第7話 カナガワ地区大会、予選!(上)

 SECTOR-1:AYUMI-1

 きっぱりと夜は明けた。

 ヨコハマ港に昇る朝日が、街を、そしてあたしを照らす。ついにこの日がきた!

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 みなとみらい。


 未来は、追いかけ続けても追い付くことのできない場所。だからこそ追いかけ続けなければならない、追いかけたいもの。そんな名前がつけられたヨコハマの観光地。その奥に建っているイベントスペース、パシフィコヨコハマ。4つあるホールのうち半分をつなげてつくられた場所で、「ミニ四駆選手権」カナガワ地区予選は開催される。


 昨日は早めに寝てしっかり休もうと思ったけど、その分結局早く起きちゃった。でもじっとなんかしてられないから、ほとんど始発の電車に乗って、ここまできてしまった。会場になる建物にはまだ入れないから、デッキの上からみなとみらいの景色、そして名前の由来にもなってるヨコハマ港を眺めてる。


 朝日が昇る。スイカを切って並べたようなホテル、天高くそびえるタワービル、かすかに揺れている海、そしてあたしの顔を、あたたかい光が照らしてゆく。


 この日をこうして迎えられたことが、本当に信じられない。たった2か月前までは、あたしの周りには誰もいなかった。でも勇気を出して、部活にしよう、選手権を目指そうと思った日から、全てが動いたんだ。ひとつひとつのできごとがつながっていて、どれかひとつが欠けてもここまではこれなかった。


「……ありがとう」


 口をついて出た言葉がすべてだ。


 あたしの、ただ単純に、好きなことでは負けたくない、ナンバーワンになりたいっていう思いが、会長、ルナ、早乙女ズ、そして女帝:赤井さんとのつながりを導いてくれた。


 一人だけではレースにならない。グランプリレースは、よくサーカスにたとえられる。世界中を、同じメンバーで旅していく。その選ばれたレーサーたちが、本当に命をかけたレースを見せて、次の国へ移動する。


 ミニ四駆も同じ。受け入れてくれる運営の人たちと、あたしたちチューナー、それだけじゃない、レースにかかわるたくさんのひとたちが、イベントを作り、成功させるために動いている。


 だからこそ、その輪の中で輝きたい。あたしの、あたしたちの速さを証明したい。


 胸の前で手を握る。


 勝とう。やってみるとか、全力を出すんだとか、楽しもうとかじゃない。今はもう、地区予選に勝つための、《女帝》に勝つためのことしか考えてない。そのための準備はしてきた。自信はある。


 でも、あたしだけでレースをするんじゃないってことも、十分にわかってる。


「あゆみちゃーん!」

「あゆみ、ちょっと早すぎじゃない?」


 遠くから声がする。顔をあげると、ルナと会長が走ってくるのが見えた。ポケットからスマホを取り出すと、数分前の不在着信がたまっていた。たまおからも着信が入ってる。


「うん! 行こう!」


 あたしは二人の方へかけていった。




 SECTOR-2:RUNA-1

 ふふーん、わたしがお母様にお願いしてつくってもらったユニフォーム。

 きっとみんな喜んでくれるよねー? ……よねー??

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「こ、この水着みたいなのを着ろと……!?」

「センパイ、いやボク、ムリですよムリムリ」

「……私は別に」

「ルナちゃん、いいよ、かっこいいよ!」


 ロッカールームで、特別に、しかも内緒で準備した大会用のユニフォームを披露したら、みんな思ったとおりの反応だったのでわたしはニヤニヤとわらってしまいました。


 デザインのテーマは、少し前のグランプリレースのスタッフのユニフォーム。動きやすいブラックのTシャツとスパッツに、テニスプレーヤーのようなスコートと少しセクシーなジャケットを合わせました。シューズはハイカットにしてスポーティに。あとミニ四駆を扱うときにケガをしないよう、オープンフィンガーのグローブを用意させました。


 カラーはそれぞれのマシンから。あゆみちゃんは、ピンクの大径バレルタイヤ。会長はバイオレットのタイヤとAパーツ。たまおとたくみは、コペンのボディのブルー・グリーン。そして私はフェスタジョーヌのゴールド。うん、カンペキ。


