エピローグ
俺が帰ると、周りは大騒ぎだった。医者や研究者に須藤と俺の家族、挙げ句の果てには警察までもが俺を質問責めにした。しかし幸いにも須藤は遺書を残しており、騒動はすぐに収まった。具体的な内容は知らないが、彼が病院を抜け出した理由や、家族への謝罪と感謝が主だったらしい。
あのあと須藤の体は近くの病院に運ばれ、死が確認された。死体は宝石病で無色透明な結晶という貴重なサンプルになるわけだから、家族の同意も得て、少しだけ研究に使われるらしかった。正直いい気はしなかったが、そこは目を瞑っている。
桐嶋さんには起こったことの全てを伝えた。もちろん、須藤が桐嶋さんについた嘘のこと以外は。話し終えると静かに涙を流し、「須藤さんは強い人ですね」と言っていた。俺もそう思う。
帰って二日が経った頃、須藤から俺宛てに郵便が届いた。中にはDVDと一枚の紙が入っていた。
『春川へ
オレが予定通り死んでいれば二、三日ぶりくらい?数日ぶりだな。オレは今から病院を抜け出してお前に会いに行かないといけなくて時間がない。悪いけど要点だけ書かせてもらう。
まず、一緒に入っているであろうDVD。これはオレのお気に入りの映画だから、一回は観ておけ。
あと、学校の屋上に取りつけてある風鈴、あれオレのだから。退院してすぐ、忍びこんで取りつけたんだ。バレないうちに回収しておいてくれ。ついでにお前にやるよ。見つかって先生に怒られないようにな。
最後に、多分オレはこういうことを口に出して言えないからここに書くけど、誰かに見せるんじゃないぞ。見せたら呪うからな。
いつもオレの勝手で振り回してごめんな。でもすげえ楽しかった。ありがとう。心理士になるって夢、応援してる。』
最後の方は余程急いで書いたのか、ぎりぎり読めるような字だった。自分の名前すら書き忘れている。須藤らしい。
後日観たDVDには予想通り、俺たちが歩いた街が映っていた。人生に絶望した青年が自殺を図るため遠い街に来たところ、その美しさや住民の優しさで生きる希望が湧き、新たな人生を歩んでいく、というストーリーだった。話自体はそれほど面白くはなかったが、演出や音楽がよかった。きっと須藤もそこが気に入っているのだろう。
不思議と、こういった「須藤の面影を感じるもの」を見ても泣きたい気分にはならなかった。それどころか、俺は須藤が死んでから一度も泣いていない。悲しみとか悔しさとか、そういうものをあの街での数日を使って、ゆっくりと消化していったからだと思う。
冷たい音が鳴った。扇風機の風に短冊が煽られた、風鈴の声だ。須藤の言う通り、屋上に吊り下がっていたものを回収して、せっかくだから自室に飾った。
これが須藤の私物だと知る前は、透明が染まることは可能なのか、などの考えに頭を悩ませていた。でもそういう話ではないのだろう。それに気づいたときは少し悔しかったが、死んでも俺を振り回そうとする須藤に自然と笑みが溢れた。
俺は風鈴を取り外し、筆ペンを取り出した。先日の絵画の作者に同じ短冊を見せたなら、俺とは真逆のことを書いただろう。
だるまの右目を描くように、短冊に筆を落とす。
首を回す扇風機が何周かし、風鈴がもう一度鳴った。「透明は染められたか」という字の横には、「いいや、染められなかった」と書き足されている。
無色透明人間 朔 @Wasurenagusa_iro
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