いつだってあなたのそばに

毛賀不可思議

守護霊遊び

紙コップに自分の名前を書く

中に半分ほど水を入れ、夜のうちに神社の祠の中に置く

一晩明けたところで、取り出して一気に飲み干す

すると、その身に守護霊を降ろすことができる


それが『守護霊遊び』と呼ばれるものの手順だった。


 私は幼馴染である”B”の無茶振りで、その出自不明の呪い遊びをするため、神社を訪れていた。

 祠の中は思っていたよりずっと狭く、コップ一つを倒さずに置くのがやっと。じゃんけんで負けた私が人柱となることになった。散々だ。

「もし本当に守護霊が憑いたら私も試す」

 Bは調子の良いことを言って笑った。多少ためらいはあったが、正直言って本気で何かが起きるとは思ってなかった。恐らくBもだろう。こういうお遊びは『やること』に意味があるのはお互いの暗黙の了解だ。



 あの日から同じ夢を見ることが多くなった。

 私にとって馴染みの深い顔が穏やかに私を見つめている。ただそれだけの夢……。


 夢を見るようになって1週間ほど経った頃、私はBに打ち明けた。

「夢の中に、私の死んだお婆ちゃんが出るようになったんだ」

 平静を装って言ったが、その気持ちは昂っていた。それに、予想だにしない一言にBが目を丸くしてくれると思うと、口元が緩む。

 ちらりと横目で見た時に映ったBの表情ときたら、今でも忘れられない。

 彼女は心配になるほど酷く、顔を青冷めさせていた。



 母に叱られた時。

 親友のBと喧嘩した時。

 明らかに私に非がある時でも『大丈夫、大丈夫』と私の肩にそっと手を添えてくれたのは祖母だった。祖母の優しさをBは小さい頃から羨ましがるほど知っていたし、どれほど私にとって大切な存在かも重々承知のはずだ。

 それだけに、あの日以来豹変したBの態度はショックだった。

 私はお婆ちゃんが守護霊で嬉しい。なのにどうしてあんな顔を……。


 守護霊遊びをして以来、普段話さないクラスメイトから、どこで漏れたか面白半分で守護霊の話を振られるようになった。正直、友達が少ない私にとってそれはまんざらでもないことだった。

 そんな時、ふと気づくと教室の隅で私を見つめる視線がある。それが、ほんのり温まる私の気持ちを急速に冷ました。

 Bも私同様、限られた友達としか話さないような子だった。そして、私がBと疎遠になってから、その取り巻きとつるむことがより多くなったようだ。

 私は彼女らの物申したげな顔が数秒と耐えられず、席を立つのが慣習になっていた。



 余りの予兆のなさに、それがいつ起きたことなのか定かではなかった。

 私は、自分の近くに時折黒い『靄』が沸いて出ていることに気づいた。ふと視界の隅を見やるとそれは驚くほど接近していて、またそれは自分にとってリラックスできる場所にいる時ほど見かけやすかった。

 私の家族は守護霊遊びに良い顔をしなかったので、守護霊の次は悪霊に取り憑かれたなどと心配を募らせることはとても言えなかった。 未知の恐怖とストレスに耐えるのはすぐに限界を迎えた。

 見えていないフリを貫くのもうんざりだ。誰かに打ち明けたい。信頼できる誰かに『大丈夫だ』と力強い言葉を掛けてもらいたい。そう思った時、私は家を飛び出していた。

 この悩みを打ち明けられるのは……一番真摯に受け止めてくれるのは、Bだけだ。つまらない意地で離れていた心の距離を元に戻すんだ……!



 予想だにしない場所でBと遭遇した。

 去っていくBの後姿に、私は声を掛けることもできなかった。Bがたった今出てきた場所……私とBが守護霊遊びに使ったあの神社をただ呆然と見つめるしか……。



 今になって気づく。


 Bが私に向けていた視線は奇異の対象を蔑むものではなく、私が他人と親しげになるほど膨れていく、『妬み』であったことを。


 オカルト好きな彼女のことだ。守護霊の降ろし方が分かるなら『そういうこと』の心得があってもおかしくない。あの神社での光景が最悪な一本線を形作っていた。

 灯りも点けず蹲る部屋の中は自分と『靄』があるのみだ。靄は私の様子を伺うようにしながらも、じりじりとにじり寄る。靄の目的がなんであれ、それに抵抗するだけの理由と余力が今の私にあるだろうか。

 最早打開策に悩むより、楽になる理由を模索した方が気持ちが楽だった。Bの裏切りは私を『終わらせる』のに十分過ぎた。


 腕とも触手とも言えぬ何かが靄から伸びている。それが今まさに、私の肩に触れ……

『✖︎✖︎✖︎……』

 ハッとして、すんでのところで靄を振り払う。靄がたじろぐような動作をしている間に、私は駆け出した。

 どこからともなく届いたあの声。


 あの声は……。



 闇を駆けている。

 振り返ればすぐそこに、暗闇に溶け込んだ靄がいてあっという間に飲み込まれてしまう。そんな不安が纏わりつく。それでも……だからこそAは暗黒を前進する他なかった。

『……ちゃん』

 その声に縋るしかなかった。

 どうして今まで気づかなかったのだろう。

 何故、誰にも頼れないと塞ぎ込んだのだろう。私に『大丈夫』と声を掛けてくれる人は『あの日』から……いや、私が産まれた時からずっといたじゃないか。


「お婆ちゃん……ありがとう」

 口にした時、そこはもう闇の中ではなかった。眩い光の溢れ出す中、逆光を受け佇む人の柔らかい笑み。その主をどうして間違えようか。

「行こう。おばあちゃん」















◇◇◇


「馬場さん。最近はどう?」


「この前、ご家族に会いに行った。あの時のこと許してくれたわ」


「……思い出させてごめん」


「いいの」


「でも、そうだよ。悪いのは馬場さんじゃないんだし……失踪したのはあの子の意思なんだから」


「あの子は発狂して失踪したの。原因を作ったのは私よ?」


「友達や神主さんにまで相談してたんでしょう? あの子のために全力だった貴方を誰も責めないよ」


「発狂してからのあの子は私を避けてたから、そうするしかなかっただけ……」


「ねえ。発狂したって言うけどさ……確かに守護霊のお婆ちゃんの話は不思議系? ではあったけど、あの子は普通にみんなと話してたじゃない。どこがおかしかったって言うの?」


「貴方はあの時、私たちとそこまで親しくなかったから知らないんでしょうね」


「知らないって、何を?」


「あの子のお婆さんが、今でもご存命だってこと」

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