違法不用品回収業者を追え!

腹筋崩壊参謀

【短編】違法不用品回収業者を追え!

「……よし、見つけた……」

「慎重に追いかけてくれよー」

「分かりましたー」


 とある街中、有名なテレビ局の名前が小さく描かれた車が追跡を始めたのは、荷台に多数の大型家電製品を積んだ軽トラック――テレビ局のスタッフたちがずっと狙っていた取材対象であった。

 

 じっとナンバープレートを見つめながら運転を続けるスタッフたちが追う軽トラックは、以前からこの街をはじめ各地で問題になっていると言う『違法不用品回収業者』。各地の自治体の許可を得て行う必要がある不用品回収業を何の申請もなく実施し、何も知らない家々から要らなくなった多数の家電製品を高額で回収してはどこかへ持ち去っていくと言う集団である。場合によっては依頼した人にも廃棄物処理法違反という罪が課せられる可能性があるこの悪人たちをもっと世間に広める必要がある、と言う表向きの理由と、彼らを取材対象にしてニュースで発表すればたっぷりと視聴率が稼げる、と言う裏の理由を心に含めながら、スタッフたちはこれまで入念な取材を重ね、この近辺に軽トラックを駆る業者の本拠地があるという情報をつかんだのだ。


「しっかしうっせえよなぁ……」

「全然俺たちに気づいてないみたいっすね」


 スピーカーから無料で不用品を買い取ると言う内容の喧しい声を響かせながら、軽トラックは夕暮れの街を進み続けていた。その背後をスタッフたちはばれないよう慎重に追いかけた。その日は荷台に積んでいる冷蔵庫やテレビなどの家電製品外の収穫はなかったようで、街の隅々をゆっくりと走るだけで終わった。

 そして夕日が街の向こうに沈み、空が黒みを増し始めた頃、トラックは進行方向を街から離れる方向へと変えた。


「よし……思った通り……!」

「いきますよ、皆さん!」


 スタッフたちの予想通りの方向へと大量の家電を積んだトラックは走り続けた。十数分走り続けて例の街からだいぶ離れた頃、彼らの前に見えてきたのは古びた工場や倉庫が並ぶ一角だった。この区域の中に、以前から何をやっているかはっきりとしていない会社があると言う情報を入手していたスタッフは、このトラックの目的地は会社が所有しているという大きな倉庫ではないか、と睨んでいたのである。


 そして曲がり角を右に曲がり、左に曲がり、そして更にまっすぐ進んだ先に――。


「……着いたか……」


 ――彼らの予想通り、やけに巨大な倉庫が見え始めたのである。


 その近くにある空き地に、例の軽トラックが止まった。彼らにばれないようそっと車を停めカメラの操作を始めたスタッフたちの前で、トラックの中から2人の人影が降り立った。見た目は普通の男性だったが、彼らの手際の良さはまるでプロのようで、倉庫の中から現れた数名の男も加えて非常に速いペースで荷台から家電製品を降ろしていった。そして、近くに開いた入り口の中へと次々に持ち込んでいったのである。


 これだけてきぱきと動けるのなら許可をとっても良かったんじゃないか――そう思いつつ、スタッフたちは倉庫の中で何が行われているのか、更に取材を続けることにした。車から降りた彼らが倉庫で何をやっているのか、カメラにしっかりと記録するためだ。


「倉庫の扉が開けっ放しだな……どこから撮るか?」

「あそこにしましょう、近くにあの連中が集まってますし」


 多数の機材を移動し終わり、取材を再開したスタッフたちの前で、違法業者の一員とみられる男たちは回収した多数の家具を次々に解体し始めた。テレビや冷蔵庫の部品がはぎ取られ、洗濯機が分解されていく――その様子を、テレビカメラはつぶさに映していた。きっとこれらの解体された部品の数々は、更に各地の業者に転売され多額の金へと変えられるのだろう、と考えながら取材を続けていた時、一瞬男たちがカメラの方法を振り向いた。


「「「!?」」」


 慌てて身を隠したのが功を奏したのか、すぐに男たちは向きを変え、家電製品の解体を続行した。

 そして、そのままカメラに映像を収め続けていた、その時だった。


「……?」

「……何やってんだ……?」


 

 急に男たちの動きが止まり、そっと家電の部品を手に取った。そして、そのまま注視し続けたテレビ局のスタッフの目の前で、一瞬理解に苦しむような光景が繰り広げられ始めたのである。


