第4話 悔い改めよ、天の国は近い

※ハイパー黒歴史夢小説を食らえ




 夏の終わりが近づいてきた昼下がりのことである。私は都内住宅街の奥にある大澤めぐみ先生の家を訪れていた。


 大澤先生宅の庭園には色とりどりの草花が植えられていた。そしてその草花の周りを虫たちが美しい羽音を立てながら飛び回っている。名も知らない花たちが醸し出す湿り気の強いニオイは私の鼻を鈍く突いて、玄関のチャイムを鳴らすと「ぴんぽーん」という間抜けな機械音が響いた。大澤先生はすぐにチェーンロックをかちゃりと外してドアを開けてくれる。


「どうぞ、お入りなさいな」


 先生はそう微笑み、私を中に招き入れた。


 私は半年ほど前から大澤先生に個人レッスンのようなものを受けている。私が文学部四年生のとき文芸創作コース非常勤講師へ就任した大澤先生は、私が大学を卒業して就職してからも私と師弟関係を続けてくれているのだ。それがどういう理由によるものなのかは私自身にもよく分からないでいる。大澤先生は私に小説家としての才能があるのだと教えてくれたけれど、正直なところ私より優れた作品を提出している学生はたくさんいたはずだ。


 履き物を揃えて廊下を歩くと、私たちはリビングに到着した。部屋の壁に床から天井まで届く豪奢な二重本棚が立てつけられていた。本棚のいちばん上へ手が届くようにホイール付きの梯子も備えられている。そしてその本棚全てに大澤めぐみ先生の蔵書がびっしりと埋められていた。古今東西あらゆるジャンルの書物が男女別々の著者名順に並べられている。私は額の汗を手の甲で軽く拭った。部屋のシーリングファンが私に纏っていた熱を心地よく消し去ってくれる。


「適当に座っていてね。今お茶を用意するから」


 そう言うと先生は奥のキッチンに姿を消した。私は生返事を返しながらオズオズと下座にある蝶柄のソファへ腰を下ろす。そして先生のいない広々とした空間を見回しながら感嘆の声を漏らした。


(はあ……すっごい大きい……)


 なんど先生の家を訪れてもこの風景に慣れることはなさそうだ。ここにある書物の全てが先生の血肉になって先生の傑作を生み出している。その事実で、まるで私は先生の脳内に囚われたかのような気分になるのだ。


 大澤めぐみ先生はその業界では有名な官能小説家である。相対的に見れば遅咲と言える31歳で処女作を出版社に送り付けた先生は、倉敷藤花長篇新人賞を受賞したその小説で早くも人気作家に仲間入りした。それだけ大澤先生の文学性は多くの読者に衝撃を与えたということだろう。従来のサドマゾヒズムに収まらない斬新なシチュエーションと性戯の設定、読む者全員に直接快楽を叩き込むかのような傍若無人でいて粗のない文章。普段は官能小説に縁のない人々も書店で彼女の本を手に取ることとなった。


 私は大澤めぐみ先生の部屋中を見回しながら、いつものように、ある本棚の頂に掲げられたプレートへ目を止めてしまう。


 ――悔い改めよ。天の国は近い。


 それは聖書の中で何度も繰り返される言葉だった。


「神の話は今でもお嫌い?」


「ひゃうっ!」


 私はか弱い獣のような声を上げて飛びのいてしまった。いつの間にか戻ってきた先生がこっそりと私の耳もとで囁いたからである。吐息を含む低い声で弄られた私の顔はたぶん真っ赤になっていたのだろう、大澤先生は悪戯好きの子供みたいに笑いを堪えながら両肩を震わせていた。


 私は大澤めぐみ先生の容姿を惚れ惚れと見上げる形になってしまった。父親から西洋人の血を継いでいるらしい彼女は金髪碧眼のツインテールに、艶やかな真紅のドレスという華やいだ恰好を完全に自分のものにしていた。こうして眺めてみるととても私より20近く年上であるようには見えない。それどころか私と同じ「女」という生き物であるとさえ信じられなかった。でもそこに不思議と惨めさや劣等感は覚えない。神話に登場する人間が天使に対して嫉妬しないのと似たような感情である。


