本編

【本編】


「何本だった」

「二十三本」

「え、どうして減ってるの」

「知らねーよ」

「知らねーってなんだよ」

「なんだよってなんだよ」

「ちゃんと数えないと呪われるよ」

「うっさいな」

「ここで言い合ってても仕方ないから、みんなで数えなおそう」


 思わずぼくは声をかけた。

 小学四年生のぼくらは、めいっぱい昼休みを外で過ごすのが日課だった。

 その日課にいつの頃からか「それ」を数えるのが加わった。


「それ」っていうのは、ニノキンが背負ってるまきの本数だ。


 ニノキンは、歴史上の偉い人だ。

 逆境に負けずに勉学に励んで、奉公先の武士の家を建て直したことで有名だ。

 薪を背負いながら本を読んでいる姿の銅像は、昔の小学校にはわりとどこでもあった。


 ニノキンの本名は、二……金………


 呪いの話に関わってるとなると、おそれ多くてとても言えない。


 


 なんてね。




 ニノキンの本名は二宮金次郎。

 敬意を込めて二宮尊徳と呼ばれてる。

 だからニノキン。

 略すのは失礼だって怒られそうだけど、むしろカッコイイじゃんってぼくらは思ってる。


 四年生になったら、こっくりさんでニノキン担当が決まる。

 決めるのは前の年の四年生のニノキン担当だ。

 担当に指名された子どもは、ニノキンの背負っている薪の本数を、学校のある日に毎日数えなければならない。

 そうしないと、呪いがかけられると言われているのだ。

 

 誰が言い出したのかはわからない、ぼくらの学校の言い伝えだ。

 




 三年生の時の社会科見学で、ぼくらはニノキンの本家本元に会ってきた。

 見学先は地元の名所旧跡巡りで、小田原城とその周りのスタンプラリーをした時に会ったのだ。

 今年のニノキン担当のぼくらは、その時同じ班だった。

 小田原城は戦国時代に五代にわたる北条氏が関東一円を治める本拠地とした城だ。

 なんといってもお城の人気アトラクションは、戦国武将や、忍者や、お姫様になれるコスプレ体験だった。甲冑や昔の着物を着られるなんてことはなかなかできない体験だからね。


 でも、ぼくらの班は、それよりもニノキンのことが気になっていた。

 四年生になったらニノキンの「それ」を数える担当に指名されるかもしれないのだから。


 天守閣のある本丸広場から裏手の遊園地の横を通ってニノキンが祀られている報徳二宮神社にぼくらは向かった。

 神社でお参りを済ませて御札やお守りや本が並んでいる授与所をのぞいてから、ニノキン情報を知ることのできる報徳博物館に行くことにした。


 授与所の横に、ニノキンの銅像が立っていた。

 ニノキンは江戸時代の人だけれど、薪を背負って本を読む勤勉スタイルが有名になったのは明治時代に出版された本の挿絵の影響なんだって。

 その本は幸田露伴って人が書いた『二宮尊徳翁』って本で明治24年、1891年に出版されたそうだ。


 台の上に据えられたニノキンを見上げて、ぼくらは「それ」を数えてみることにした。

 担当になった時の練習だ。

 班員四名、一人ずつ数えて、それぞれ手帳に記録した。

 それから、なんとなくお辞儀をして、境内のおしゃれなカフェのメニュー、ニノキンが好んで食べていた呉汁やニノキン模様のラテアートの飲みものなんかを横目で見ながら博物館へ向かった。


 階段を上って博物館に入ると正面にニノキンの等身大のパネルが出迎えてくれた。

 がっしりとして強そうだけれど、きりっとした中にやさしさが見える顔をしている。

 パネルを囲んで記念撮影をしてから展示室を見学した。

 金次郎の実家二宮家は元は裕福だったが自然災害で没落してしまったのだそうだ。それから金次郎は一念発起し、家のため農民の暮しを安定させるために尽力したことなどが、年表や資料や当時の道具類と一緒に所狭しと展示されている。

 もともと勉強はそう好きでもないし、偉い人の話もまあ苦手なぼくらは、それでもニノキン担当になった時に備えて、じっくり見学した。

 その時は、まだ誰が担当になるかなんて、もちろんわからなかった。

 それでも、ぼくらは、わくわくしながら予習をしてたのだ。





 昼休み終了五分前まであと五分。

 ぼくらは、ニノキンを取り囲んで立っていた。


「よし、じゃあ、まずは、おれから」


 ニノキン担当のリーダーが言った。

 今年から担当はなぜか四人になったのだ。

 一人でするよりだいぶ心強い。

 ぼくらが社会科見学で予習をしていたのを知ったこっくりさんが気をきかせたのかもしれない。

 

