スランプの怪物
リエミ
スランプの怪物
あるところにSF作家がいた。
彼はスランプに陥っていた。
そんな中、突然彼の前に、大きな怪物が現れた。
「な、なんだお前は!!」
「俺はあんたの産物さ」
と怪物は言った。
「あんたが困った時に、あんたの脳みそを通して出てくる仕組みになっている。言ってみりゃ、俺を喋らせているのは、あんたの考えによるってもんだよ」
「そんな、まさか、信じられない……」
作家は困って、近くの人に呼びかけた。
「誰か、この怪物が見えるだろう!?」
しかし、通行人も誰ひとり、首を縦に振らなかった。
「そんな……本当に僕の空想が生み出したものなのか……?」
「さっきからそう言ってるじゃないか。さあ、俺を題材にして作品を書け。でないと俺が出てきた役目を果たせない」
「し、しかし……」
「まだ信じられないのか。困ったやつだな。現実は小説より奇なり、ってよく言うだろう。さぁ、俺にどうして欲しい。何かストーリーになるよう、動かしてみろ」
作家は一生懸命考えたけれど、この空想の怪物をどうすればいいのか、考えが浮かばない。
もともと、スランプになっていたのだから、これ以上考えられないのは当然だった。
そこで、怪物に聞いてみた。
「お前はどうして出てきた。僕が困った時に出るんなら、僕を助けてくれるためにいるんだろう!? なぜ追い詰めるようなマネをする。僕にはもうアイデアが浮かばない!」
「情けないやつだな。俺はお前が困った時、さらに追い詰めて、そして答えを導くためにいるのさ。人は極度に追い詰められると、新しいひらめきが出てくるものなんだぜ。さあ、俺を見ろ。怖いか、怖いだろう。ガオー。これでもまだ書けないっていうのか」
「書けないものは書けないんだ」
「仕方がない。書くまでつきまとってやるぞ」
「あぁ、恐ろしい……」
作家は頭をかかえて困り果てた。
ちょうどその時、病院が目の端に映った。
作家を診察した精神科医は、親身になって答えてくれた。
「ふむ。そういうわけなら、怪物という想像をやめればいい。その怪物があなた自身の空想なのだからね」
「あぁ、ですが先生……僕がスランプにある以上、この怪物は出るのです」
「なるほど。では、あなたは何も悩まなければいい。書くのをやめなさい」
「僕に、作家をやめろとおっしゃるのですか」
「そういうことですな」
「ええ……そんな……」
確かに、アイデアが無い以上、作家の仕事は続けられない。
怪物を出したのが最後のアイデアなのだとしたら、それに賭けてみるしかなかった。
「やっとその気になってくれたか。よかった。さあ、俺に仕事をさせろ」
怪物は嬉しそうだった。
しかし何日も何日も、作家がペンを取らないので、怪物も日増しに不安になってきた。
「おい、作家。もっと真面目に考えろ」
怪物があまり暴れるので、作家はプレッシャーに押しつぶされそうになった。
「どうしようもないやつだな、お前は」
ついに、怪物のほうが折れた。
「そんなんじゃ、俺の立場がないだろう。わかった、わかった。今回だけは見逃してやろう。お前も初めてだったからな。だが、同じようなことがあったら、俺はまた出てきてやるからな。覚えておけよ」
怪物はガオーと鳴いて、霧のように消えていった。
それからのち、SF作家はノンフィクション作家へと生まれ変わった。
早い話、空想しなければよいことだった。
真実だけを追究してゆけば、空想する暇もない。
毎日、どこかしらで事件は起きる。
それを書いてゆけばいい。
怪物には悪いが、この仕事はスランプになっているような時間は、まるで無かった。
ニュースや報道を掴んでは、それを記事や本にしてゆく。
毎日新しい発見があり、作家は充実した日々を送ったのだった。
「どうだい、怪物。こういうストーリーなのだけれど……」
「ふむ。悪くはない話だな」
作家のそばで、怪物は言った。
「俺が出てきた話を書くことにしたんだな。最後のオチは、俺はわりとキライじゃないぞ」
「そうだろう。僕も必死になって考えたんだよ」
「だが、俺が折れるってあたりは、俺はあんまりどうかと思うぞ。まぁ、これで俺の役目は果たせたっていうことか。それじゃ、俺もやっと休めるわけだ。次のお前のスランプまで、さらば」
怪物はガオーと鳴きながら、霧のように作家の前から消えていったのだった。
作家はそれから、今でもスランプになることなく、アイデアを空想し続けている。
想像力豊かな、SF作家として……。
◆ E N D
スランプの怪物 リエミ @riemi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます