第7話 大統領は止まらない
大統領が帰還してから三日後。
事後処理に追われてデスクに縛り付けられている大統領の元へ、珈琲を載せたトレイ片手に秘書が執務室に入って来た。
「大統領、珈琲をおもちしました」
「ありがとう、ちょうどカフェインが欲しかったところだ」
珈琲を受け取った大統領は、デスクの引き出しからお気に入りのスティックシュガーを二本取り出して注ぐ、軽く混ぜてから香りを楽しみ、一口すする。
「いい香りだ。それに酸味もいい、ブラジルかな」
「それとコロンビアとモカもです」
「素晴らしいブレンドコーヒーだ」
そうして珈琲を楽しむ大統領とは別に、秘書はタブレットからDr.タイムマンに関する事後報告を引っ張り出して報告する。
「Dr.タイムマンですが、抵抗する素振りもなく、こちらの尋問にも正直に答えているそうです。念の為牢屋は筋肉製にしてあります」
「そうか」
「これ以上彼が暴れることはないでしょう。この事件はこれで終わりという事に」
「残念だがそれはない」
「は?」
秘書は驚きのあまり素っ頓狂な声が出てしまう。
「まだ共犯者が捕まっていないのだよ」
「共犯者……ですか」
「あの本能寺ドラゴンだが、どうやって資材を確保した? とても戦国時代の材料だけで作れるものではない。
なれば答えは一つ、未来で誰かが過去のDr.タイムマンへ資材を送っていたという事だ。あの時間虫というのを使えば可能だろう」
「なるほど、では早速手配を」
「その必要はない……なぜなら、君がっ! その共犯者だっ!」
ピシャリと言い放った。これまでになく強い語気なためか、執務室の空気が一変して重いものとなる。
まるで空気中に筋肉が充満したかのような重苦しさ、秘書の心臓は緊張で早鐘を打っていた。
「何故……私だと?」
「最初に、何故私を本能寺にとばした? Dr.タイムマンが脱獄する直前にとばせば済む話だ。それに何故あの時代あの場所に彼がいるとわかった?」
「それは……」
「まあ勢いのままとびだした私にも責はあるがね、そしてもう一つ、これが一番大きいのだが、君が保有しているガレージからDr.タイムマンの指紋が発見された」
決定的だった。ここまで言われてしまっては最早言い逃れできない。
否、言い逃れする気などない。秘書ははなからここで決着をつけるつもりだった。
「そこまで調べがついていたのなら観念するしかないですね、その通り私が彼に資材を送っていました。正確には祖父の代より遥か昔からですが」
「ほう」
「私は、Dr.タイムマンが本能寺の変の直前で産んだ子供の末裔らしく、先祖代々時間虫を受け継ぎながら資材を定期的に過去へとばしてました」
「つまり本能寺ドラゴンとは何百年もかけた力作だったわけだ、そう考えると壊してしまったのが惜しいな」
「えぇ、それにタイムマンを過去に送らないと歴史が変わって私は死んでしまうかもしれません。またタイムマンが暴れることの無い歴史の先に私が産まれましたので、タイムマンを止める存在を送る必要がありました。」
「それが私なのだな。しかしいやに素直だが、君はひょっとしてまだ最後の一手を残しているのではないか?」
瞬間、秘書は何かが可笑しかったらしく「フフっ」と喉を鳴らして笑いを堪えた。
大統領はわけもわからずいつも通りの筋肉フェイスで秘書を見つめる。
「もうその一手を打っていますよ。実は、その珈琲には毒が入っているんです。即効性の強い毒が。ですが……あなたには効いていないようだ」
「それは違うぞ、別に毒が効かないわけではない。ただ解毒剤をもっていただけだ」
そう言って大統領はデスクの引き出しからスティックシュガーを取り出して見せた。
「まさかそれは」
「そう、プロテインだ」
プロテインとは筋肉の飲み物だ、粉末を水に溶かして飲むものであり、大統領はプロテインを砂糖代わりに珈琲に溶かして飲んでいた。
そしてプロテインとは万能の薬であり、プロテインにかかればどんな毒もウィルスも筋肉増強させて蹴散らしてみせる。
末期ガンを患い、余命3ヶ月を宣告された老人がプロテインを飲み始めた途端、ガンを克服してマッチョになってボディビルダーになったという話は、数学の教科書に載るぐらい有名だ。
「たまたま私がプロテインを砂糖代わりにしていたから助かったようだ。詰めが甘かったな」
「えぇ、私の負けです」
こうしてDr.タイムマンによる一連のタイムパラドックス事件は完全に終結したのだった。
数時間後、秘書が警官に連れていかれ車に乗せられようとした時。
後部座席に座った秘書が大統領にこう尋ねる。
「あなたは何者なんですか? ただの人間とは思えない」
対する大統領はニッと大胆不敵に微笑み「決まっているだろう?」と前置いてから答える。
「
戰國大統領 芳川見浪 @minamikazetokitakaze
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