「一本、二本、三本……二十四本。なんだ、ちゃんと全部あるじゃないか。やっぱ、てきとーに数えただろ。呪われるぞ」

「ちげーよ。おれが昼休み始まってすぐに数えた時は、二十三本だったんだよ」


 お調子ものの副リーダーが不服そうに言った。


「ニノキンは尊敬されてるんでしょ、歴史上。だったら、呪いとかおかしいんじゃない」


 と、ぼくらの中で一人だけ学習塾に行っている歴史好きの担当が言った。

 そして、


「今夜さ、見に来ないか」


 と、リーダー。


「ニノキンが、夜、何をしてるか知りたいだろ。四人だったら恐くないしさ」


 弱虫だと言われたくなくて、ぼくらはしぶしぶうなずいた。


「じゃ、夜七時に校門の前な。教室もどろうぜ」

「ちょっと待て、ニノキンノートに書かなきゃ」

「あ、忘れてた」


 ニノキンノートは、ふだんは外トイレの用具入れの中に、お菓子の空き缶に入れて隠してある。

 普通の大学ノートで、綴じてある側の上の部分に穴が空いていて、そこに通したひもに鉛筆が結びつけられている。

 数えた薪の本数を、そこに書きこむまでが日課だ。


「ニノキンって偉い人なのに、呪ったりするって、ぜったいおかしいよ」

 歴好き担当が言いがかりをつけてきた。

「そう言ってバカにして、日課をさぼったやつがいたんだ。そしたら、次の日、鉛筆のしんが折れて書けなくなっていたんだ」

 ぼくは、ニノキンノートを空き缶から取り出しながら言った。

「で、どうしたの」

「その日の当番は、自分の指をかんでにじませた血で書いたんだ」

「血で書いた?」

「だから、ほら、ここ、赤くにじんでるだろ」


 ぼくが真顔で前の方のページにに書かれた、にじんだような赤い数字を指差すと、みんなちょっとひるんだようだった。

 そこで昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。


 

 その日の夜七時。

 ニノキン担当のみんなが校門前に集まった。

 春とはいえ夜7時は青紫の夕焼けの名残りもなく暗い。

 塾帰りの歴史好きがライトをちらつかせながら自転車に乗って現れた。


「ごめん、遅れた」

 歴史好きはあやまりながら自転車を降りるとガードレールに自転車をつなげて鍵をかけた。

「よし、じゃ、行こうぜ」


 懐中電灯を持ったぼくが先頭になって、校門のわきの通用門から中へ入った。

 校舎は真っ暗だったけれど、一ヶ所だけ電灯がついている場所があった。

 主事さんの部屋だ。

 外からのぞくと主事さんはテレビを見ながらカップめんを食べていた。


 今がチャンスだ。


 ぼくらは、音をたてないように足早にニノキンのところへ向かった。


 ニノキンのところも、真っ暗だった。

 街灯はあるのだけれど、何度電球を変えても、すぐに切れてしまうのだ。

 暗闇の中で台の上に立つニノキンを見上げると、なんだか昼間よりずいぶん大きく見えた。


「さっさと、数えようぜ」

 リーダーが言った。

「よし、数えるぞ」

 副リーダーが数え始めた。

「一本、二本、三本……二十一、二十二、二十三本……一本減ってる」

 ぼくらは顔を見合わせた。

 と、その時だった。


――うぅ、ぐうぅぬぅぁー、ぉおおおぉ――


 何かが、苦しみうめくような声がした。

 ぼくは、おそるおそる懐中電灯を声のする方に向けた。


「う、うわぁ!」


 ぼくらはいっせいに叫んだ。


 そこには、血を流している、何か黒くて大きな塊が横たわっていた。

 その塊の横には、木の枝のような棒が転がっていた。

 ダイが足で棒を転がすと、血糊がべったりとついていた。


「やばい! やばいよ、どうする、なんだよこれ」

「おい、これ、この棒、どうする、俺、蹴って動かしちゃったよ。おれがやったみたいじゃねーか、やばいよ」

「何言ってんのよ、わけわかんない」

「落ち着けってば」


 ぼくらがパニックになって騒いでいるのに気づいたのか、主事さんが大きな懐中電灯を照らしながら駆けつけてきた。

 主事さんは懐中電灯を塊の横たわっている辺りに向けた。

 はっきりと照らし出されたそこには、大きくて毛がふさふさした動物が横たわっていた。

 最近子どもが襲われて問題になっていた脱走した大型犬のようだった。


「こりゃ、番犬が脱走したやつだな。かまれたら、大変だったぞ」


 ぼくらはほっとしたからなのか、主事さんを見て声をあげて泣き出した。

 主事さんが注意深く犬の様子を見ると、犬のけがは棒でたたかれたりつつかれたりしたものではなく、走り回っているうちに落ちていた棒につまづいて、勢い余って校訓が彫られている大きな庭石の角にぶつかって切ってしまったものだとわかった。驚いた犬は逃げようとして棒を踏んでしまいころんで力尽きてしまったようだった。


「血は出てるけれど、大したケガじゃない。病院で診てもらえば大丈夫だろう」


 主事さんはそう言うとどこかに電話をしたらすぐに飼い主がやってきて、何度も謝りながら犬を連れて帰った。


 その後、あったかい麦茶を飲みながら主事室で親が迎えに来てくれるのを待っている間、主事さんが話してくれた。

 

 ニノキンは、子どもたちに害を及ぼす侵入者を見つけると、背中の薪をそいつに投げつけて退治するのだそうだ。

 絶妙のコントロールで、大けがを負わせないよう足回りに投げて動きを止めて、怖がらせるのだそうだ。

 だから、薪の数が減っている時は、前の晩、学校に何かよくないものが入り込んだのをニノキンが退治したということになるのだそうだ。


 ニノキンの呪いは、子どもたちにではなく、よくないものに向けられるものだったのだ。

 ただ、それがなぜ子供たちへの呪いとして伝わっていったのかは、はっきりとはわからないそうだ。

 噂ってのはいい加減なものだからねえ、と主事さんは肩をすくめた。

 投げられた薪は、いつのまにか元にもどっているらしい。

 ニノキンが拾いに行っているのか、投げつけられたよくないものが反省して返しに来ているのか、それもわからないとのことだった。


 あたたかい麦茶でほっとひと息つくと、ぼくらは、主事さんにお礼を言った。

 主事さんはにっこり笑うと麦茶のおかわりを注いでくれた。



 そっか、見守ってくれてるんだな、ニノキン。

 時空を超えて。

 やっぱ偉い人なんだな。



 そんなことを思いながら、ニノキン担当がんばろうと、ぼくらはうなづきあった。





音声スポット:小田原城址公園内報徳二宮神社付近







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ニノキン 美木間 @mikoma

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