「……おい、カメラ間違ってんじゃないだろうな……」

「何言ってるんですか……」


 そして、男たちは一切迷うことなく様々な金属やプラスチックを――。


「「「……!!」」」


 ――その光景を見た直後、スタッフたちは全身に恐怖が走ったが、それと同時に強烈な使命感に襲われた。目の前で繰り広げられ始めた現実を超越した出来事、明らかに普通の人間ではありえない、奇術でもこのようなことはできないであろう現象を、映像に収めることが自分たちの宿命だ、と考えながら、そのまま彼らはカメラを回し続けたのである。


 不用品回収業者と名乗る男たちは、違法に回収した多種多様な家電製品の部品を自ら『処理』していた。どの製品が好みか、どの部品が一番すっきりと処理できるか、様々な話題で盛り上がりながら、男たちは和気あいあいとした表情を見せ続けていたのである。やがて、次々に『処理』を続けるにつれ、次第に男たちの頭や首元にも異変が起き始めた。まるでメッキが剥がれるかのように、彼らの肌がぼろぼろと体から離れ始めたのだ。そして、その内側から見えてきたのは、どう見ても普通の人間が体に持つものではない色――『銀色』であった。それも、眩い光を反射する、金属めいた色の。



「……んっ!」

「「……しまった!?」」



 その『体』によって反射された光が、スタッフの1人の目を直撃したのがまずかった。ついあげてしまった声が、あの男たちの耳にもはっきりと伝わってしまったのである。ゆっくりと立ち上がり、無表情でこちらを見つめる男たちの目もまた明らかに人間のものから変貌し、こちらをぎろりと見つめる『赤胴色』を帯びていた。



「ひっ……!」

「ま、まずい……!」

「に、逃げるぞ!!」


 幾らマスコミ魂を持っていても、それは命あっての事。流石にこの事態を前にすれば逃げるしかないと考えた彼らは、機材を持って急いでその場から去ろうとした。だが、彼らのもとへ向かい始めた男たちの足の速さは予想以上――人間の速さを凌ぐものだった。当然カメラマンも撮る余裕すらなく、車めがけて逃げ出すだけで精一杯だった。

 そして、何とかその場から逃亡する最終手段である取材用の車に到着し、扉を開けようとした直前だった。ふと後ろを振り向いたスタッフの一人が喉が裂けそうなほどの悲鳴をあげた。決して手放すことなく持っていた取材道具入りの頑丈なバッグの傍にあの『男たち』が駆け寄っていたのである。彼が見たバッグの裾には、ごと巨大な穴が開いていた。そして、赤い目をらんらんと輝かせる男たちの視界にはテレビ局の車――大量の金属を使って造られた乗り物があった。



「「「……!?」」」


 その意味に気づいたスタッフたちは、必死に扉を閉め、エンジンをかけようとした。しかし、焦れば焦るほど人間は度忘れをするものと言うお約束は彼らにも当てはまってしまい、中々車を発進させることはできなかった。その間にも次々と迫りくる男たちによる衝撃で何度も車は揺れ、金属がひしゃげる音が次々に響き続けた。



「早く、早く!!!」

「そこです!!早くそこを!!」

「そうかここか!!よしっ!!!」



 車のガラスにひびが入り始めた瞬間、ようやく彼らの車が動き始めた。まさに死に物狂いで逃げ出したスタッフたちは、倉庫がある場所を通り過ぎ街の明かりの中に到着するまで決してバックミラーを見ることなく、口を利くことも決してなかった。自分たちの身に何が起きたのか、それを思い出すだけでも命が尽きてしまうのではないか、と考えたからだ。


 数日後、彼ら取材スタッフは上司たちにはっきりとその映像を見せた上で、この取材企画そのものを完全に没とした。

 確かに視聴者に様々な社会の闇を暴き、真実を伝えるのは自分たちの使命かもしれないが、それでも決して見せてはいけない、視聴者に害を与えかねない真実は確実に存在する。テレビカメラや彼らの記憶に残されたあの光景こそ、まさにこの世界に潜む真の『闇』だ、と考えたからである。


「先輩……」

「……何も言うな」

「はい……」


 そして彼らは、映し続けた記録も全て削除し、この取材そのものを後世に残さない決定を下した。

 当然だろう、各地から集めた家電を、人間の姿を真似たなど、到底全国に放送できる訳はないからだ……。


<おわり>

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