 そうだ、先生にはどこか現世の理を超越したような雰囲気があるのだ。たとえば私は大澤先生に恋人の類がいるという話を全然聞いたことがない。高嶺の花に過ぎるから世の男性もおいそれと口説けないのかもしれないが、大澤先生のほうが誰かに想いを寄せたという噂もないのは腑に落ちかねる。もしかすると先生は人並みの恋愛感情や性欲などとは無縁なのではないか。だからこそ逆に大澤先生の官能小説は、常識や道徳を破り捨てる筆致に満ちているのではないか、と。


「いや、ひょっとしたら単にレズビアンということだってありうるかもしれないぜ。むしろそう考えたほうがヤツの小説について大いに納得できる部分もある。あの女性描写はどちらかといえば男が女を見るときの感覚に近いもんなア。だからお前もあんまり先生の家に通い詰めないほうがいいかもしれないぞ。どうして大澤めぐみがお前を妙に気に入っているのかは知る由もないがな、そのうち睡眠薬でも入れられて酷い目に遭わされちゃうんじゃないのか?」


 男友達のひとりが冗談交じりに言うのを、私は睨んで黙らせたことがある――その手の俗っぽい解釈を先生に当てはめるのは個人的には躊躇われた。


「御免なさい、ちょうどアイスティーしかなかったの。構わなかったかしら?」


 先生が両手で銀色のトレイを携えながら歩を進める。グラスに入れられた氷たちが日の光を反射しながらカラカラと歌っていた。


「いえ、アイスティーは好きです。とても」


「そう?」


 大澤先生はアンティークなテーブルにトレイを置くと、窓辺、上座にある花柄のソファに腰を下ろして細い両足を柔らかく組んだ。スカートがふわりと揺れて、彼女が逆光に晒されるのは私には眩しい。


 私は大澤めぐみ先生の言葉(神の話は今でもお嫌い?)を頭の中で繰り返す。たしかに私は先生の話でも神様の話だけはあまり真剣に聞いていなかった。大澤先生が自分の信じる神について語るたび私が覚えようとしていたのは、その言葉遣いや仕草表情の美しさだけだったと言ってもいいくらいである。多くの平均的な日本人がそうであるように、私もまた神を信じてはいない。もしもこの世界に神様がいるとすれば、それは先生が語る神様ではなく、むしろ先生自身がそうなのだろう、と私は思っていた。


 ただひとつだけ、神様の話の中で記憶に残っているものがある。大澤めぐみ先生がいつになく恍惚とした表情で私に向けて語っていたのは、旧約聖書の創世記第22章1節から19節まで物語られる「イサクの燔祭」。私はその話の神様があまりにも残酷かつ理不尽な存在であることに驚いて、そんな神様を信仰している大澤先生のことも少しだけ怖くなってしまった。あの日の先生は明らかに、神の言動が残酷かつ理不尽であること自体に魅せられているように見えた。


