加速、加速、時速300キロを超えてさらに加速。バックストレートの計測ポイントで《女帝》のタイムに並んだ。みんなの、いや何よりもあたし自身のために、高速左コーナー、荷重の抜けたイン側のタイヤが空転する寸前のところで、縁石を飛び越えるように駆け抜ける。最後のセクション、シケイン。


「止まれっ!」


 前傾姿勢になったエアロサンダーショットが、右、左と向きを変える。コースオフはない。再度、全力の加速!


「どうっ!?」


 あたしはグランドスタンドに掲げられたモニターを見上げた……!


 Qualifying session

 Afterr final stint

 P1 #1 Scuderia Mille Miglia 4.46.897 (1.35.742)

 —

 P2 #30 Super Ayuming Mini4 Team 4.48.398 (1.34.700)



SECTOR-6:HIDEMI-2


“I have to win.”

 それとも ”We never lose.”  果たして。

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 予選上位3チームのキャプテンが集まって記念撮影をするというので、気はすすまないが表彰台の下、インタビューボードが立つスペースに向かった。スクーデリア・ミッレ・ミリアのスタッフが持つマシンは、私のマシンを忠実に再現している。私以外の残り4台は全て1分35秒台後半のタイムでまとめた。0.5秒の差は、私自身にも説明ができないけど、オリジナルとコピーの差、だろうか。


「赤井さん……」


 アタックを終えたばかりらしく、涼川さんの肩はまだ上下に動いている。


「お疲れ様」


 涼川さんに声をかけたとき、不意に背後から腕が伸びて私の肩をつかんだ。


「お二人さん! 3位のチームのことも忘れちゃ困るね」

「あなた……藤沢さん」

「秀美が気にするだけのことはあるね。すーぱーあゆみん、130R、大径バレルの全開片輪走行、気に入ったよ」

「はぁ……」


 他愛もないやり取りをさえぎって、カメラマンからポーズの指示が飛ぶ。私を中心にして、3人で肩を組む。


「負けませんよ」


 フラッシュの光のなかで、涼川さんが言った。興奮がまだ冷めない様子で、ユニフォームの肩からのぞく素肌は、まだピンク色に染まっている。


「そう?」

「ええ」

「どうして、そんなに自信が?」

「あたしに自信なんてないですよ。でも、あのチームなら、何があっても絶対に負けないって思えるんです」

「そう……」


 撮影が終わって、涼川さんは迎えに来たチームのもとへ走っていく。そこにはパープルのコスチュームをまとった、奏の姿があった。


「スクーデリア・ミッレ・ミリアは勝つわ! それが、この紅ロッソのスーツの宿命だから」


 言って、私は背を向けた。


 二時間のインターバルのあと、決勝。八時間耐久レースが待っている。勝つ宿命と、負けないキモチ。どちらが正しいか、わかるのはこの後だ。




SECTOR-FINAL:STARTING GRID


 P1 #1 Scudeira Mille Miglia (Yokohma)

 P2 #30 Super Ayuming Mini4 Team (Yokohama)

 P3 #4 Syonan Numbers (Syonan)

 —

 P6 #13 REGINA Racing (Kawasaki)

 —

 P19 #8 Team Merry-go-round (Hakone)


 Next Session will start at 13:00(JST)

 VIRTUAL CIRCUIT STREAMER: <VS>

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