エピローグ & 次回プロローグ

 結局、二日間に渡るデート勝負は無効となり、上森先輩に攻略を諦めさせる件も保留となってしまった。成果といえば、上森先輩が待ち伏せのような真似はもうしないと約束してくれたことくらい。しかも、次からは部室で(つまりみんなの前で)堂々と誘うと言うのだから、成果と言えるかは微妙なところだ。

 あとは、保留に次ぐ保留のおかげで僕に新たな能力が加わったことだろうか。

 僕は今まで焦っていたのだ。焦って少しでも早く目先の問題を解決しようとしていた。だらだらと物事を先延ばしにするのは悪と決め付けて。

 それは半ば強迫観念のようなものだった。

 のろりくらりと曖昧な状態を続けることも時には必要だったのだ。

 だから僕は、別れ際に「また一緒にどっか行こうな!」と誘ってきた上森先輩に対し、微妙に目を逸らしてこう言った。

「まあ、気が向いたら……」

 もちろん、実際に気が向くことはない。

 でも、こうして含みを持たせることで、とりあえず先延ばしにできる。運が良ければ、そのまま永遠に曖昧にできるかもしれない。

 先延ばし。保留。時間稼ぎ。

 お世辞にも立派とは言えないが、この二週間で僕が身に付けた能力だ。

 解決の糸口が見つからない以上、もう上森先輩の件は先延ばしにして、それよりも遥かに重大な事案について取り組もう。

 そのことをメールで熊楠先輩に伝えると、翌日の部活後に直接会いたいという返事がきた。

 これまでのお礼をした上で、今後のことも相談したかったのでちょうどいい。

 というわけで、月曜日の放課後。

 この日は景先輩が出席せず、四人で議論を交わす。議論が終わると、いつもどおり上森先輩と下倉先輩はすぐに下校。僕は着替えを終えた後、小乗先輩に部室の鍵をお願いして、待ち合わせ場所である女子哲学部の部室へと向かった。

 すでに他のメンバーは帰ったというメッセージをもらったので女子部の部室は貸切状態だ。

 人口密度の高いこの学校で密会ができる場所は少ない。その少ない場所にはカップルや不良がいたりするので大変危険。部活後では学校から離れた場所に行く時間もないので、活動後の部室が相談場所となった。

 女子哲学部の部室に入るのは、これで三回目だ。前に来たのは、交流会の実施に反対していた熊楠・新井両先輩との話し合いにきた時で、あの時は小乗先輩も一緒だった。

「し、失礼します」

 静かにあいさつをして、そっと扉を開ける。

 部屋には電気が付いておらず、薄暗い中で女子制服姿の熊楠先輩が座って待っていた。

「や、こっちの姿じゃ一週間ぶりだね」

「そ、そうですね」

「なんだか、いかにも密会って感じで緊張しちゃうね」

 そんなことを、微かにはにかんだ表情で言う。

 まあ、実際に密会なわけですが……。

それにしても、やはり男装時とは声も雰囲気も全く違う。ボーイッシュなタイプではあっても女の子は女の子だと意識せざるを得ないほどに。

「あれ? もしかして鹿内君も緊張してる?」

 小悪魔的な笑顔で指摘されてドキッとする。

「忘れ物とか取りに誰か戻って来ないか不安で緊張してます」

 これは本心だ。どちらかというと、そちらの方が気になる。

「あはは、そこは嘘でも『はい』って言うところだよ」

「じゃあ……はい」

「鹿内君、だいぶメンタル強くなったね」

 微笑みながらもムッとする熊楠先輩。

 彼女の言うとおり僕も成長しているので、このくらいの冗談なら軽く受け流せるようになった。

「おかげさまで。それより、本当に誰か戻って来たりしませんよね?」

「大丈夫だよ。どう見ても忘れ物なんか置いてないし。それより、ここ座って」

 熊楠先輩が自分の隣の席に座るよう促してくる。

 議論なら正面に座るところだが、仮にも密会なので控えめな声で話せるように、という理由だろう。 

 熊楠先輩の隣、普段は新井先輩が座る席を斜めにして腰を下ろす。熊楠先輩も席を斜めにしているので、互いに半身で向き合った状態だ。

 あまり無駄話をしている時間はないので、さっそく本題に入る。

「メッセージでも伝えましたけど、もう上森先輩のことは後回しにして、水澄さんの件を先に解決したいと思います。それで、僕一人の力ではどうにもならないから、また協力してもらえますか?」

