シャツ
リエミ
シャツ
シャツは、「自分はどうしてこんな人に着られているんだろう」と、納得がいきませんでした。
シャツは、ショーウィンドーのマネキンに着られているのが、一番でした。
華やいだ人通りから、たくさんの視線を集めていたのですから。
今、シャツは試着室にいます。
おばさんに着られて、鏡と向き合わされているのです。
ちょっと太いおばさんは、シャツのボタンを引きちぎりそうです。
シャツは、ショーウィンドーに早く帰りたくなりました。
おばさんはボタンが頑張っているのを見て、買うのをやめました。
シャツは店員の手に渡されて、おばさんから解放されました。
「よかったわね」
と店員がシャツに言いながら、マネキンに戻してくれました。
店員は毎日ここにいるので、どんな服とも以心伝心できるのです。
シャツはまたショーウィンドーから、人通りを眺めていました。
まだ、この人という人に巡り会えずにいるのです。
その寂しい思いに、店員は気づいてくれていて、「あの人はどう?」とか「この人はあなたをきっと大切にするわよ」など言ってはくれるものの、シャツはどうも気が進まないため、ここに留まっているのでした。
シャツは、自分は何を待っているのだろう、分かりませんでした。
そんなある日、本社から店長がやってきて、店員に言いました。
「バーゲンと題して、みんな売ってしまいなさい。在庫一斉値下げよ。季節の変わり目だし、ちょうどいいでしょ」
そこで、店内の衣類は、大きなワゴンに入れられました。
ワゴンセールが始まったのです。
「ごめんね、みんな」
店員は仕方なさそうに謝りました。
店長に逆らったらクビになるので、シャツも店員を恨むわけには、いきません。
そう分かった瞬間、シャツは「この人だ」と気がつきました。
この人ほど、自分の思いをよく知る人間はいない、と分かったのです。
シャツは喋れなかったし、ワゴンの中で客に手に取られながら、店員に想いを寄せるほかありません。
店員も気がついてくれました。
しかし、客に売るのが仕事でしたし、自分が買うというのは、ちょっと違う感じがしました。
シャツはついに買われる日がきました。
お金持ちのお嬢さんに、まとめ買いされたのです。
お金持ちはだいたいケチですから、こういうことはよくあります。
しかしお嬢さんは自分では着ずに、フリーマーケットへ持ってゆきました。
買った値段に、少々上乗せした値段で売り始めました。
ケチな金持ちの考えでした。
しかし、シャツにとって、それはもっとも幸運な出来事でした。
あの店員が、ちょうど通りかかって、よく見ていたシャツに気づいてくれたのでした。
「覚えている、シャツ」
と店員はシャツに言いました。
「わたしは、あの店を辞めたのよ。きっと、あなたがいなくなったからね」
そして、店員はお嬢さんから、シャツを買ってくれました。
「これからは、いつも一緒に生きてゆきましょう」
と店員は言ってくれました。
今、シャツは店員と一緒に、未来へ向かって歩いているのです。
◆ E N D
シャツ リエミ @riemi
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