 こんな話だ。


 ――――22:1是等の事の後神アブラハムを試みんとて之をアブラハムよと呼たまふ彼言ふ我此にあり22:2ヱホバ言給ひけるは爾の子爾の愛する獨子即ちイサクを携てモリアの地に到りわが爾に示さんとする彼所の山に於て彼を燔祭として獻ぐべし22:3アブラハム朝夙に起て其驢馬に鞍おき二人の少者と其子イサクを携へ且燔祭の柴薪を劈りて起て神の己に示したまへる處におもむきけるが22:4三日におよびてアブラハム目を擧て遙に其處を見たり22:5是に於てアブラハム其少者に言けるは爾等は驢馬とともに此に止れ我と童子は彼處にゆきて崇拜を爲し復爾等に歸ん22:6アブラハム乃ち燔祭の柴薪を取て其子イサクに負せ手に火と刀を執て二人ともに往り22:7イサク父アブラハムに語て父よと曰ふ彼答て子よ我此にありといひければイサク即ち言ふ火と柴薪は有り然ど燔祭の羔は何處にあるや22:8アブラハム言けるは子よ神自ら燔祭の羔を備へたまはんと二人偕に進みゆきて22:9遂に神の彼に示したまへる處に到れり是においてアブラハム彼處に壇を築き柴薪を臚列べ其子イサクを縛りて之を壇の柴薪の上に置せたり 22:10斯してアブラハム手を舒べ刀を執りて其子を宰んとす 22:11時にヱホバの使者天より彼を呼てアブラハムよアブラハムよと言へり彼言ふ我此にあり 22:12使者言けるは汝の手を童子に按るなかれ亦何をも彼に爲べからず汝の子即ち汝の獨子をも我ために惜まざれば我今汝が神を畏るを知ると 22:13茲にアブラハム目を擧て視れば後に牡綿羊ありて其角林叢に繋りたりアブラハム即ち往て其牡綿羊を執へ之を其子の代に燔祭として獻げたり 22:14アブラハム其處をヱホバエレ(ヱホバ預備たまはん)と名く是に縁て今日もなほ人々山にヱホバ預備たまはんといふ 22:15ヱホバの使者再天よりアブラハムを呼て 22:16言けるはヱホバ諭したまふ我己を指て誓ふ汝是事を爲し汝の子即ち汝の獨子を惜まざりしに因て 22:17我大に汝を祝み又大に汝の子孫を増して天の星の如く濱の沙の如くならしむべし汝の子孫は其敵の門を獲ん 22:18又汝の子孫によりて天下の民皆福祉を得べし汝わが言に遵ひたるによりてなりと 22:19斯てアブラハム其少者の所に歸り皆たちて偕にベエルシバにいたれりアブラハムはベエルシバに住り――――


 たとえば私はいつか自分自身の子供を生んだとして、その子を生贄に捧げろと大澤先生に命じられたら捧げてしまうのだろうか。そして先生は刃物を握りしめる私の両手を押し留めてこんな風に言うのだ。もう充分よ、貴女が私のことをどれだけ想っているのかはよく分かったわ、実際に殺してしまう必要なんてないの、だからナイフを下ろしてその子と幸せに暮らしてちょうだい、本当によく頑張ったわね。人と人の話に置き換えたあと、私はゾッとした。


「それで? 籠原スナヲさん、みんなの調子はどうかしら?」


 先生は自分の側に置かれたアイスティーを口に含みながら、私の顔を覗き込んだ。


 大澤めぐみ先生が言っているのは私が在籍している社会人サークルのことだった。サークルの構成員は皆かつて大澤先生の卒論ゼミに籍を置いた人々である。それぞれ文学とはあまり関わりない仕事に就きながら、私たちはそれでも、自分だけの小説を書く喜びを手放そうとはしなかった。全員の都合のいい日に集まって互いの書き溜めた作品を読み交わしている。本気で小説家を目指している子のほうが多い。私のように己の趣味というだけで完結していたら情熱は続かないのだろう。


 けれど彼らのうちでは私だけが先生とこうして会っている――私はほんの少しだけそのことについて優越感のようなものを抱いていた。


「みんな最近はピリピリしていますね……ちょっと近寄りがたいくらい」


「まあ、今度の新人賞が間近に迫っているもの。それは仕方がないわね」


 先生はそう言うと、


「貴女自身の小説は未だに完結していないのかしら? ――完結した?」


 と、ほんの少しだけ侮るような……嘲るような眼差しを投げてくれた。


 背筋に甘い電流が走る。


「すみません、まだ……」 


 私も自分の側に置かれたアイスティーを手に取った。琥珀色の飲み物が爽やかな苦みを伴って口の中にするする流れ込んでくる。氷たちがグラスの傾きにしたがって上唇に冷たく触れるのを感じていた。


 私は大学を卒業してからというもの、自分の小説を完成させたことがいちどもない。書き上げた作品が先生に失望されてしまわないかビクビク怯えているのだ。大澤先生が私の無才ぶりに気付いたらもうこの家には招いてくれなくなる。だから私は長篇小説の完結をいつまでも引き延ばさなければならなかった。途方もなく壮大なモチーフとテーマを並べ立てて先生の関心を引いたあと、執筆途中で予定調和の挫折を繰り返す。大澤めぐみ先生はそのたび私に呆れ返りながら、まあこの次こそは頑張ってみなさいね、と励ましの言葉を寄越すのだった。


 あるいは、先生は私の卑怯なやりかたを分かっているのかもしれない。大澤先生ともあろう者が私の素人演技を見抜けないはずがないだろうから、分かっていながら私をそのまま泳がせ楽しんでいると考えるほうが自然だ。でも、だとすれば先生はどうしてそんなことを私にしているのだろうか。私はいやらしい空想を巡らせたあと、自分のはしたなさに青ざめてしまう。ちょっとばかり自惚れの度が過ぎていた。これではまるであの下品な男友達と同類みたいじゃないか。


 私は話題を変えたくて視線をそらすと、不意に、この部屋にいるはずの子猫がいないことに気付いた。


「そういえば先生、あの子猫はどうしたんですか? 前に来たときはこのリビングを元気に走り回っていた記憶がありますけど」


「コッコなら死んだわ」


「え?」


「私が目を離している隙に車に轢かれてバラバラになってしまったの。儚いものね。言うことをよく聞く賢い子だったからとてもショックだった。思わず声に出して『マジかよ~~!!泣』と叫んでしまったくらいにはね。寝ても覚めてもコッコが私のキャットフードを美味しそうにモリモリ食べるクッソ可愛い畜生姿ばかり脳裏に浮かんでは消えていく日々が続いたから。それが突然なんの意味もない肉の塊になってしまう。結局のところ私たちはそういう悪辣な世界に生きているのね。


 私はコッコの亡骸をこの家の屋上に運ぶとすぐに焼いてしまったわ。あの子はなにかにつけては高いところによじ登るのが大好きだったから――そういえば貴女の前でもこの本棚をニャンニャン駆け上がっていたわね――せめて私のできる限りいちばん高い場所で弔ってあげなくちゃと思ったの。コッコが煙になって青空に消えてしまったあとは白い骨だけがほんの僅か。たとえ個人的な拙いお葬式だとしても、それでもあの子が天国に行けたということだけはハッキリと分かるものね。


 それから私はあの子と出会った日のことを思い出したの。コッコは油性マジックで『拾って下さいニャ~ン』と書かれた段ボール箱に入れられて梅雨明けの曇天の下かわいそうに震えながらこの私のことを見上げていたわ。ちょうど貴女が駅を出てからこの家まで歩いてきた道の中ほどあたりでね。私はコッコを捨てた無責任な元クソ飼い主ゴミ野郎を心底憎んで何度も脳内メッタ刺し殺害しながら(それはそれは最高にスカッとしたわ)これもなにかの縁だろうと感じて両腕に抱きかかえてあげたの。その日は長篇をひとつ書き上げて気分が高まっていたのもあるでしょうね。新しい作品に向き合う新しい人生がこの子と共に始まるぜ、くらいの感慨はあったのよ。


 それがまさかこんな別れになるなんて……。


 ああ、もしかしたら籠原さんはこんな風に感じているのではなくて? キリスト教徒である先生がどうして子猫を焼いてしまったのだろうかとか、そもそも子猫を屋上で火葬するのは都条例的な意味で大丈夫なのかとかね。でもそれは違うわ。私が生粋のクリスチャンだからと言って子猫のコッコがニルヴァーナを信じるブッディストではないということには決してならないでしょうし、それにもともと人間の社会が造り上げた法律は猫の世界には関係ないもの」


 先生は語りながらアイスティーを飲み干した。


「そうだわ、貴女もあの子のお墓にお線香をあげてくれないかしら」


「ええ、いいですけど……」


 瞬間、私は自分の世界が揺らいでいるのを感じた。瞼の重さに耐えられない。体勢を保つことも急にできなくなってしまった。私は蝶柄のソファに右手をついて自分自身の体を倒さないようにしながら、かすむ目元を左手でこすりあげてみる。それでも全身を覆う唐突な眠気は消えてくれそうになかった。そして私は自分が初めて大澤先生の部屋で気を失いかけていることを知る。半分ほど残っていたアイスティーが床に転がって綺麗な水たまりを広げた。


