コード
リエミ
コード
ある日私は、自分の背中からコードが出ていることに気づいた。
背中を鏡で見てみると、テープや接着剤で引っ付いている様子はなく、じかに生えているといった感じだ。毛のように。
私はコードの先にあるべきものを探した。すなわちプラグだ。コードがあるなら、あるはずだ。
しかしコードはただ垂れて、地面に伸びているだけで、その先は見えなかった。
コードは延々と、どこまでも伸びていた。
私は記憶を辿ったが、思い当たる節はなく、私はコードも辿ってあるいたが、その先も途方もないように思えた。
しかし辿らなくてはならない。
ドアにコードを挟みそうになって、急に私は怖くなった。
これがもしも、医療器具のたぐいだったら、私は自分から抜けた時、死んでしまうのではないだろうか。
私は恐ろしくなり、コードに気を遣って歩きながら病院を目指した。
横断歩道を渡ったところで、後ろを振り返ると、車が幾台も私のコードの上を走っていく。
私は冷や汗を出して固まった。
息を飲んで見守ったが、じっとしているわけにはいかない。
私は今まで無事だったことを不思議に思った。
きっとまだ、私の知らない所で、私から伸びたコードの上を、何かが通り過ぎているのだろう。
私は、自分の背中から出たコードを、見つけ次第、手に巻いてゆけばよかったとも思ったが、もう病院はすぐそこだ。
自動ドアが、病院に入った私の後ろで閉まる。
コードを挟まれた。が、私はもう慌てない。
焦ったとして、何になるのだ。
私は後ろ手に背中を押さえた。そしてコードを掴むと、後ろを見ずに歩き出す。
コードは、押さえられた私の手により、私から外れない。
ドアの間でするりするりと引きずられながら伸びてくる。
そう、私についてくればいい。
不思議だった。
周りの人は私を見ても不審がらない。
コード付き人間は珍しくないのだろうか。
それとも、何かこれは重大な病気で、哀れんで見ないのかもしれない。
だが、何食わぬ顔で私のコードを踏みつけて歩くのもいかがなものか。
私の思いは複雑に絡んでいた。
私のコードもこの先絡まっている映像さえ見えた。
医者は私を見るなり笑みを見せた。
「大丈夫ですよ、そんなに悩まなくても」
私はぽかんと医者を見つめた。
気づいたらコードが出ているんだぞ、こんな奇妙なことなんてないじゃないか! そう怒りたかったが、医者は冷静に口を開いた。
「こんな相談を受けたのは初めてです。でも、あなたは心配しなくても平気です。体はどこも異常なく、丈夫そのものだ。気にしないで。では次の方!」
医者は私の診察を終わらせた。
私はあてにならない病院を出て、コードの続く限り、道を歩き続けようと誓った。
コードは水溜りに入っても、ショートしないかとか気にしない。
同じ所を何周も回っていたって、迷路に入ったと消極的にならない。
私は目の前に伸びるコードだけを、ひたすら無心で追いかけていた。
コードの先を見つけた時、意味を見つけられるだろう。私の体が何に繋がれているか、それが最も重要だった。
人体実験、という言葉が浮かんで、すぐに振り払った。考えつめてもキリがなく、恐ろしさに溺れるだけだと分かっていた。
私はコードに導かれて、ある大きな建物へ入って行った。
中央に小さな機械と、テレビのような画面が置かれ、そばにベッドが一台あった。
小さなおじいさんが寝ていた。
手にテレビのリモコンであろう、コントローラーが持たれている。
「よし、無事に帰還できたようじゃな」
と、おじいさんが言って、コントローラーのボタンを押した。
すると同時に、私の顔が右へ向いた。
意思とは反対に、もう動かせない。
何だろう、と思っていると、目線の先に柱が見えた。
コンセントがあり、プラグが挿されている。
見慣れたコードの色。私の背中のコードだった。
ここが私の終着地点だった。
おじいさんの手がコントローラーを動かしているのか、私の顔は左右にぶれた。
視界にテレビの映像が映る。
テレビの中にテレビが見える。そのテレビの先に、さらにテレビ。
これは私の見る映像だった。
私は察した。
私はテレビカメラなのだった。
ベッドに寝ただけのおじいさんは、私を動かす。
私の顔が動き、体が移動し、視界に映る外の世界のすべてのもの。
おじいさんは、それをテレビに映して眺めている。
私を病院に向かわせたのも彼だ。
私はカメラ。
機械なので、医者もいらない。医者は私をからかったのだ。
「コード付きも、もう古い。そろそろ、電波で飛ばす時代じゃ。新しく造るかの」
おじいさんはそう言って、私を動かした。
私は柱に向かって動き出す。
私が機械だとしたら、私の心はどこから来て、どこへゆこうというのだろう。
私はそれを考えようとしたが、それより早く手が伸びて、コンセントからプラグを外した。
私の視界は、暗闇となった。
◆ E N D
コード リエミ @riemi
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