独白という形で語られる、一人の女魔道士の物語です。幼い頃より兄から虐待を受けて育ったチェントは、ずっと兄に怯え、自ら考えることも放棄して生きてきました。しかしある日、敵国にさらわれた彼女の運命は大きく変わっていきます。
ようやく手にした力と居場所、そして誰かを愛するという気持ち。しかし、兄への憎悪の上に成り立つそれは、兄の呪縛から逃れることも出来ず、やがて復讐という形に変わっていきます。
主人公の独白は、事実を淡々と語るだけで、そこに言い訳めいたものはありません。だからこそ、彼女の歪んでしまった人生が深く読者に突き刺さってくる物語です。
主人公の半生を見た時、登場する人は変わるものの、人に対する視点はある種、固定化されており、それが彼女に数奇な人生を歩ませることに。
根底に垣間見えるのは、自身を悲劇のヒロインとして捉えようとする思考の癖と、それに合致しない現実世界。
「悪魔にとりつかれたかわいそうな女の子」という表現はそういった点では、終始、影響力のあるシナリオの背骨となっている。
普段からの負荷によって人格が深まるというものを戦闘訓練になぞらえているのも面白い。
克服と決別
チェントはなるほど嫌われているかもしれないが、自身から語り掛けることもなく、また反対に、豪華な待遇を得るも馴れはしないといったように、上記のヒロイン観がくまなく表現され、「見限られて楽になりたい」に。
愛する父と母の死。そして、そこから始まる兄との共同生活。
妹である彼女の、チェントの視点によって語られる後日譚とも違う物語。
彼女の体験した人生、その最初から遡って、なぜそこに至ったのかを語る物語だった。
兄は妹を守り、妹は籠の中の鳥の如く、守られる立場でいる。兄は妹を守ろうと幼い身体を酷使し、その上で数々の修羅場を駆け抜けたのだろう。
幼い身に余る程の、痛みを。
兄にとって、妹とは守るもの。なのに、彼は妹を傷つけてしまった。それが、この兄妹の人生を歪ませる、あるいは狂わせる岐路であったのだろう。
兄は、英雄とも呼べる偉業を成し遂げて来たのだという。兄に救われた青年が言っていた事を、妹は到底、信じる事ができなかった。
なぜなら、兄は私に恐怖と痛みを、トラウマを植え付けた存在だから。
物語は巡って、兄妹が成長していくに連れて各国を巻き込むほどの戦争へと、世界は移り変わっていく。
その最中、妹である少女は数奇な運命を辿る事になる。それは、彼女に強さを齎すだけでなく、一粒の幸福を与えてくれた。
兄は、何かに取り憑かれたように、ひたすらに敵と定めた魔王を討たんと戦場を駆け巡る。
妹は、愛する者の為、あるいは兄という存在を克服する為、運命の渦中へと身を投じた。
これは復讐劇だった。されど、悲劇でもあった。
重厚なストーリー展開、一人ひとりの人間を描き、この物語の中で生きている様は、脳内に物語の光景を映させた。
とんでもない作品に出会えた事に、今は感謝を。
良かった点
①看板に偽りなし
虐待を受けた主人公が、力を得ると惨劇になる。罪の告白と謳っているので、どのような内容と期待していました。きちんと切るべき人物は切っていて、好感が持てます。物語に深みが出る入場・退場のしかたなので、上手だなぁと感じました。
②努力の上で
昨今、何の努力もず、神から与えられた力をさも自分のものと勘違いして、横暴にふるまう主人公を多く見てきました。
そのなかでも御作は、素質はあれど、開花するまできちんとした修行の描写をしていることが良いと思いました。
元来、人の能力はその人間が積み重ねてきたモノの結果だと考えています。
③拡張性
まさかの敗北エンドは驚きました。ただ、続編に繋げられるような含みのある終幕だったので、期待が持てます。尤も、この作品はこれで完結したほうが美しいのかもしれませんが。
④シンプルな能力戦闘
ごちゃごちゃと解説の必要な能力は、読者を疲れさせてしまうものです。そこに至るためには相当の魅力がないと難しい。御作は魔法で編み出した剣と、補助を受けた浮遊盾というもので、先頭の場面を想像しやすく、読者の共感を得やすいギミックだと思います。
○○という理由でこの魔法剣は、鉄の剣より強い。という説明があればもっとスッキリしたのかもしれません。
気になった点
①性格
主人公の性格が、一読して挑発的であると感じました。
絶対的な優位を得ていない挑発は、下手をするとかませ臭を漂わせるものだと思いますので、匙加減にご配慮いただければと思います。
兄に対して、ちょっと勢いづいた時点で挑発する行為は、これはフラグかな? と感じてしまいました。
②恋模様
ネモさんと恋に落ちる理由が若干弱いと感じました。
ネモさんが主人公を慕う理由は説明されていました。恋愛はインスピレーションで決める人から、長い年月を経過して気づく人など千差万別です。
が、短編量の文書であることを考えると、読者に理解してもらうために、二人の間で象徴的な出来事があって、それを全面に押し出しても良かったのかもしれません。
③軍団規模の……
戦闘において、どの程度の軍団がぶつかったのか、ちょっと謎でした。
騎馬隊が前面に出てくる→野戦の中央突破かな? もしくはカンナエの戦い方式で両翼の機動戦力かな?
と、運用にも頭を悩ませる場面もありました。
崖上は兵を展開しづらい→騎馬隊が出てきた。という場面があったように思います。読み飛ばしていたり、間違っていたら申し訳ない限りですが、不自然では? とも。
物語的には、主人公の魔法能力で起死回生というのが要点かと思いますので、あまり気にしないでください。
以上、よろしくご査収ください。
おいげん
環境により、人は歪んでしまう。
それがビンビン伝わってきます。
ある兄妹が主軸になって進む物語です。
妹の方が主人公で、この主人公、平和で豊かな環境で生まれて育っていれば、きっと輝かしい人生を送れただろうと思うのに、厳しすぎる環境のせいで、劣等感、疎外感、被害妄想、孤独感。
悪感情に塗れて、歪んだ人格を持って育ってしまうのです。
ですが、その後の人生で、認められる喜びを知り、愛を知って、変わっていくのですけど。
よほど、彼女の神様は彼女が嫌いなのか、どんどん過酷な運命を押し付けてきます。
最終的に彼女がどうなってしまうのか?それを見守りましょう。
最後に。
読後感は悪くないですよ。