「会長、あなたが率先してやらないとトゥインクル学園のみんなに示しがつきませんよ」

「うぅ……。」

「ミニ四駆部部長としては、これを着るのは部員の義務だとおもうけど」

「ですが……。」

「さぁ!」


 目を潤ませる会長に、わたしはユニフォームを押し付けた。そんな時。


「ちょっとおたくら、そんなとこでごちゃごちゃしてるの、はっきし言ってジャマなんすけど」


 振り返ると、金髪、日焼けした肌、乱れた制服、ひとことでいうなら……《ギャル》というのでしょうか。そういった風の娘が立っていました。


「あ、ああ、ごめんなさい」


 会長が、ユニフォームを受け取って道をあけました。なんとか作戦成功です。


「わるいね」


 ちいさく手を挙げて、長身のギャルさんはロッカールームの奥へ進んでいきました。なんでしょう、その背中は言葉とはちがった感じを受けます。


「たま姉、見た?」

「……《選手権》出場者の、パス」

「えっ!?」


 そう、わたしたちやマラネロ女学院だけじゃない。カナガワのいろんなところから、ミニ四チューナーが集まってきているのです。その取り組み方はいろいろあって当然でしょう。


「それより急ごう! 早く会場入りしてコースを見ておくんじゃなかったの!?」


 あゆみの声で、乱れた気持ちがピシッとする。そういう説得力が、部長にはあるのです。


「さっさと着替えて、いくわよ!」


 みんながうなずいて、着替えを始める。いよいよ本番が近づいてきました……!




 SECTOR-3:TAKUMI-1

 なんやかんやで会場にいっくぜー!

 ボクたちの前にあらわれたのは、あの伝統のサーキット! それと、あんた誰!?

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 着替えをしぶってた会長も、いざ着ちゃったら何だか別人みたいなテンションになっちゃって、ボクらからしてみりゃ、はっきり言ってめんどくさい。


「始まるわね! 私たちの熱いミニ四カツドウが! 略して」

「はーい、うん、そうですね、ほら、じゃまになってるから行きましょ行きましょ」

「うむ、いざ参る!」


 あゆみはその辺、会長の扱いに慣れてきたのか、適当にやり過ごしてる。


 しっかし猪俣センパイの用意したユニフォーム。普段着てるロードワーク用のウェアとはかなり違う。ハダカのように軽く、体にフィットしつつ、適度な温度と締め付け感をキープしてる。ま、ひとつ問題があるとすれば、体を動かすわけじゃないから、ミニ四駆と《バーサス》にはまったく関係ないことだけど……。


「あれは!?」


 めずらしく、たま姉が声をあげた。大会出場者用のゲートをくぐって会場に入った瞬間、それがあるのがボクにもわかった。


「鈴鹿。鈴鹿サーキット」


 あゆみが言った。


 メインステージの前、ミニ四駆と同じスケールでつくられた巨大なジオラマ。もちろん、レースは《バーサス》で行われるからボクたちのクルマがここを走るわけじゃない。でも、こうやって実物を立体で見せられると、ここで戦うんだっていう実感がわいてくる。


「あゆみ、すごいな」

「ええ……。」


 立体交差を頂点としたコースの高低差はもちろん、ピットの建物やコース脇に立ってる観覧車までがきちんと再現されていて、ボクとしてはモデラーの目で見てもスゴいと感じる。


 と、そんな考えは割り込んできた声に吹き飛ばされた。


「おーほほほほ、このくらいでビビってるようじゃあ、まだまだね、ルナ!」


 不意に響いた声。近くのはずだけど、姿は見えない。五人できょろきょろしてると。


「ここよここ!」

「ああ!」


 猪俣センパイの指差す先。小さなシルエットがあった。黒っぽい服に、黒い傘。服は……こういうのをゴスロリっていうの?白いフリフリがたくさんついてる。


「久しぶりね! ルナ!」


 失礼にも、そのゴスロリっ娘はセンパイを真正面から指差した。けど。


「……誰?」

「ええっー! 忘れた!? 」

「うん」

「ああー、もう! 志乃ぶよ! 川崎志乃ぶ! 小学校でのライバルよ!」

「あー……?」

「思い出したわね!?」

「……全然」


 志乃ぶ、と名乗ったゴスロリっ娘の脚が崩れる。


「まあいいわ! こんなところで会うのも運命なのかもね! 今度こそ、あんたのそのエラそーな態度を修正してあげるわっ!」

「ん? よくわかんないけど、がんばろうね」

「きーっ!」


 ひとりでわめき散らして、志乃ぶさんはいってしまった。いろんなひとが世の中にはいるもんだ。


《それでは、開会セレモニーをおこないますので、選手の皆さんはステージ近くへおあつまりください》


 アナウンスが、高い天井から響いた。いよいよみたいだ。




 SECTOR-4:TAMAO-1

 なるべくノイズは入れたくないけど、

 これだけひとが集まってればしょうがない。まずは集中しかない。

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 主催者の代表からのアイサツに続いて、地区予選の進め方について説明があった。


 きょうの予選にエントリーしているのは、全部で三十八校。これは東京に次ぐ数字だそうだ。この中で決勝に進めるのは二十校。ほぼ半分が予選落ちとなるけど、多いというか少ないというか。


 予選は《チームタイムトライアル》。合宿であゆみが説明した通り、メンバー全員のタイムの合計で競われる。ただアタイらは五人でエントリーしてるので、「一番遅かったマシンのタイム」と「一番速かったマシンのタイム」はカウントされず、真ん中の三人のタイムを合計する。ひとりはコースアウトするくらい飛ばしていってもいい、と解釈すればいいのか。


「それでは、一時間後に予選を開始しますので、各チームはピットにて準備をおこなってください」


 アナウンスと同時に、女子中学生の話し声が一斉に立ち上がる。戸惑い、焦り、驚き、決意……、いろんな感情があたりに満ちている。その渦のなかで、アタイは平常心を保てるんだろうか。


「よし、すーぱーあゆみんミニ四チーム、いくよ!」

「おーっ!」


 あゆみの声を聞いた瞬間、不安に飲み込まれかけてたアタイに気づく。だめだ、あぶないところだった。


「おう」


 アタイも、合わせて声をあげた。猪俣センパイがいて、会長がいて、たまおももちろんいる。


「たま姉、気合はいってるね!」

「……うん」

「そうこなくっちゃ!」


 たまおが私の肩を抱えて声をあげた。ああ、こいつもやっぱり不安なんだな。わずかに震える手のひらに、アタイの手を重ねた。


「たまお、行こう」


 言って、アタイは歩き始めた。


 細長い会場を、サーキットのホームストレートに見立てて、各チームの「ピット」が設けられてる。要するにパーティションで仕切られた場所なんだけど、ひとつひとつに一台ずつ《バーサス》の端末が置かれている。三十八チーム分の走行データが、会場に立てられたサーバーで集計され、正面のスクリーンとピットのモニター、もちろん全国の《バーサス》ネットワークからもアクセスできるようになっている。と、さっき説明があった。


 ランダムに割り当てられたピット。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の場所は向かって左、鈴鹿サーキットに例えるなら出口に近い方から七番目だった。


「涼川さん~! おとなりですや~ん!」

「小田原さん!」

「すごい、ユニフォームつくったんですの? かわいい~!」

「そう? ありがと」


 温泉合宿で知り合った、強羅中学校「チーム・メリーゴーランド」のキャプテン、小田原ゆのさん。


 見てて違和感がないのは、あのときと同じ、女将さんスタイルでキメてるからだろう。たすき掛けがなんだかかっこいい。


「がんばって予選通過しましょうね!」

「うん」


 そう。友達になれたとは言え、レースに参加する以上はライバル。むずかしいところだ。緊張と高揚、ふたつの気持ちがひしめきあう中で、準備は進んでいく。




 SECTOR-5:KANADE-1

 同じカナガワでもところ変われば文化も違う。

 でも……アイツは場所なんて関係ないってこと? ……秀美!!

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 小田原さんとは反対側のピットへ挨拶に、と思ってのぞいたところ、すでに世界が違ってた。


 壁には、ラッパー……というのですか?サングラスをかけた男性がレコードプレーヤーを指で回している写真のポスターや、大きな筆で書かれたとおぼしき「最強 西湘中学」の文字など。ただ、平常心を失わないためにやってるのだとしたら、これも作戦のうちなのでしょう。


「ごめんください……」


 白いベストの背中、見上げるような長身の背中に、私は声をかけた。


 振り返ったその顔。日焼けした褐色の肌、ルナのとは明らかに違う、脱色したとおぼしき金髪、そして白いカラーコンタクト。


「あ、さっきの」

「あ、ああ、失礼しました」

「アンタ、それ着るんならもうちょっと、胸がないとな」


 そう言って「ニカッ」と笑った顔は、同い年のそれでしたが、一瞬の心理戦に負けた私は思わずその場で膝をついてしまいました。


「会長!」


 となりにいたルナに抱えられて、何とか立ち上がりましたが、気力は……。


「ヨコハマのトゥインクル学園、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》、キャプテンの涼川あゆみです」


