平凡

リエミ

平凡


 俺は退屈していた。


 特に頭が良いでも悪いでもないし、ルックスだって良くも悪くもない。


 特別運動神経にすぐれているというわけでもなく、いわゆるどこにでもいるような、いたって普通のつまらない人間である。


 そんなつまらない人間は、やっぱり大きくも小さくもない中小企業の事務員として入社して、早くも3年の月日が経とうとしていた。


 毎日の仕事といえば、上司から言われたことを地道にこなし、時には電話でのクレームに対応する。


 しかしほとんどが、パソコンの前に座り、同じことを繰り返すだけ。



 やりがいなど何もない。


 楽しいと思ったことなど、入社当初に比べると、まったく感じることがなくなってきた。


 あの頃は新しい人生に期待と不安を抱き、やる気に満ち溢れていたというのに、3年も経つとこうも変わるものか。


 俺はこんな毎日を送りたいわけじゃないのに。



 ふとテレビを見ると、芸能人が面白くもない話をして、周りを楽しませている。


 芸能界にでも入れたら、俺の人生も輝いていたのだろうか。


 そんなことを思いながら、今日も仕事へと重い足を運んだ。




 同じ道を歩き、同じ人間と会話し、同じ仕事をこなし、同じ時間に帰宅する。


 なんというつまらない日々なんだ。


 とうとう俺は会社を休んでしまった。



 俺が求めていたのは、こんな毎日じゃない。


 何か、もっとすごいことをやってみせたい。


 何か皆が俺をたたえるような特別なことを――。



 すると突然、目の前に見たこともない、奇妙な姿をした、半透明のものが現れた。


「!!」


 俺は驚きのあまり、腰を抜かした。


「そんなに驚かないでください」


 奇妙なものは、口がどこにあるかも分からないが、はっきりとそう喋った。


 人間の言葉が話せると分かり、俺は少し安心した。


「お、お前はいったい誰だ?」


「わたくしは――あなた様の知る言語でたとえるのなら、あの世での存在とでも申しましょうか。天使でも、悪魔でもあります。お好きなようにお呼びくださいませ」


 いきなり目の前に現れて、消えかかっている気味の悪いものに対して、天使だとはとても呼べなかったので、とりあえず俺は、悪魔と呼ぶことにした。


「では、悪魔。お前は何をしにこの世に来た。俺の命を奪いにきたのか」


「そんな、めっそうもございません。わたくしは、そんな野蛮なことは大嫌いなのでございます。実は、あなた様のような方を、探していたのでございます」


「俺のような……?」


 俺はふと考えた。


 どこにでもいるような、いたって普通の人間の俺を、どうして……。


「それなのです」


 悪魔は俺の心を読んだかのように続けた。


「あなた様はいたって普通の人間でございます。しかしそんなご自分を変えたいと思っていらっしゃる。皆がたたえるような、特別な存在に」


「ああ。確かにそうだが」


「そこでお願いなのでございます。明日、午前4時に、あなた様のお勤めになる会社の前にいらしてください。お話はその時に。では」


 そう言うと、悪魔はすっと消えていなくなってしまった。


「おいっ!」



 いったい何なんだ。


 明日の午前4時に、会社へ来いだと?


 出勤するには早すぎる時間だ。


 しかし、毎日の平凡な暮らしから、悪魔の出現により、非凡な出来事へと変わったことが、俺には嬉しく感じられた。




 次の日、約束の時間に俺はいた。


 悪魔はまだ現れない。


 何が起こるというのか。


 久しぶりに、俺は胸を躍らせていた。


 こんな時間だし、辺りは静まりかえり、人影すらない――と思ったら、誰だあいつは。


 会社から、誰か怪しい人物が出てきたではないか。


 やけに周りを気にし、手には大きな鞄を持っている。


 俺の会社では見たこともない奴だ。


 俺はそいつの背後にそっと近寄り、肩をたたいた。


「きみ、私の会社に何か用かね?」


 するとその人物は、突然不意をつかれた様子でひどく驚き、手にしていた鞄を落とし、去っていった。


「あっ、おい……!」


 俺は奴が落としていった鞄を拾い、中身を確認すると、そこには着替えとナイフが入っていた。



「今の男は明日、会社で社長暗殺を企む人物でした」


 いつの間にか、俺の横に昨日の悪魔がいた。


「今日は下見に訪れたのでしょう。今年会社に、内定を取り消されたことに対しての恨みです。あなた様の今の行動で、社長の死は食い止められたのです」


「そうだったのか……。内定を取り消された奴も、そういえば今年はたくさんいたようだった。いや、社長を守れてよかったよ。ありがとう」


「いえいえ。念のため警察に通報しておかれるべきでしょう」


「ああ。そうするよ」


 警察に通報し、社長にも朝のことを話した。


 証拠の鞄も渡し、警察や社長だけでなく、社員にもひどく感謝されたことには驚いた。


「いやぁ、怖いものだな。そんな物騒な奴がいたとは。まさかナイフで私を殺すつもりだったのだろうか。なにはともあれ、きみには感謝してもしきれないよ。素晴らしい!」


「いえ。たまたま通りかかっただけですから」


 残念ながら、犯人は捕まらなかったが、こんなに気持ちいい気分になれたのは、生まれて初めてだった。




 そんなとき、また悪魔が現れた。


「やあ、悪魔。お前のおかげで、実にいい気分になれた。感謝しているよ」


「とんでもございません。わたくしにとっても、それは喜ばしいことなのです」


「お前は以前、俺みたいな人間を探していたと言ったな。それはいったい、どういう意味なんだ?」


「はい。実はですね、あの世での人口密度が、少しばかりオーバーしているのでございます。このままでは、この世で死んだ人間があの世へ行くことができず、この世にさまよってしまうことになるのでございます。いきなりこんな話を申しましても、信じていただけないでしょうが……」


