潮騒に混じる
四葉くらめ
潮騒に混じる
懐かしい声が聞こえた。それが実際に聞こえたのか、それとも過去からの幻聴か、どちらであるかを迷う余地も無いはずだったが、それでも私は振り向いてしまった。私が振り向いたのと時を同じくして風が私の髪を撫でる。それはまるでその声の聞こえた方へ行けと風が背中を押しているようにも感じられた。
◇◆◇◆◇◆
小高い崖となったこの場所からは真っ青な海と、遠くに行くほど白く霞む青空と、その境界線がはっきりと見えている。その境界を私は目を細めて見つめていた。
「どう、元気してた?」
そう言いながら、私はシルシの前にしゃがみ込む。私が子供の頃に作ったいくつかの石を集めてできたものだ。よくもまあこんな物が何年も経った今も残っているものだと思う。
こっちはまあまあだよ。ってか最近暑すぎ。知ってる? 今年は毎日30℃平気で超えてるんだよ。昔じゃありえなくない?
そうやって世間話のようなものを私は一方的にまくし立てる。
ある程度近況報告のような雑談を終えると、私は膝に手をつきながら立ち上がった。
「それじゃあ、また来るから」
私は誰もいないそこに向かって手を振る。そこには私が作った小さなシルシがある。もちろん『彼』はここにはいない。きちんと別の場所に眠っているのだけれど、私はなんとなく『彼』はここで寝転がって空でも眺めている気がしていた。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
私は再度振り返り、シルシの前でしゃがみ込む。
「私ね、今度結婚するんだよ。ふふ、相手はねー、君よりイケメンなんだよ。いいっしょ? うらやましいっしょ? 勝負は私の勝ちだね」
子供の頃、どっちが早く結婚できるかという勝負を始めたのだ。勝った方は負けた方の言うことをなんでも聞くという、正に子供が考えたような賭けだったが、見事私の勝ちというわけだ。
「っていうかさ、勝ち逃げならともかく負け逃げとかずるくない?」
私が勝ったことで一区切りつけられたわけだけどさ。
まあ、いいや。勝者は心が広くないとね。
「他になにか報告することあったかな……。うん……うん……大丈夫。多分無いし、言い忘れてたらまたそのうち来るね」
そうして、私は今度こそここを離れた。坂をゆっくりと降りていく。
『ぼ――好――ったよ』
そのとき、懐かしい声が聞こえたのだ。つい振り返ってしまうほどに懐かしい声が。それは絶対にあり得ないと分かっているはずなのに、私はその声に意識を持って行かれそうになる。
それは幻聴かあるいは空耳だろう。潮騒とか鳥の鳴き声とか感傷とか幼い日の思い出とか……そういうのが色々良い具合に混ざり合って聞こえたのだろう。
「ふふ、私も」
それが誰にも届かないことを知りながら私は坂を再び下り始める。
そうだね、もう少し早く伝えても良かったかもしれないね。でも、もう遅すぎた。
潮騒に混じる 四葉くらめ @kurame_yotsuba
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