 察したあゆみが、一歩前に出て手を差し出す。


「あたしは西湘中学、《ショウナンナンバーズ》主将の藤沢凛」


 がっちりと握手。


「アンタたちか。秀美が話してたのは」


 その名前を聞いて、私はルナの腕を思わず振り払っていた。


「秀美を知ってるの?」

「あ、ああ。まあ、近くのレースで会ったときに、少し話すくらいだけど」

「秀美が、何を話してたの?」


 私は、あゆみを押しのけて藤沢さんの前に出た。不意をつかれてもこの娘は動じない。


「ん? 《すーぱーあゆみん》は警戒するけど、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》は、正直どうかな、って」

「え?」

 予想してなかった内容に、私の頭は真っ白になる。

「藤沢さん」

「ああ、わりぃ。じゃあお互い頑張ろうな」


 チームのメンバーに呼ばれて、藤沢さんはピットの奥に戻っていった。


《すーぱーあゆみん》と《すーぱーあゆみんミニ四チーム》? いったい何が違うというのか。私たちではあゆみの足をひっぱるだけだと言うの、秀美……?


 開始三十分前を知らせるサイレンが鳴ったのに、私は気がつきませんでした。




 SECTOR-6:AYUMI-2

 ここでひとつ、気合をいれないと!

 それがあたし、《すーぱーあゆみん》の果たすべき仕事……だけど……。

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 みんながそれぞれに、落ち着きをなくしているのがよくわかる。無理もない、私自身、グローブの内側にたっぷりと汗をためているんだから。ルナが用意してくれたユニフォームは、そんなあたしの震えをおさえ、程よくクールダウンしてくれるみたいだ。


 十五分前を告げるサイレンが鳴った。拳を握りしめると、グローブの生地がきしんで音を立てた。


「みんな!」


 あたしは気持ちを決めて声をあげた。立ち上がり、四人を見る。女帝……赤井さんの言葉、正確には藤沢さんから聞いたのだから本当かもわからないけど、それに惑わされている会長。突然現れた、川崎さんという自称ライバルの登場に動揺している? けどニコニコした顔からは読み取れないルナ。この前もそうだったが本番になると弱いたくみと、目をつぶって瞑想しているたまお。よくもまあ、ここまでバリエーションのあるメンバーが揃ったもんだと思う。


「もうすぐ、予選がはじまります」


 一呼吸いれる。


「ここまでこれただけでも、あたしは本当に嬉しい。でも、あたしは欲張りだし、でしゃばりだし、だから、欲しくなっちゃう」


「……何を」


 ゆっくりと目を開いた、たまおが言った。あたしのくちもとが自然とゆるむ。この感覚だ。これがあるから、レースは、ミニ四駆はあたしをとらえて離さない。


「一番っていう、ポジション」


 私は、言ってしまった! また言ってしまった! と、達成感と後悔の両方がこみあがるのを感じてましたが、四人はなんだかおかしな反応。


「何かと思ったら」

「そんな事、もう存じていますよ」

「ボクたちだってさ、」

「同じですよ、あゆみ」


 みんなが立った。バラバラに思えたけど、奥底ではみんな準備ができていたんだ。自分が何とかしなきゃ、と思ってたあたしが一番、自分を失ってたみたい。


「そうだね、ごめんね。余計なこと言って」

「余計なものですか」


 会長が歩みでて、あたしの両肩をつかんだ。力は込められてないけど、てのひらから伝わってくるものがある。


「何度でも、その気持ちを強くもっていきましょう、あゆみ。あなたが手をとってくれなければ、みんなここまでこれなかったんだから。不安なのはみんな同じ。だから、今度はわたしが、わたしたちがあゆみを支えるような走りをしたい」

「会長……。」

「そろそろ出走順を登録するんでしょ?」

「ええ、じゃあ、伝えるね」


 顔をあげた。


 みんなの強い視線の向こうに、目指すべき場所、メインステージ、表彰台、そのてっぺんが見えた……!




 SECTOR-FINAL:SYSTEM REGISTRATION

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 Mini4wd Championship Kanagawa Division Qualifying session

 No.30 Super Ayuming Mini4 Team


 Starting Order

 1. Saotome, TAKUMI

 2. Saotome, TAMAO

 3. Onda, KANADE

 4. Inomata, RUNA

 5. Suzukawa, AYUMI

 Registration completed.


 VIRTUAL CIRCUIT STREAMER: <VS>

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