「いいよ。その代わり、あたしのお願いも聞いてもらうことになるけど、いい?」

「もちろんです。僕にできることならなんでもします。女装以外」 

 キッパリそう告げると、熊楠先輩は一瞬「うっ」という顔をする。

 あなたも油断できない人だってことは分かってるんですからね。

「まあ、鹿内君にするお願いについてはまた考えておくよ。それより、これからどうするかだね」

「はい。熊楠先輩はどうするんですか? 男子部の方にはまだ来るんですか?」

 尋ねると、熊楠先輩は悩ましそうな表情で腕を組み、首を傾げる。

「う~ん、急にいなくなるのも変だし、はじめに言ったとおり一学期の間はポツポツ出席しようかなぁ」

「つまり、一学期が終わればもう来ないってことですか?」

「もしかして寂しい?」

「そうですね。もう景先輩は男子哲学部の一員でしたから……」

「そっか……」

 少しの間、室内が静まり返り、しんみりした空気になる。

 でも、切り替えの早い熊楠先輩は、パッと表情を明るくする。

「嬉しいこと言ってくれるね。そんなに寂しいならさ、また休みの日にデートしない?」

「え、デート?」

 発言の意図が分からず、頭の中が混乱する。

「ええと、それは男装してってことですか?」

「熊楠景に会いたいならそうなるね」

「すると、デートの時は僕も女装するってことですか?」

「してもいいし、そのままでもいいよ」

「そ、そのままだと、男同士デートしてるみたいになってしまうんですが……」

「別にいいんじゃない? もしくは、鹿内君だけ女装してあたしはこのままってパターンもあるし」

「それだと女の子同士ですね」

「そうそう。せっかくなんだし、いろんなパターンを試してみようよ。男同士、女同士、男女入れ替え。どれも新鮮で楽しそう!」

 いやいや、なに言ってんの、この人。

 っていうか、また脱線――

「もちろん、普通のパターンもね」

「え?」

 指摘しようとした瞬間に不意を突かれ、思考が固まる。

 普通のパターンというのは普通のデートのことで、つまり僕が先輩女子からデートに誘われてるわけで――

 でも、それは数あるパターンのひとつであって、恋愛的な意味が含まれているかどうかは分からなくて――

 冗談か本気か分からず焦っているうちに、熊楠先輩は次々と言葉を発する。

「ねえ、今度は鹿内君の行きたいところに行こっか? 鹿内君の趣味は、まだ決まってなかったんだっけ? だったらいろいろ試してみようよ。興味がないことでも、やってみると案外ハマるかもしれないよ? 一人じゃできないことでも、二人ならできることいっぱいあるんだしさ」

 ますます分からなくなる。この人は、どうして僕なんかにこんなに構ってくれるのだろう?

 それより今は水澄さんの話を――

 切り出そうとしたところで、またも声を被せられる。

「あ、もう鹿内君なんて他人行儀な呼び方じゃダメだよね。あたしもひかるちゃんって呼んでいい?」

「い、いえ、女装してる時はともかく、普段でちゃん付けは……」

「じゃあ光流君でいい?」

「は、はい。それなら」

「じゃあ光流君、期末テストが終わったら、また一緒にどっか行かない?」

「それはいいんですけど、まずは水澄さんのことを……」

「もちろん考えるつもりだよ。でも、それだって簡単に解決できる問題じゃないんだし、ちょこっと休んでからでもいいんじゃない? 今回のことで焦りは禁物って学んだでしょ?」

「は、はぁ……」

「じゃあ決まりだね」

「いや、待ってください。普通のパターンならいいんですけど、また女装して外出するのは……」

「普通のデートならいいんだ?」

 急に目を丸くする先輩。

 あれ? 僕は今、何を言った?

 もう男装やら女装やらのせいでワケが分からなくなってきた。

 こうなったら僕の新たな能力である保留で、この場所は凌ごう。

 そう思って口を開きかけたところで、背後でガラッと扉が開く音がした。

「う……」

 熊楠先輩はビクッと跳ね上がるように仰け反る。

 遅れて、僕の心臓も跳ね上がる。

 なんで? 誰? 忘れ物なんかないって言ったのに?

 先生なら怒られる?

 本居先輩なら問題なさそう?

 水澄さんなら終わ――いや今は女装してないし。

 逃げる? 謝る? どうする?

 一瞬の間に様々な思考が駆け巡るも、正解など導けるはずもなし。

 とにかく確かめないことにはどうにもならないので、おそるおそる振り返る。

そこにはーー



 続く?

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