「いや、確かにすごい話だが、お前の言うことだ。信じるよ。この世に死んだ人間がさまようなんて、俺だって困る」


「ありがとうございます。そこであなた様に目をつけたのでございます。あなた様は特別なことを成し遂げ、賞賛されたいと思っていらした。わたくしはこの世で亡くす命を、少しでも抑えたいと思っていた。ならばこれから起こる死を、あなた様に食い止めていただこうではないかと、考えたのでございます」


「なるほどな。でも命を救いたいのなら、お前がやればいいんじゃないのか?」


「わたくしには無理なのでございます。人間の命を、自らで救うことはできないのです。それは神に値することになるのでございます。ですので、あなた様を選んだのです。たいくつな毎日を変えられたいという、あなた様の心の叫びが、いつも天に届いておりましたから。これからも、人々の命を救う手伝いを、お願いしてもよろしいでしょうか」


「もちろんだとも。まさに俺が願っていたことだ」


「やはりあなた様を選んで正解でした。さっそくですが、明日の午前0時に、こちらの場所にいらしてください。では」


 そう言うと悪魔は消え、その代わりにひらひらと、頭上から紙が降ってきた。


 そこには、俺が行ったこともない、県外の場所が示されてあった。


「何だ、ずいぶん遠いな。それに午前0時だなんて、もう出ないと間に合わないぞ」


 そう言いつつも、俺はノリノリで支度をし、出かけた。




 電車と新幹線を乗り継ぎ、タクシーを用い、時間ギリギリにその場所へ着いた。


 地図に示されていたその場所は、手入れのされていない、古びた倉庫が連なるだけの路地だった。


「随分田舎なところなんだな。こんなところで、いったい何があるのだろう……ん?」


 倉庫のひとつから異臭がしている。


 近づいてよく見てみると、煙が上がっているようだ。


 急いで俺は携帯電話を取り出し、消防車を呼んだ。



「どうやら、何者かによる放火の可能性が高いでしょう。まだボヤの状態だったので、惨事にならずにすみました。気づくのが遅かったら、大火災へと広がり、死者も出ていたかもしれません。あなたには感謝いたします」


「いえ。たまたま通りかかっただけですから」


 俺は気分がよかった。


 人助けをしているということもあるが、こうして人から感謝されることが、嬉しかったのだ。




 その後も悪魔は俺を訪れ、次々に指示を出した。


 時には未然に事故を防ぎ、時には災害を防いだ。


 県外へ行くことも多くなり、俺は会社を退職した。


 交通費などで出費は増えたが、そんなことは俺にはどうでもよかった。


 人々から業績をたたえられ、感謝状もいくつももらった。


 俺が求めていたのはこういうことだった。


 そう、まさに俺はヒーローだ!




「署長! また奴が事件を通報してきました」


「もう何度目だ。各県の警察でも、奴の名前は有名だ。国内あちこちに旅行しているとでもいうのか」


「僕は、なんだかそいつが怪しく思えてなりません」


「確かに。全県各地を歩き回り、その度事件に出くわし、解決させている。それも時間帯だって、朝方だったりと不自然だ」


「そういえば、奴が事件を通報しだした頃に、勤めていた会社を辞めている、との情報があります」


「なるほどな。私は思うのだが、奴こそ事件を起こしている張本人なのではないか、と」


「ええ、ええ、僕も同じことを思っていました」


「よし! すぐ警視庁に連絡しろ! 本日、奴を要注意人物として確保するんだ!」


「了解いたしました!」




 ――男は何が起こったのかわけも分からないまま、警察に連れて行かれた。


 俺はヒーローだ、と叫びながら。



 その後、偶然にも事件はぴたりと止み、男が事件の発信源であったという、警察の見解から、男は刑務所に入れられた。


 また、悪魔が、悪魔が、という意味不明な言動から、頭のおかしい異常者として扱われた。



 しばらくして、狂った男は自らの歯で舌を噛み切り、死亡した。


 ヒーローから異常者へと零落した、こっけいな男の死だった。




 ああ、こっけいだ。


 こんなに面白い死は何年ぶりだろう。


 この男を選んで、本当に正解だった。


 大いに楽しませてもらったよ。


 最近の人間は皆、平凡でつまらない死に方ばかりだ。


 ひと昔のような、惨たらしい戦争や、醜い殺し合いなんてありえないくらい、平和な今の時代では、なんの面白味も感じられない。


 まったく、つまらない世の中になってしまったものだな。




◆ E N D

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平凡 リエミ @riemi

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