回る円盤

リエミ

回る円盤


 その時、少年はまだ言葉も知らぬ赤ちゃんだった。


 母と、ベビーカーに乗せられて、連れ出された散歩の途中で、少年はあるものに目が釘付けとなった。


 ベビーカーから見上げたその先に、くるくると回る円盤があった。


 なぜ円盤があるのか、なぜくるくると回っているのか、しかし少年は0歳だったので、母親に尋ねようとしても、ただ「あー!」としか言えないのであった。



 円盤は回る。


 ただくるくると、その場で回り続けるのだ。



 うちに帰ってからも、少年はその円盤を忘れられなくて、夢にまでみた。


 どうしても気になって、この手に触りたい、とさえ思った。


 しかし少年にできることといえば、ただ「あー!」と言って泣くことだった。


 母親は不思議そうに、オムツを替えたりミルクをあげたりしてみるも、今の少年の気にめす方法は何もなかった。


 しばらくそんな日々が続き、母親の育児疲れを察してか、少年は次第に泣くことも減り、あの円盤のことは、徐々に頭の中から消えていった。



 しかし少年はまだ知らなかった。


 近い将来、自分があの円盤に乗ることになろうとは……。




 小学生になった少年は、下校途中に、急にトイレに行きたくなった。


 自分の家はまだ先だし、しばらく歩かなければいけないが、もうギリギリだ。


 そこで、少年はある店へ入った。


 そこは赤ん坊の頃から、よく母親と散歩中に通っていた古道具屋だ。


 きっとここなら、顔なじみのおじさんがいるし、トイレだって貸してくれる。



 少年は、店のおじさんに短い挨拶をすると、すぐにトイレを借りることができた。


 そして少年が「ありがとう」と言って、店から帰ろうとした時だった。



 少年は店へ入ってきたおばさんと、真正面からぶつかってしまった。


 そしてその弾みで、軽い体が、後ろへよろけた。


 次の瞬間、少年のお尻の下で、何かが壊れる音がした。


「おやまあ」


 とおじさんがやってきて、少年を助け起こしながら言った。


「大丈夫かね?」


「ぼくは大丈夫。でも、この機械に乗っちゃって、壊れちゃったかもしれない」


「いや、そんなところに置いていたおじさんが悪いんだよ。それはもう、かなり古くなったし、処分しようと思っていたところなんじゃ」


 少年はその機械を見て、一瞬記憶が蘇った。


 自分が赤ちゃんだった頃、この店先のショーウィンドウで、くるくる回っていたものだ。


 少年は聞いた。


「おじさん、これ、何ていうものなの?」


「おお、それか」


 おじさんは親切に教えてくれた。


「円盤が回りながら音を出す、レコードというものじゃよ」




◆ E N D

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