 ああ、先生の大切な家を汚してしまった……叱られてしまう……。甘く穢れた戦慄が再び私の背筋を襲っていた。


「あらあら、大丈夫かしら? ――大丈夫?」


 大澤めぐみ先生が両目を細めながら私に問いかけた。なぜそんなにも楽しそうな声色を出せるのだろうと思った。


「すみません……なんだか、急に眠くて……」


「毎日の仕事で疲れ果ててしまったのかしら。ならほんの少しの間だけ目を瞑って休んでいるといいわ」


「そんな……先生のお家で寝てしまうなんて、そんな無礼なことはできません……」


「別に私だって誰に対しても無礼を許すというわけではないのよ。でも貴女ならもう少しはくつろいでくれてもいいくらいだと思っていたわ。まあ、多少はね? 床は私が拭いてあげるからちょっぴりお眠りなさいな」


 大澤めぐみ先生が赦しの言葉をくれた直後、私の意識は静かに暗転した。


 自分が勝手に夢の世界へと落ちていく癖に、まるで大澤先生のほうが私の世界から遠ざかってしまうかのように感じた。無礼を働くことへの焦りより先生を失うことへの怖れのほうが大きかった。私の就いている仕事はこれほどの眠気をもたらすほど過酷ではないはずだ。九時に着席して十七時に帰り支度をするまでの間、男上司の言うことを聞いたりお茶を汲んだりしていればいいだけの楽な労働。そんなものに私と先生の時間を邪魔する権利などないはずだ……





「…………」


 籠原スナヲがすっかり寝静まるのを確認して、大澤めぐみは口元を邪に歪ませた。


「本当に馬鹿な子ね。


 ――貴女に小説の才能なんてあるわけないでしょう?」


 そういう貴女の甘ったれた態度が私を最高にイライラさせてしまうのよ。


 大澤めぐみは、籠原スナヲの飲むアイスティーに睡眠薬を仕込んでいた。独りきりのキッチンでスナヲのためのグラスに白い粉末を流し込みながら、彼女は自分がしようとしていることの圧倒的な違法性に武者震いしていた。なにも知らないスナヲが飲み物を口にする姿を性的眼差しで観察しながら、いつ薬がスナヲの体に効いてくるのか、ぶっちゃけそれだけ気にしていた。とうとう籠原スナヲが倒れると、心の中でガッツポーズを決めたのである。


 大澤めぐみは籠原スナヲをお姫様抱っこしてリビングを出た。意識のない成人女性の体は全身の力を使わなければ支えきれないほど重い。この計画を遂行するためにスポーツジムへ通った甲斐があるというものだ。腹筋バッキバキだもんね。めぐみは自分に抱えられて眠りこけるスナヲを鼻で笑いながら見下ろした。ショートボブの黒髪がめくれてオデコが丸出しやんけコイツ。100%私が薬を盛ったせいだけど少しは恥じらいというものはないのか?


 めぐみは廊下から地下に続く階段をひとつひとつ踏みしめるように降りていく。突き当たりには「VS対談室」と書かれた鉄製のドアがあり、中に入ると、あらゆる拷問器具が所狭しと並ぶ質素な空間が広がっていた。部屋の中心には十字架を模したマジで罰当たりなベッドが設置されており、大澤めぐみはそこに籠原スナヲの肢体を慈しむようにゆっくりと横たえる。スナヲは目覚めたらどんな顔をするだろうか。ああ、早くメチャクチャにしてやりたい。


 ――私はね、ずっと貴女のことが好きだったのよ。ここで貴女は私だけのかわいいお人形さんになるのだわ。


 大澤めぐみは笑いながら「VS対談室」の鉄製ドアを閉じ、天井でチラチラと輝く豆電球が地下室の埃たちを照らす殺風景でひとり佇み続けていた。

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鳥籠の練習帳 籠原スナヲ @suna_kago

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