第26話 お城にご招待
背中を押されて、情けない顔で「スノー」と私の名前を呼ぶファルに、首を横に振って先を行くように促した。この場を収める方法は、私たちが立ち去るほかには無いだろう。まるでその場に縫い留められてしまったかのように、立ち尽くしたままのファルの背中をさらに強引に押す。二歩三歩と、どうにか前進したがその動きはぎこちない。彼を動かすにはあと一押しの説得が必要だと判断した私は、後方で傍観を決め込んでいたシュナウド様に視線で“どうにかして”と訴えてみる。
「…では予定通り、帰還いたしましょうか。…ゼンベル隊士は後で報告をお願いします」
「「「はっ!」」」
シュナウド様の命令により、隊士達が一様に敬礼を持って改めて任務を再開する。皇太子殿下の補佐という立場である以上、シュナウド様の任務遂行命令にはファルも例外なく従わなくてはならないのだろう。誰にも気づかれないように小さな嘆息を漏らした後、黙ったまま私の頭を撫でて行く。
石を投げた少年のもとで調書らしきものを取ろうとしている隊士、もといゼンベル隊士はこの場に残ることが決定して。緊張していた隊士達の気持ちも暴れ出す様子のない虎の姿に落ち着きを取り戻していく。
やってもいないことを責められて、私も腹がたたないわけではなかった。でも私は今、ファルの我がままで連れられていることになっている。私が暴れれば、それは全てファルの責任になる。そう、シュナウド様も言っていた。ならば私が今此処で騒ぎを起こすわけにはいかないではないか。
人々の悪意に気落ちしながらも、私はなんでもなかったように装って。ここまでの道程と変わらぬ歩調で動き出す。…横を歩いているファルの顔は怖くて見れなかった。
シンと妙な静寂に包まれてしまった城下街を抜けて、我々一行は王城の前へと辿り着いた。
王城に使われている壁は白に近い灰色で、街の中で多く使われていたような煉瓦素材ではなく岩石のようだ。この色合に良く似た岩石で石灰岩というものを知っているが、雨風の激しいこの地で劣化しやすい石灰岩を使っているとは思えない。おそらく違う岩石なのだろう。
城の敷地は正面から見ただけでも、日本の皇居と同等かそれ以上の面積がある。有事の時には民全員を囲い込めるだけの敷地があるので、煉瓦よりは強固な素材で建築されているのだろう。城をぐるりと一周囲んだ深い堀と溜池が築かれていることからも、この城が防衛の面を果たしていることは間違いない。猟銃があることから予想はしていたが、城壁のところどころに大砲を打ち出すための穴がある。ガラス窓もあることから、それなりの科学技術が発展していることは間違いない。
掛けっぱなしになっている開閉式の吊り橋を二列になって渡る。太い鎖で吊るされた橋は見た目よりも頑丈なようで、揺れたりすることはない。橋を渡り門の横で王城へと入場するための許可申請をする。シュナウド様とファルがいることから、あっさりと入場許可が下りた。
「殿下が第三謁見室でお待ちです」
「ご苦労様です」
伝令から羊皮紙を受け取ったシュナウド様のやり取りに、私はいきなり“殿下”なる人に会わねばならないのかと緊張がはしる。護送のお勤めを終え、緊張から解放されて解散していく隊士達とは正反対だ。
「…もう口枷は外してやってもいいか?」
ここまでずっと私の姿を痛ましげに思っていたファルがシュナウド様に言い立ててくれる。いい加減、鼻呼吸が辛かった私にとっては手の助けとも言える申し出だ。
「構いませんよ」
あっさりとシュナウド様から承諾がおりて、私は内心驚いた。今から殿下なる高貴なお方と接見するのに、危険な要素を持ち込むとは思っていなかったからだ。
本当に大丈夫なのかと、二人をチラチラとみる私に構うことなく、ファルが鼻上から顎にかけてぐるぐる巻きにされていた鞭を外してくれる。久しぶりに感じるお口の解放感に、大きく口を開けて名一杯の酸素を吸い込むと同時に。口内に溜まっていた唾液が床を濡らしてしまった。
「(…あ)」
城に着くなり早々に粗相をしてしまった私の尻尾は、あまりの落ち込みようにだらんと下りて床につく。廊下には幸いにも絨毯の類は敷かれていなかったが、こんな綺麗な王城を真っ先に汚してしまうなんて、獣の身はツライ。じんわりと私の体液を吸い込んでしまう木製の床材に…私はどうすることも出来ない。消えていきそうな水たまりを眺めて、怒られてしまわないか震える私を…シュナウド様は一喝することもなく。真っ白なローブの胸ポケットからハンカチーフを取り出して、私の口周りを綺麗にした後に、サッと床に垂れてしまった汚物を処理した。そして何事もなかったかのように、颯爽と目的の部屋に向かって歩き出す。
「…オカンだよな」
前を歩くシュナウド様に聞こえないように、私の耳に内緒話をしてくれるファルに、沈んでいた気持ちが少し浮上した。厳しいドエスな方かと思っていたけれど、案外悪い人ではないらしい。そう言われてみれば森で出会った時から、シュナウド様はファルの相談役であったし、隊士達も抑えきれないファルの暴走をシュナウド様任せにしていた。…“オカン”。彼の外見には似合わないが、内面的にはぴったりの言葉かもしれない。
唾液で汚れたハンカチをズボンのポケットから取り出した巾着に入れて仕舞う、徹底的なまでの準備の良さに、私はくすっと噴出した。
非常食に恋をした 瀬野 @anohiromu13
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